プロローグ1
某掲示板ネタあり。野球故にホモネタあり。
「ほーん。次期監督はテストを行って決めるンゴねぇ……」
見出しには3年連続最下位のコンドルズ。新監督就任テスト実施へ!
という文字が躍っていた。アメリカのどっかの球団の真似事したんだろうな、と思うと目が滑った。特に興味もなく他のストーブリーグの情報に興味が移る。
「『古井FA! 辛いです……』『左田野たまげた! グラディエーターズ強行指名へ! 球団幹部 今年1番の選手』 『大村モリというブランド』やっぱシーズンオフでも野球っておもろいわ」
シーズンオフにもかかわらず、銭闘と移籍を中心にプロ野球界はそれなりに活気づいている。
秋キャンプ、ストーブリーグ、自主トレ、春キャンプからのシーズンイン。1年通して話題を提供する野球界は、なんやかんや日本人の娯楽なんだと思いながら、ポテチをパクついた。
んほぉ~。この薄塩たまんねぇ。横になって昼間から食うスナック菓子とコーラの組み合わせは最高だわ。
しかし、その至福の時間は、スポーツ紙の見るからにアレな姉ちゃんが写っているページを捲ろうとした瞬間にぶち壊された。
「大好! いい加減仕事探しなさい!」
「ファッ! ノックくらいせえや! このババァ!」
開け放たれた扉から聞こえるのは、もう耳慣れた怒声だ。その主の名は柳生良子。現在ヤラシイページを半開きにして、必死に吠えている柳生大好の母である。傍目には修羅場に見える状況だが、この家では三日に一度は行われる日常だった。ご近所の皆様は、またかと思いつつもBGMとして軽く聞き流せるくらいヒジョーにありふれていて、非情に溢れていた。
「大体ワイはハロワには行っとるし、日雇いのバイトだってしとるがな!」
「そう言うのは自分で食い扶持稼げるようになってから言いなさい! アンタその給料何に使ったの!」
「ソシャゲのガチャとパチンコ」
彼には目には迷いも逡巡もなかった。ただまっすぐに母親を見る。
「アンタを殺して私も死ぬわ」
彼女は不気味なほど静かな目をして呟くと、予備動作無しで大好が横になっているベットに近寄り、彼の首を締め上げる。
こちらには躊躇と余裕がない。両者に共通しているのは、自分を曲げない確固たる決意である。
「ワァー! 早まるなマッマ! 分かった分かった。働く!働く! working! sparking!」
「こっちは頭がburningだよ。このバカ息子」
表情を変えずに呟くと、大好をベットに投げ飛ばす様にして開放した。大好が「グエッ」と情けないうめき声をあげてベットに倒れ込む。抗議するかのように軋むが、残念ながら2人とも気付いた様子はない。
ため息を吐きながら、マッマこと柳生良子は、傍らに広げられたスポーツ紙を一瞥すると、思い出したかのように大好にこう告げた。
「そうそう。その監督の試験、応募しといてあげたわよ」
大好の上体がガバリと起き上がった。
「何やっとんねん。認知症にゃまだ早過ぎるやろ」
「そうねえ。介護は任せたわ」
「嘘です。申し訳ありません。慈悲深く、思慮深い母上が、こんな若くに耄碌するはずがありますでしょうか。いやない」
「アンタのせいでわが家は絶賛没落中なんだけどね」
再び深いため息。真面目な話をしているはずだが、トーンとテンポがおかしい。頭が痛くなる、と言わんばかりに額を抑えると、「とにかく受けてみなさい」と言うと、母親は部屋を出て行った。
一人になり、部屋が静かになった。間もなくベットに突っ伏すと、ギシギシと鳴るスプリングの音を耳慰みにひとしきり転がり続けた。そして突如停止して、天を仰ぐ。
「いや。どないせえっちゅうんや」
当たり前だが、天を仰いだ所で見えるのはいつもの天井だ。それが今のどん詰まりを身につまされる様で、仕方ないからふて寝した。
久しぶりに夢を見た。起きたときにはもう覚えてはいなかったが。
3週間後。試験の日がやってきた。勉強は程々にした。野球は勿論だが、経営学、教育学、組織運営に関する知識等々、思うがままにやってみた。そもそも要項には、試験をやりますとしか書いておらず、具体的な内容は殆ど書いていなかった。今朝は適当にパンを牛乳で流し込むと、若干余裕をもたせて家を出る。
「ほな。行ってくるわ」
「いってらっしゃい。まあ。がんばってきなさい」
頑張ったところでどうにもならへんと思うけどなぁ。
そうは思っても口には出さない。無言で扉を閉めた。後ろ手で押し込むとガチャンという音がした。何となくだが少しやる気が出た気がする。イヤホンを付け、スマートフォンで音楽を流す。曲は、イングランド出身のロックバンドのものだ。
それは魔法の様なものさ
いつもの出だし。高校時代、リスニング代わりに洋楽を聴こうとして、適当に選んだアーティストなのだが、今では一番のお気に入りになってしまった。おかげでカラオケに行く度に選曲でウンウン唸る様になるとは、当時夢にも思わなかったが。今時の歌手にはとんと食指が動かなくなってしまっている。ちなみに特にリスニングの点数は上がらなかった。洋楽を聴くだけで満点が取れるなら『受験に役立つ洋楽』なんていう本が巷を賑わせているはずである。受験生の購買力を舐めてはいけない。
顔は少し先の地面に向けて、小粋なリズムに乗せられる様に歩を進める。音楽を聴くと、少しだけ心が軽くなる。スキップはしないが、ステップは大きくなる。いつの間にか駅に着き、ラッシュの収まりかけた電車に揺られ、受験会場の最寄り駅で降りる。と、同時に不安が募ってきた。
いや。何でわざわざ恥かかなあかんねん。
浮ついた心が一気に静まった。冷静に考えると、今回の試験、フリーターも良いところの自分にそもそも合格する術はあるのかと。万年最下位とは言え、プロ野球の監督だ。何の後ろ盾もない自分になれるわけがない。
ホンマアホやで。ワイは。
先程までは、万分の一とは言え、自分に、更に言えば皆にチャンスをあると思っていた。たとえ自分で無くても、どこぞの馬の骨かも知れないド素人が監督になれるかも知れないと。
所がそびえ立つビル群を見上げた途端、現実に引き戻された。そんなことあり得ない。どうせヤラセとか、パフォーマンスの一種だ。何万人の中から選ばれましたなんて謳い文句、何度聞いたかそりゃ本当に選ばれた人間だっている。だは、そんな人間よりも根回しやコネ、あるいはハクを付けるためにオーディションに受かった人間が何人いるか。
さっきまで心のどこかで期待していた自分が滑稽に見えて、思わず乾いた笑いが漏れた。
まっ。ええわ。ちゃっちゃと終わらせて家かえろ。
電車代も払ってしまったし、思い出作りと考えればそんなに悪くないと言い聞かせて、もう一度歩き出す。言い訳する自分に食傷気味になりながらも、間もなく目的地に着いた。場所はとあるホテルの二階で、受付を済ませて中に入ると、会場には結構な人がいた。 皆、無言で何かの本でも読んでいるかと思えばそうでもない。談笑に興じる学生や、どこかの会社の一団らしき人達もチラホラ見られる。生憎話せる相手がいない自分は、番号を確認して、時間まで大人しく席に座るくらいしか出来ないが。
目を閉じて音楽に集中する。
一人の男。一つのゴール。一つの使命。
ワイはその一すら出来んのよなぁ。
外に出るといつもネガティブになる。周りにいる人全てが自分よりも素晴らしい人間で、引け目を感じてしまう。
早く試験が始まって欲しい。開始の時間になるまで、ひたすらそればかりを祈っていた。




