#2 「説明」
〜霜月の9・ロキの部屋〜
恐怖の自由落下を体験した狩矢はだがしかし生きていた。なぜ地面に打ち付けられた衝撃で死んではいないのか。落下死する場合大体その途中で恐怖で死ぬのだという。ただ彼の精神は異常にタフネスだった。だから彼はまずその途中過程で死ぬことはなく、地面に到達した際の衝撃で死ぬものだと思っていた。それでも死んではいないのは果たして何故か。答えは至って単純明快なものだった。言葉にすればの話ではあるが。つまりこの部屋には床というものが存在していないのだ。相手はあのふざけた奴なのである。もしかするとこの程度でゲンナリしているようでは体がいくつあっても足りないのかもしれない。
「気に入ってくれたかい?僕の部屋は☆」
「床が無い部屋を気に入る物好きな人間なんてそうそういねぇよ」
吐き捨てるように、(皮肉のつもりで)げっそりめな声で言ったつもりだった。ロキにもそれが伝わったのか
「なんか、疲れてるねぇ???」
と口に嘲笑の色を含ませながらそう返答してきた。ロキ、という神が狡知神の名で通っている以上こちらの意図などたやすく読み取れるのだろう。ただ今の狩矢はそういったことを考えるのも億劫だった。それぐらいに疲弊していた。
「そろそろ説明するけど、、、ホントに大丈夫?死にそうな顔してるけど」
未だに嘲笑している彼に対して軽く憤りを覚えながらしかし話を聞かねば先へは進めない、と感じ取っていた狩矢は必要最低限の言葉で目の前の神の言葉に応じた。
「あぁ」
「んじゃ、まずこの異世界についてだが」
またである。またあの真剣な声、真剣な顔。彼がこういう顔をする時になにか意味があったりするのだろうか。
「この異世界、、、宇宙の銀河系って考えてくれると分かりやすいと思うが」
つまりロキは世界、ひいては星々があるとそういうことなのだろうか。確かに彼は言葉の節々に☆(ほし)と言っていたしもしかするとそれはこのことを示唆していたのかもしれない。
「君がいける異世界は6つあるんだ」
6つ。通常異世界に行くのであればどこか1つを指しての異世界というものなのではないのだろうか。どうして6つも選択肢があるというのだろう。それに加え「君がいける」という部分にも引っ掛かりを覚える。その2つ共一体どれだけの意味を持っているのだろうか。
「んで、その6つある世界にはそれぞれ世界名
っていうのがあるんだよ。今はA、B、C、D、E、Fと置いとこうか」
この時狩矢は違和感を感じた。何故あえて本当の名前を出さずにあえて別のものに置き換えたのか。普通ならそんなことする必要ないはずなのだ。そこに何か意味があるというのであればそれについてはハッキリさせたいと彼は考えた。
「Aが一番つまらなくてFが一番面白い。君は、、、面白い方が好きだろう?Fを選んだらどうだ?」
この場合、一体どこに行くのが正しい答えなのだろうか。彼の今話している相手は狡知神という名で有名なあのロキ。そんな相手が自分のことを誘導してこないはずがない、むしろそうした方が自然だと彼は考えていた。しかし一体どうだろか。あからさまに進めているFが危険なのか。それとも引き合いに出しているAが最も危険なのか。もしかすると狩矢がそこまで考えるのを読んであえて言わなかった他の4つのどこかが危ないという可能性も捨てきれない。結局、相手の性質が分からない以上、どうしようもないというのが彼の出した結論だったが思考していた最中に気づいた点について聞くために今まで閉じていた口を久しぶりに開いた。
「なぁ、世界ごとの治安ってのはどんな感じなんだ?」
「あー、、、気付いた?」
「あぁ」
気付いた。気づいてしまった。つまり、面白い、つまらない、なんてのは神様から見た基準、価値観でしかない。例えば、喧嘩している人がいるとしよう。その時、当事者達は痛かった、嫌だった、傷つけてしまった、などと抱くものは悪印象ばかりで決して良く思ったりなどしないだろう。しかし、当事者じゃなく、傍観者からしたらどう思うだろう?関係のない人達同士の喧嘩だ。恐らく見ていて面白いと感じる部分もあったりするだろう。つまりは認識の違い、立場の違いだ。まして、上、下の関係が分かりきってるこの世界だ。下のもの達の喧嘩など、面白くてたまらないだろう。古代ローマなどがその例にもれないだろう。神が民衆とするならばここの世界の一般市民というのは剣奴、ということだろうか。
ただ、それだけで面白いというのには些
か説得力に欠ける。今のは1VS1という小規模な話だったが、それがもし国VS国という世界単位の話しになったら、、、確かに傍観者、ましてや楽観者からすればもの凄く面白い話だろう。そんなものはフィクションの話なのだから恐らく見る側は面白いのだろう。
ただし、俺自身が当事者になるなんてまっぴらごめんだ。
だからそのための治安の確認。これでFの世界が一番治安が悪ければFの世界で戦争が起こっている、ということになる。
「気付いたんなら今、君が考えてる通りだよ。Aが一番治安が良くて、Fが一番治安が悪い」
絶対の自信を持って彼は確信した。ロキがFと置換した世界では戦争が起こっている。何があっても絶対にFにだけは行かないぞ、とこの時の狩矢はそう思っていた。そしてそれと同時にどこに行くのかも結論がでた。これも狩矢の推論でAからFから順に治安の善し悪しが決まっているのだろう。それが恐らく連続したアルファベットに置換した理由なのだろうと。
「Aの世界に、、、行かせてくれ」
「なら、ほれ」
「?」
本と思わしきモノを狩矢に手渡してきた。中をペラペラと流し見してみるとどうやらどこかの国の言語と日本語が並べて書かれてあった。
「なぁ、まさかとは思うが、、、」
「異世界なんだから言語も異なってるに決まってんだろ。なに?言語一緒だとかおもってたの?馬鹿じゃねーの?バーカバーカwww」
やはり彼の考えていた通りだったようだ。しかしそれにしてもどれだけの時間でこれを覚えろというのだろう。これを覚えたらすぐに行かさせるということだったりするのだろうか。
「発音は日本語と一緒だからまぁ、問題ないとは思うよ」
つまり文字は読めない。ひいては書物が読めないということに繋がってくる。それは彼にとって非常に困ることではあるが最悪そういったものが読めなくても生きてはいけるだろう。
「今から君には異世界の言語を1時間でマスターしてもらうよ」
それだけの時間があれば狩矢であれば覚えるのに苦労はしないだろう。しかしその時に狩矢が感じたことはまた別のことだった。
「なんで1時間?今すぐには行けないのか?」
「当たり前だろ。準備とかあるんだし」
準備、とは何のことなのだろうか。そう感じた彼の心の中を知ってか知らずがロキはこう続けた。
「異世界で違和感なく暮らしていくためには色んな人物に狩矢直樹は昔からこの世界に存在していました、って記憶を捏造
る必要があるんだよ。まぁ、言い換えるとすると戸籍作りだな」
記憶を捏造とは、それはもしかするとドラえもんより凄いかもしれないなー、と呑気に人事のように考えながら目の前のことに集中しつつ軽口を叩いた。
「その間に覚えてろ、と?」
「うん。そうだね。ちなみにあともう一つあるんだけど」
その時に猛烈な違和感に襲われた。何故かは知らない。ただ、まずい、とそう直感した。
「現実世界での記憶は一部を除いてほぼ全て消えるんだ」
「、、、は?」
「ではでは!!楽しい楽しい異世界生活!!いってらっしゃ~い」
「ちょ!待っ!!」
結局ロキは1時間も待たなかった。恐らく待つつもりなど初めから毛頭なかったのだろう。
その叫びも届かず、直後。視界が暗転し、意識が彼方へと消え去っていった。