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本格ミステリー 逆襲の太宰治  作者: カルパッチョ
3/4

冬の花火

俺と太宰は大阪の心斎橋にいた。


日曜日なので人は多いが、外国人観光客が多い。


某大手チェーンの古本屋に入ると、太宰はとても珍しそうに、しかし、嬉しそうに、見て回っていた。


太宰は美容の本を手に取っているが、興味あるのか。若い頃はかなり美にこだわっていたようだが。


知人の女性が言っていた。「太宰が人気があるのは、顔がいいからだ」と。


他の作家の顔を思い浮かべると、肯くしかない…。


「太宰さんが主人公の漫画もありますよ」。「漫画なんて、女子供の読むものだろう。ふざけてやがる」。


太宰は「オレの本はどこに置いてるんだ?」と探しまわっているので、108円コーナーを教えてやった。


新潮文庫ばかり、少し日焼けした数冊が置いてある。


「なんだ、岩波じゃないのか」。


確か岩波文庫にもあったはずだが、太宰=新潮文庫だよなぁ。


っていうか、新潮に感謝しろよ。


「太宰さんの小説はほとんど文庫になってます。全集も出てますよ。あなたが拒否していた書簡集もある」


そう、借金を懇願する狂乱の手紙も、太田静子へ送った赤面する手紙もみんな書簡集に載っている。


「108円は高いのか?」


「安いです。この店の価格で一番安い」


「なんだと」


「例えば、ほら、この石川淳。こっちの石川達三とか、高い値段が付いてるでしょう」


「なぜだ。負けているつもりはない。許せん」


「あ、この高見順は珍しいから高額、こっちの火野葦平も高値ですね」


「侮られた!もう生きてられん!」


太宰はそう言うと、小型ミサイルが連射されたのだった。




古本屋は全壊になった。店内にいた客はもちろん、外の商店街を歩いている人まで死傷者が出た。


救急車、パトカー、消防車が数え切れないほど来て、心斎橋商店街は通行止めになった。


犯人は不明、太宰治がミサイルを撃っているとは想像できないだろう。




俺たちは千日前のパチンコ屋に身を潜めた。


「簡単にミサイル撃ちすぎ。本当に太宰治ですか? 太宰なら自死を選ぶはず」


「オレはもともと危ない男さ。ちょっとした侮りを受けても、激怒するんだ。力を得た今、もう我慢する必要はない」


厄介な事態になった。共犯者にされる。この男とは別れた方がいいだろう。


「全部が改造されたわけじゃないぜ。腹は減る。おい、遊郭に案内しろ」


また無茶な。確かに難波周辺にはたくさんあるだろうが…。


「金をくれ。今度、小説の原稿料が入ったら返すから」


まだ小説を書く気でいるのか。まさか文藝春秋に乗り込んだりしないだろうな。




太宰はキャバクラに入った。


1930年代のカフェを思い出す。指名で写真を見て、派手な衣装で化粧の濃い女を選んだ。


「貧乏くさい女は嫌だ。オレは地主の息子だぞ!」


ワインを飲みながら女性と歓談し、生き返って良かった、とつくづく思う。


「オレのことを知らない? 大作家だぞ。キスしてやるぞ。19歳? やっぱり若い女はいいなぁ」


「ねえ、シャンパン飲みたいな。プレゼントして」


「ああ、いいとも、いいとも」


「大先生にだけ特別、シャンパンタワーはどう?」


「ああ、いいとも、いいとも」


愉快だ。体が錆びるように熱い。


「今時の婦女子はどんな小説を読むんだ? もう吉屋信子でもあるまい」


「読むのは、BLばかりです」


「なんだそれは」


「ちょっと待っててね」。女は他の客の席へ行った。5分、10分と待つ。


イライラしてたら、やっと帰ってきた。「なんでしたっけ。ああ、小説の話。BLですよ。面白いですよ。先生も一度読んでみたら?」


「読んでみよう。だから、オレの小説も読んでくれよ。全集があるから」


「もちろん。絶対読みます。感想を言うのでまた来てね」



ボーイが「時間制ですので、いったんご精算をお願いしたいのですが…」


280万円と書いてある。


「筑摩書房に請求しておいてくれ。古田晃宛で請求すればいい」


「うちは現金かカード払いしか受け付けておりません」


「じゃあ、新潮の野平を呼んでくれ。彼が金を持ってくるから」


太宰はボーイに襟首を捕まれて、蹴りを入れられ、そのまま倒れ込んだ。「誰なんだよ、それは!」。ボーイは口調を荒げて、机を叩いた。


「すまん、手持ちは2万しかない。キスしてやろうか」


太宰は大型のサバイバルナイフを取り出し、起き上がるや否や、ボーイの首元をいとも簡単に切り裂いた。


「生まれたことが罪だから」


と意味不明の言い逃れをして。


そして、爆音と共に、天井を突き破って、空を飛んで逃げていった。


「作家って、飛ぶんだ…」。キャバ嬢はただただ見上げていた。


まるで冬の花火のような光を発して、太宰はどこか遠くへ消えていったという。

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