頑固者
「もう食べなくていいよ。お代はいらないから帰ってくれ」
ラーメン屋の店主は、カウンター席でまだラーメンを食べている女性客に冷たく言い放った。女性客は何故といった表情で店主を見返す。
「あのね、あんた臭いんだよ。香水臭いの、わかる? それじゃあ俺がせっかく作ったラーメンの薫りが楽しめないだろ? 他のお客さんにも迷惑だからさ、悪いんだけど帰ってよ。もう二度と来なくていいから」
他の席の客達はそんな店主と女性客のやり取りを見て見ぬふりをし、次に店主の標的が自分にならない事を祈りながら、ただ黙々とラーメンを食べた。
女性客は目に涙を浮かべ、「すいませんでした」と一言告げると店を出て行き、その後の店内には重苦しい空気が漂うのだった…。
この店は頑固で堅物な店主が経営する事で有名なラーメン屋で、携帯の着信音を鳴らした客、私語等々、自分の気にくわない客を店主が追い返す事も珍しくはなかった。
ある日、このラーメン屋に一人の青年がやってきた。カウンター席に座った青年に店主は、「注文は?」とぶっきらぼうに尋ね、青年は醤油ラーメンを注文する。
ラーメンが出てくるまでの間、青年は店内をゆっくりと見渡した。店内に無駄な装飾は一切なく、時計やメニュー表を除けば、あるのは壁に飾られた腕組みをした店主の写真と、『スープは命』と力強い文字で書かれた紙の入った額縁があるのみ。
しばらくした後、「お待ち」と青年の許に頼んだ醤油ラーメンが出された。青年は割り箸を割って、さっそく一口目を食べようとしたところで、突然店主がラーメンのこだわりを語り出した。
「お客さん、うちはスープが命のラーメン屋なんだ。まずスープから味わってくれ。その時、よく舌の上でスープの奥深さを…」
店主が言い終わるのを待たずに青年は麺から食べ始める。
「お、おい、あんた人の話聞いてんのか!? スープから味わってくれって言って…」
構わず青年は麺をすすり、チャーシュー、メンマと具材を食べ、結局スープを一口も味わう事なく麺を食べ終えた。呆気にとられる店主を他所に青年はお勘定を申し出るが、
「ふざけるな!! 金なんかいるか!! お前なんか客じゃねぇ!! 二度と来んな!!」
と、烈火のごとく怒り狂う店主は青年を店から追い出し、店を追い出された青年は何かに気づいた様子で意気揚々と店を後にした。
翌日、「無料でラーメンが食べられるかもしれない店がある」と青年から聞かされ、これは是非とも行かねばとラーメン屋を訪れた青年の友人。
友人は、無愛想な店主に醤油ラーメンを注文し、ラーメンが出てくるまでの間、店内を見渡す。店内の装飾は実にシンプルで、掛け時計やメニュー表以外にあるのは、腕組みをした店主の写真のみ。
「ふうん、こういう店には大体『スープは命』なんて額縁が飾られてありそうなもんだが…」
と、友人は一人呟いた。
そうこうする内に、先程注文したラーメンが友人の許に運ばれてきた。
しかし、出された醤油ラーメンを見た友人は驚愕する。器の中には麺と具材のみで、スープが入っていなかったのだ。自分の想像とはあまりにもかけ離れた異様なラーメンに、友人は文句を言った。
「親父さん、僕が頼んだのは醤油ラーメンだよ。スープが入っていないじゃないか!!」
友人の言葉にも涼しい顔で店主は言う。
「うちは麺と具材の素晴らしさを大切にし、お客に味わってもらうラーメン屋なんだ。さあ、食べなよ」
「ラーメンはスープがあってこそラーメンなんだけどなあ…」
友人は頭を掻き、仕方なく、いつも持ち歩いているインスタントラーメンの粉末スープと熱湯が入った水筒をリュックから取り出し、それらをスープなしラーメンの上にかけて食べ始めた。
その光景に唖然としていた店主は我に返り、
「てめえ!! 何してんだ!!」
と、包丁を持って襲いかかろうとしたところを他の従業員に取り押さえられていたが、友人はそんな騒ぎを他所にラーメンを平らげ、お勘定を申し出た。だがやはり、
「金なんかいるか!! 二度と来るな!!」
と、店を追い出されたのだった。
その翌日、「無料でラーメンが食べられるかもしれない店がある」と青年の友人に聞かされた友人がラーメン屋を訪れた。
友人の友人は醤油ラーメンを注文し、しばらくすると出てきたのはラーメンでなくカレー。さすがにこれには文句を言う。
「親父さん、僕が頼んだのは醤油ラーメンで、カレーじゃないんですけど…」
だが店主は素知らぬ顔で説明する。
「うちはカレーを大切にするラーメン屋なんだ。食べないの?」
「ここはラーメン屋じゃないのか…」
ラーメンが食べられないのであればしょうがない。友人の友人はやむを得ず店を出ていった。
「ふん、ざまあみやがれ!! てめえらに食わせるラーメンはねぇ!!」
と、満足げに勝ち誇っていた店主だが、客に疑心暗鬼になり、注文した品を出さないようになったラーメン屋の客足は徐々に遠のき、店は一ヶ月後に潰れた。