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クリスマス用小説を書こうとしたけど、苦いコーヒーを飲んでたらクリスマスになった

作者: 夏乃凪楽

会話文が訛ってます。


――――――魔王様から授けられた魔痕遺物(アーティファクト)を握りしめ、暗闇の廊下を慎重に歩く。


月明かりすら届かない本物の闇だが、【属性:猛禽】の俺には暗視カメラのように見えている。侵入者対策の罠を探りながら抜けて行き、長い廊下を踏破する。


ただの道程だが、既に汗だくだ。真冬だからと言って、ここは暖房を効かせすぎだ。


まぁ、後少しでここからも抜け出せる。いや、もしかすると俺はこの先で力尽きるかも知れないが、それもまた運命だと受け入れよう。せめて、一矢報いることが出来れば、それで構わない。


廊下の最奥、厳重な扉の奥に、標的が居る。


……この扉の分厚さの理由を考えると、体に力を入ってしまう。魔痕遺物を握る手が、怒りでぶるぶると震えてくる。


落ち着かなければ。落ち着いて、淡々と、計画をこなすのだ。ここまで来て殺気立ったから気付かれたなんて洒落にならない。


志半ばで消えていった同士達の為にも、俺は、勇者を殺さなければならない。奴だけは、許さない。


心は決めた。いける。この日、この時の為に、魔王(サタン)様の下で修行を積んだんだ。チート能力に頼り切った勇者なんぞに敗ける道理はない。


【魔技:透過】を利用し、部屋周辺に張られた結界を抜ける。結界に振動を与えないように、ゆっくりゆっくり、慎重に抜ける。


全身の筋肉が疲弊し、緊張感で精神も疲労感に苛まれているが、もう少し。もう少しで……。


厳重な扉は、鍵が掛かっていない。この中に居る勇者本人こそ、最後にして最強の防犯装置なのだから。


因みに、この部屋はこの国の王女の部屋である。王女の部屋に男の勇者を置くなんて馬鹿げている。もちろん、双方同意の上で、ナニする為に同じ部屋なのだが……。


この分厚い扉も、防犯ではなく、城に住む者の安眠の為の防音機能付きと言われれば、もうお分かりだろう。


勇者死ね。志半ばで消えて(ひきこもって)しまった同士(非リア充)達の為にも、貴様は死ぬべきだ!


おっと……熱くなってしまったが、もうすぐ悲願は達成されるのだから、まだ冷静に。奴を爆発させた後、奴を足蹴に勝鬨を挙げればいい。


音がしないように、扉を開けていく。同時に、中から非常に不愉快な声が聞こえてきたが、想定内だ。まだ平静は保てる。


「カケル様……」


王女の声だ。勇者(カケル)爆発しろ。


「カケル……」「お兄ちゃん……」


………………。


ちょっと待て。おい。なんか複数の女の声が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。勇者が王女に特殊なプレイでも敢行しているのだろうか。


そうだろうか。……そうに違い無い。


俺が滑り込める程度の隙間を開け、中を覗き込み、そして神は死んだ。


幸いにして今日はクリスマスだ。クリスマスを交尾の日と勘違いしている勇者以下三名(王女、聖女、魔女)に、素敵なプレゼントをしてあげよう。


同時に、消えてしまった同士達に、勇者の死を、枕元に。


「メリークリスマス、カケル君」


意外と冷えた頭が、状況を整理していく。


勇者以下三名は一糸纏わぬ姿であり、防御力が皆無であることが窺える。聖剣も、聖環も、聖杯も、聖杖も、全て床に放置してあるから、攻撃力も勇者の腕力のみ。


いける。殺れる。


魔痕遺物を両手で構え、その鋒を勇者の心臓に向ける。


「お前は、佐藤(さとう) 一樹(いっき)……?なぜ、この世界に……」


「俺は、お前が嫌いだった。イケメンリア充のお前が。お前が消えたあの日、俺は大いに喜んだ。だが、お前が消えたことで、ユウカちゃんがどれだけ悲しんだと思っている。その頃一方お前が異世界ハーレムを作っているとも知らず、一途にお前を想うユウカちゃんの気持ちを、お前は考えたことがあるのか!異世界に来てまでリア充続けやがって!引退しろ!」


「ユウカは……元気なのか?」


「お前にそれを問う資格はない!死ね!魔痕遺物(アーティファクト)魔王(サタン)の(・)逆十字(クロス)』発動!【スキル:残酷な現実に杭穿つ】!」


魔痕遺物の刀身に電光が迸り、ゆう―――――













と、そこまで打ったところで、ケータイがメールを受信した。もう少しで勇者の心臓が爆発して肌色のベッドが血赤に染まるというのに。


メールを開くと、SNSからの通知メールだった。スマホを使って電話とかゲームとか出来る世界二億人以上が登録しているアレだ。俺はガラケーだから電話もゲームも出来ないけど。


SNSのページを開くと、友人が一言『何なう?』。


『ハーレム系リア充殺害なう』と打とうとしたが、止める。頭可笑しい奴だと思われそうだ。俺は至って真剣なのに。


結局『ひまなう』と返しておいた。俺のリア充殺害計画は秘密裏に進行させるのだ。この友人はリア充だし。


暫く待つと『遊ぼ』と来たので間髪入れずに『いいよ』と返した。俺は小説を書いている時以外は暇人だ。小説を後回しにすれば常に暇人だ。生粋の非リア充である。


『車だせる?』と来たので、親に車を借りる旨を伝え、『うん』と返す。『迎えきてw』


ベッドから起き上がり、上着を羽織って眼鏡を掛け、家の鍵と財布と車の鍵を持って準備完了。一応、鏡で髪型を確認するが寝癖はないから問題無い。


友人なんかは髪型のセットに二〇分とか掛け、服選びに一〇分も掛けるが、一体何を目指しているのかわからない。俺に対してお洒落するとか、もしかして俺に気があるのだろうか。…………。


……………………………………。


車を一〇分ほど走らせて友人を迎えに行き、コンビニの駐車場に停める。近所の大学生共が屯しており、非常に邪魔だ。車の駐車スペースに自転車置くな。


少しして、友人が来た。今日も髪の毛は尖っているが、サイヤ人を目指しているのだろうか。髪型を真似ても強くなれんだろうに。


「どこ行くん?」


「どうしよ……服買いたいんよね」


ということで、車で三〇分ほど走ったところにあるショッピングモールに向かった。俺は別に服とかいらないが、まぁ、車の運転は好きなので良しとする。


ショッピングモール内は、クリスマスムード一色だった。クリスマスツリーとかあるし、クリスマスソングとか流れている。


クリスマスムードに反感を持つテロリストが、クリスマス当日は大型ショッピングモールで銃を乱射する小説とか、面白いかも知れない。が、流石に無粋過ぎて気分が悪くなりそうだから断念する。


「つーか、また服?前も買いよったやん。どんだけ服買うんよ」


着せ替え人形のようだな。


「んー、クリスマスやけん、デート用の服をねー」


爆発しろ。




小一時間ほど買い物に付き合い、時刻は19時。そろそろ疲れたから帰りたい。


「飯どうする?」


「……食べる?」


いつも通り、ラーメン屋に行ってラーメンを食べる。そのラーメン屋の店員に可愛い娘がいるのだが、毎回友人が「ヤバいかわいい」と言う。


お前彼女いるだろうが、と俺は思うのだが、そういうのは浮気にならないのだろうか。気持ちは浮わついているから、俺的には浮気なのだが。


「この後どうする?」と友人。スマホを使って誰かと連絡を取り合っているようだが、どうせ彼女だろう。


「どっか行きたいとこあるん?」と俺。鳴らないガラケーを持つ俺は、手持ちぶさたである。


「夜景観に行きたい」


「夜景?どこの?」


「雑誌に載っとる夜景の特集で、めっちゃきれい……。ごめん、ちょい待ち」


と言って、俺との会話を中断して電話に出る。


「今?友達とおる。………………。来る?了解。また連絡するわ」


どうやら、誰かが合流することを独断で了承したらしい。車を運転するのは俺だと言うのに。別にいいけど。


「アヤも来るって。で、なんとか展望台ってとこ行ってみたいんやけど」


「……ええよ」


女友達のアヤを途中で拾い、三人で件の夜景を観に向かう。それなりに狭い山道を登って行く。


「クリスマスの予定とかもう決まっとん?」


「うちはバイト」


「彼氏は?」


「仕事やって。代わりに26日にデートよ」


と、後部座席で繰り広げられる会話。なんだお前ら。俺は放置か。どうせリア充の会話になんて交ざれんがな。


「俺さぁ、雑誌の懸賞に応募するけん。なんか夜景を観に行くツアーみたいなのがペアで当たるらしいんよ」


「当たらんやろ」


「当てたるし。まぁ、一応、外れた時の為に車で行ける所の下見よね」


……俺はリア充のデート計画に加担させられていたのか。車から放り出すぞ貴様。


「お前はクリスマスなんかするん?」


「一人で寝るんやない?誰かに誘われたりしたら別やけど」


「やろねw」


わかっているなら何故尋ねた。俺を嘲笑って楽しいのか。車で轢くぞ貴様達。




狭く暗く急な坂道を登りきると、それはもう美しい夜景が広がっておりました、まる。


「今度彼氏に連れて来てもらおかなぁ」


「懸賞落ちたらここ来よ」


「……眠い」


コイツら、置いて帰ろうか。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




そんな事件とも言うべき衝撃的であるが同時に日常的な出来事から数日。俺は小説執筆の為にケータイを開き、しかし指を動かせないでいた。


友人に邪魔された為にクリスマス用の小説を書いている途中ではあったが、どうもモチベーションが上がらない。


原因はわかっている。先日の友人二人との夜景観覧もそうだし、大学の友人の「昨日は彼女とお楽しみやった」発言もそうだ。俺は気付いたのだ。


……いや、遂に現実から目を背けることが出来なくなったというべきか。


敵は異世界に在らず、敵は以外と身近に在り。と。


どいつもこいつもイチャイチャしやがって。聞かされているこっちは甘ったるくて歯が浮く思いだ。ブラック無糖のコーヒーをコンビニで買ってしまうほどだ。買ってないけど。


敵はこんなに身近に沢山いたというのに、異世界やら大型ショッピングモールとか、そんなこと言っている場合ではない。


そうだ。彼氏を寝取られた女子大生がクリスマスプレゼントとして元カレに恋敵の頭部を贈るという小説はどうだろう。かなり身近な感じがして恐怖感を煽れるのではないだろうか。


又はサンタクロースの格好をした無差別殺人鬼だな。既にありそうな作品だ。やはり寝取られ女子大生か。


ヤカンでお湯を沸かしながら、少しずつ構想を練っていく。コンロの火を眺めていると、嗜虐的な思想が湧いてくる。


主人公と恋敵の関係、どうやって恋敵を殺害するか、恋人の頭部を贈られた元カレはどうなるだろうか。


……名前はリア充の友人から引用すればいいか。


そんなことを考えていると、お湯が沸騰した。


インスタントコーヒーを淹れ、願掛けのつもりでブラックで飲む。これから書く小説には、甘味なんて一滴も無いのだ。


冒頭の一文を考えていると、ケータイが鳴った。メールの受信音だ。


またまたSNSからであり、今度は非リア充の友人からの連絡だった。たった一言。


『メリクリ』


…………おや?


待受画面で日付を確認すると、『2013年12月25日00:13』


知らぬ間にクリスマス当日だった。結局、一人も殺していない。


寂寥感に見舞われながらも『メリクリ』と返しておく。


そういえば、あの友人は懸賞を当てることが出来たのだろうか。


…………。コーヒーを飲んで誤魔化した。


リア充のことなんて頭から追い出して、いつもの連載小説を書くことにしよう。そうしよう。


コーヒーにミルクと砂糖を足し、熱くて甘いクリスマスの一時を過ごすことにした。



完全フィクションです。

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