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 大木の下、今日も木漏れ日は心地良い。

 夢の中でもそうだったのだから、この光景は当たり前なのだけれど。

 だけど今日ばかりは雨が降っていて欲しいと思わずに居られなかった。

 天気なんて些細なものでも夢との違いを見付ける事が出来たなら、ほんの少し希望が持てたかもしれないのに。



「狼さん、おはようございます」

「あぁ」

「今日も良い天気ですね」



 楽しそうに笑う小鳥。

 その姿を目の前にして、背中への感触を覚えて、狼は酷い恐怖に駆られていた。


 怖くて怖くて堪らないのだ。

 小鳥に夢を告げる事が。

「嘘吐き」だと思われてしまう事が。

 軽蔑される事が、幻滅される事が、嫌われてしまう事が。


 そうなってしまえば、きっともう、ここには来られない。

 来たところで、小鳥はさっさと逃げて行ってしまうかもしれない。

 拠り所をなくした時、またあの大きな虚しさや孤独に覆われてしまうのだろうか。

 一度心に覚えた安心を失った時、それらの感情は一層強く自分に襲いかかってくるかもしれない。


 起き抜けに感じた悲しみや辛さの矛先は、こうした狼の不安にあった。


 募る恐怖が、狼の口をどんどんと重たくさせていく。

 早く言わなければ、と思いながらも、中々先を繋げる事が出来ずに。

 だけどきっかけなど、本当に単純なものだった。



「ねぇ、狼さん」

「うん?」

「今日はずっとここに居て下さいませんか?」

「……え?」

「どこにも行かず、ずっと一緒に居て欲しいんです」



「ずっと一緒」なんて言葉に、狼は背中を押された気がした。

 当たり前に未来を信じている小鳥に、自分がすべき事を思い知らされた気がしたのだ。



 自分だって、小鳥と一緒に居たい。

 出来れば、今日だけでなくずっと。


 だけどきっと、それは叶わないだろう。

 何もせぬままここに居れば、小鳥は死んでしまうのだから。


 その歌声を音色を守る為。

 今から自分は、あまりにも失礼な「嘘」を告げるのだから。



 一つ息を吐いた狼が口を開く。

 引き裂かれるような胸の痛みを覚えながら。



「……それは出来ないよ」



 幻滅されてもいい。



「え?」



 最低な嘘吐きだと思ってくれて構わない。



「お前は死ぬんだよ」



 だから。



「……狼さん?」



 だからどうか。



「お前は今日、人間に殺されるんだ」



 生きていて欲しい。



 これから先、また小鳥の夢を見る度に自分はこうして「嘘」を吐くだろう。

 その度に信頼を失っても、生きていてくれさえすればそれでいい。



 木々のざわめきが狼の耳を通り抜ける。

 やがて発せられたその声は、いつもと変わりなく凛としながらも華やいでいた。



「狼さん」



 澄んだ声を出した方向から、小鳥はやはりいつもと同じく狼に微笑みかけていたのだ。



「死ぬのは私じゃない。貴方の方です」



 その言葉に棘を纏わせながらに。



 小鳥の言葉を狼は理解出来なかった。

 なのに小鳥はまた放つ。



「貴方は今日、人間に殺されるんだ」



 まるで狼の言葉を真似るかのようにして。



 その言葉には、鉛のような重たさが含まれていた。

 同時に、研ぎ澄まされた牙のような鋭さも。

 


 こんなにも辛い事だったのだろうか。

 自分も誰かをこんな風に傷付けてきたのだろうか。

 否、きっと違う。

 今、自分の胸中が抉られるように痛む理由は、言葉を放った相手が自分にとって大切な存在だったからだ。

 それでも多分、こうして自分は誰かに不快な思いをさせてきたのだろう。

「お前は死ぬ」と、存在を、命を、蔑ろにされたような気さえする言葉を吐き出し続けてきたのだから。



 湧き起こる思考が、狼の呼吸から整然さを奪い取っていく。



「ねぇ、狼さん」



 未だ美しさを保つ声色。



「……っ、あ……」



 怖い、と思った。



 それ以上先を聞きたくない。

 聞いて傷付きたくない。



 きっと大丈夫、なんて思えていたハズの狼の心は、小鳥からの「嘘」のお返しにアッサリと挫けてしまったのだ。

 その声に蔑まれるぐらいなら。



「あ……! 狼さん……!」



 いっそ、自分から姿を消してしまいたい、と。




 小さな鳥と大きな狼。

 逃げ出したのは、狼の方だった。

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