5
深い深い夢の中で、狼は静かに感覚を研ぎ澄ませる。
この感覚は数日ぶりだ、と、これまでよりも軽い気持ちで。
狼に疑問が訪れた原因は、そこに映る景色が自分の憩いの場所であったからだろうか。
のどかな木漏れ日の中に響く歌声は、紛れもなく小鳥のものだと理解出来てしまったからだろうか。
そんなまさか。
その気持ちは何故のものだったのだろう。
感情の上に成り立つ願望など、現実を前にして無意味に等しい。
それを理解していないわけではなかったのに。
小鳥が自分の夢の当事者になり得る事はない、と、いつからそんな確証のない事実を掲げていたのだろうか。
あぁ、やめてくれ。
どうか別の誰かであってくれ。
狼の脳裏にどれだけその思いが広がりを見せようとも、それは無駄に終わってしまう事となる。
やがて美しい音色をかき消すように轟いた銃声。
強くも優しい声からはかけ離れた悲痛な鳴き声。
ボトリ、と地面に落ちた小さな体は、真っ白な体表を赤く染め上げていた。
「……くそ。……でかいの狙ったつもりが、こんなのに当たっちまった」
舌打ちと溜息を連続させた声はあまりにも下衆い。
夢の中で堪えようのない殺害衝動に駆られながら、狼は「早く終われ」と、声にもならない声で叫び続けた。
やがて人間の姿が景色の中から消えていくと共に迎えた目覚め。
狼の息は全力疾走した時のように乱れていた。
目から溢れ出る涙を自覚し、乱れた呼吸は嗚咽へと移り変わりを見せていく。
悲しい。
辛い。
たった一つの心の拠り所が消えてなくなる瞬間を、否応なく見せ付けられた。
だけど狼は、それらの感情の本当の矛先を理解していたのだ。
どうして自分が悲しいのか、辛いのか。
それを理解して尚、狼の足は重たくも歩き始めていた。
小鳥を守る為に。