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パチリ、と瞼が開く。
狼は随分と疲れていた。
その原因は今しがた見た夢の残虐性にあるのだろうけれど、寝ていたと言うのに疲れているだなんて自分の事ながら理不尽だと思う。
寝ている間は分離しているハズの脳と体。
その二つは、こうして起きてしまえばまた元通りに融合していく。
夢の印象を脳に強く残し、体には何とも言えない気だるさを引き連れて。
のそりと起こした体はやはり重たい。
だけど行かないわけにもいかず、狼は歩き出す。
あぁ、最近は見ていなかったのに。
そんな誰に向けるでもない思考を持て余しながら。
歩き続けた狼が行き着いた先では、夢の中と同じ景色が広がっていた。
森林に穏やかな木漏れ日が差し込むこの場所で、狼は気配を殺し、静かに耳を澄ます。
木々を揺らす風。
高い場所で空気を裂いて飛ぶ鳥。
色んな音が耳に入り込んでくるけれど、聞こえない。
目当ての物が、まだ聞こえない。
そうして耳を澄まし続けて、どれ程の時間が経った時だろうか。
やがてガサガサと音を立てた茂みの向こうからは、一匹の狐が現れた。
「おい」
その姿を確認し、声をかけた狼。
狐はいかにも迷惑そうな顔を浮かべて見せる。
「何だ、誰かと思えば嘘吐き狼じゃないか。悪いけど、君の話は聞くつもりないよ」
そう言って狐が踵を返そうとした瞬間、狼は端的に告げた。
「お前は死ぬよ」
その言葉を耳にしたハズの狐は、さして驚く事もしない。
ただただ迷惑そうに、面倒臭そうに溜息を漏らし、足を進めていこうとする。
「ここで人間に銃で撃たれて死ぬんだ」
「あぁ、怖い怖い。だったら早く行かなきゃね。君みたいなのから逃げる為にも」
最後の最後まで、狐は狼の言葉を信じる素振りを見せなかった。
捕食者である狼に対して、さも小馬鹿にしたように嘲りの意を向けたのだ。
だけどそれも仕方の無い事だと狼は思う。
自分は餌になり得る生態を前にして、襲い掛かる事もせずに「嘘」を口にするのだから。
狼が夢を見始めたのは、いや、気付いたのはいつの頃からだろうか。
それはもう定かではないけれど、狼は度々他者の災難を夢に見ていたのだった。
最初こそ特に気にしていなかったその夢は、いつしか現実に起きる事なのだと気付いてしまう。
夢が及ぼす痛みや苦しみ、悲しさや恐怖に感覚を刺激され、狼は見た夢の話を災難の当事者へと話すようになっていた。
見舞われる事態から逃がしてやりたいと、その一心で。
なのに狼の話を信じる者は一匹として居なかった。
狼の夢は当事者へ話す事により、その事実をなくしてしまうらしい。
つまり現実には起きぬものとして、本当にただの夢として終わってしまうらしかった。
事実を捉え、教えているハズの狼。
災難から逃れさせてやりたいと、救ってやりたいと願う狼。
狼の持つその優しさが、結果的に狼自身の立場を悪い方へと動かしていくのだから皮肉なものだ。
いつの間にか、狼は森の動物たちから「嘘吐き狼」とまで呼ばれるようになってしまったのだから。
そうして呼ばれる事は狼の心を虚しさでくりぬくようだけれど、それでも狼は夢を告げる事を止めなかった。
災難が降りかかると知りながら、見て見ぬフリなど出来なかった。
どうして自分が、と思う時もある。
だけど思ったからと言って、夢を見なくなるわけでもない。
募る嘆きと抗えぬ現実は、狼を無遠慮なまでに虚しさや孤独へと追い詰めていく。
それはこんな風に、自分の見た夢を告げる事で他者を救い、救ったハズの者から蔑みや嘲りを受けた後、特に。