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第1話 中庭を走る人


「これは朝倉舞子が高校時代に出会った人たちの物語である」


 全校生徒がほぼ登校した頃、毎朝中庭をバタバタと走ってくる男子生徒がいる。

 私は三階の校舎の窓から、その姿を毎朝目で追っていた。

 その様子を見ていると、なんだか心が踊ってしまう。

 ……どんな人なんだろう。

 そう思いながら、私はただ眺めるだけだった。


 授業が終わると、私はいつものようにサイエンスクラブの部室へ向かった。

 部室の扉をガラガラと開ける。

「朝倉、やっほー。」

 声をかけてきたのは高村千春(たかむらちはる)だった。

「いつも元気だね。」

 私はそう返して、机の上に鞄を置いた。

 サイエンスクラブの部室は使われなくなった理科室だ。

 隣には教員準備室があり、私たちも自由に出入りする。

 先生たちと話をするのも、楽しみの一つだった。

「おう、朝倉じゃん、ちーっす。」

 そう言って入ってきたのは坂井歩(さかいあゆむ)だった。

「坂井先輩、あたしにも挨拶くらいしてよ。」

「毎日ここで会ってるだろ。」

「朝倉も毎日会ってるよ。」

 高村がそう言うと坂井先輩は静かになった。

 そんなやりとりをしている間に他の部員もやってきた。

「そんなことより、まずは掃除始めようぜ。みんなお腹減らしてるだろうから。」

 そう言いながらオーディオコンポのスイッチを入れた。

 B’zのBGMが部室に流れる。

 そして、ごそごそと掃除の準備を始めた。

「お前らは水槽を頼む。俺は鳥小屋を綺麗にしてくるから。」

 坂井先輩は鶏を飼っている倉庫――私たちが『鳥小屋』と呼んでいる場所へ入っていった。

「姫、卵産んでるな。おーっケンタ突くなよ。」

 倉庫から鶏の鳴き声と坂井先輩の声が聞こえる。

「坂井先輩って生き物に話しかけるよね。本当に会話してたりして。」

「ありうるね。」

 二人でそう話をしながら、水槽のゴミを取っていた。

 サイエンスクラブにはいくつか水槽があり、メダカやアロワナが飼われていた。

 ……ちょっと魚苦手なんだよな。

「朝倉、こっちの餌やりはあたしやるから、ハムどもの世話お願い。」

「わかったー。」

 ハムスターのケージの底の紙を取り替える。

 ハムスターがちょこちょこ動き回る。

 ……可愛い。

 そうこうしているうちに掃除が終わった。

「なんかパーっとしたことしたくない?」

 不意に高村が妙なことを言い出した。

「じゃあ、火山の実験でもしようか?」

 いつの間にか横に来ていた藤井先生が言った。

「え?先生本気ですか?」

 私は冷静に尋ねた。

「本気本気、ここは動物たちが居るから理科室の方に行こうか。」

「おー!火山!ロケット花火みたいなのだよね。見たい見たい!」

 高村はノリノリだ。

 藤井先生はニコニコしながら準備室に戻った。

 どうやら顧問の奥野先生に話を通しに行ったらしい。

 皆で隣の理科室に移動する。

「皆、窓の暗幕下ろしといて。」

 と藤井先生。

 皆で暗幕を下ろしてあっという間に理科室が暗くなる。

 奥野先生が「みかん」と書かれた空き缶を持ってきて机に置いた。

「ここに薬品を入れてある。これから火山みたいに噴火するぞ。」

 ……シュボー

 ドラゴン花火のように火を噴く。

 不意にドバァッと炎が吹き上がる。

 『すごい』

 皆の声が揃った。

 しばらくその状態を保つ炎。

 その後二回目の噴火。

 ……ゴオオッ

 『オーーー』

 炎が周りを照らしている。

 そして、三度目の噴火。

 ……ドドォッ

 ……ジリリリリリリ

 『えっ!?』

 ……プシャーー

 「冷たいっ!水っ!」

 叫ぶ高村。

 理科室の天井から勢いよく水が降ってきた。

 「うわぁぁっ!」

 坂井先輩が扉を吹っ飛ばすように部屋の外に出た。

 私も一緒に出た。

 ……ドタドタドタ

 「何事だ!」

 校長、教頭、それと他の先生方が走ってきた。

 私はびしょ濡れのまま立ち尽くしていた。

 ……ウ~~~、ウ~~~

 ……カンカンカン

 奥野先生の顔色が変わる。

 (あ、みかんの缶、火災探知機の真下にあったんだ。)

 校長は濡れた理科室を見回し、額を押さえた。

「奥野先生、藤井先生、ちょっと校長室へ。」

「すまん。君たち後片付けもいいから帰るように。」

 奥野先生はそう言い残して、眼鏡をかけた教頭に連行されていった。

 その後、火山の実験をすることはなかった。


 次の日の朝も中庭を走る男子生徒を眺めていた。

 見つけると、少し嬉しくなる。


 放課後、教室で鞄の中を整理していた。

「今日、サイエンスクラブ遊びに行って良い?」

 私に声をかけてきたのはクラスメイトの根岸だった。

「うん、いいよ。」

「うん、ありがとー。部室に置いてた漫画の続き読みたくってさー。」

 根岸はサイエンスクラブの部員ではない。

 でも、こうして放課後になるとよく顔を出していた。

 鞄の整理を終えて部室へ根岸と共に向かった。

 部室に入ると、高村が水槽の掃除をしながらSPEEDの曲を聴いて鼻歌を歌っていた。

「お、朝倉やっほー。根岸も来たんだ。」

「漫画読ませてもらうねー。」

 根岸はさっそく棚から漫画を取り出して読み始めた。

 部室を見渡してみる。

 坂井先輩はまだ来ていなかった。

 とりあえず荷物を置いて、ハムスターの世話を始めた。

 ガラッと扉が開いた。

 坂井先輩だった。

 後ろから男子生徒が続いて入ってくる。

「ここがサイエンスクラブの部室か。生き物いっぱいいるね。」

 ……あ!

 ……朝、中庭を走ってる人だ!

 しっかりと顔を見るのは初めてだった。

 線の細い人だった。

 朝走っている時と同じで、どこか柔らかい雰囲気がある。

「竹ちゃんがサイエンスクラブに興味あるって言うから連れてきた。」

 坂井先輩が後ろの男子生徒を紹介しようとした。

「初めまして、竹田進(たけだすすむ)です。」

 少し高めの澄んだ声が部室に響いた。

「あっ!朝倉舞子(あさくらまいこ)です。」

 釣られて真っ先に自己紹介してしまう。

「なんでフルネームなの?あははは!」

 高村がそう笑う。

 私は何も言い返せなかった。

「高村です。よろしく!」

 高村はすらっとそれだけ名乗った。

 その後みんなも順番に自己紹介をした。

 でも、私は竹田先輩の声ばかり気になっていた。

「僕も生き物が好きでサイエンスクラブが気になってたんだ……」

 竹田先輩の話は自然と耳に入ってきた。

 気が付くと私はずっとその話を聞いていた。

 空が赤く染まり出し、カラスの鳴き声が聞こえだした。

「あ、僕そろそろ帰らないと。今日はこのへんで失礼します。」

 竹田先輩は挨拶をして帰ろうとする。

「え?もう行っちゃうの?もう少し話したかったなー。」

 と高村。

 私も心の中ではそう思っていたけれど、竹田先輩は帰っていった。

「竹ちゃんは妹と弟がいて、親が仕事の間は竹ちゃん面倒見てるんだそうだ。」

 と坂井先輩。

「俺とは違って、竹ちゃんはすごいんだ。」

 坂井先輩は誇らしげな表情をしていた。

 ……竹田先輩って本当に優しいんだな。

 私たちも後片付けを済ませて帰ることにした。


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