そして、どこまでも。
「ははは、だめだよ、マイケル、いつも僕が作った紙飛行機をめちゃくちゃにするんだから。」
犬が向こうの方から走って来て、口には、くしゃくしゃにした紙飛行機をくわえていました。
その青年は犬を抱きかかえ、頭を撫でて上げていました。
「いつも、あなたの作った紙飛行機を口でくわえて持って来るのね。」
お母さんが両手を腰に当てて、背後の方から言いました。
「そうなんだよね、飛ばすと必ず持って来るんだ。今度の大会、マイケルには家でお留守番だ。」
「くぅ~ん。」
篤央君の顔を見て泣きました。
「あれ?こいつ、わかるのかな?わかったら凄いよね、母さん。」
「長い付き合いだから、わかるかも知れないわよ。」
お母さんは両腕を組んで言いました。
「そうだ、もう飼って長い。人間の年にすると、おじいさんに近いかも知れない。あんまり走らせるのは良くないかもね。」
マイケルの頭を優しく撫でながら言いました。
「そうよね、こんな広い公園に連れて行くより、家の近所をゆっくり回って行った方が良いと思うの。」
「そろそろ帰ろうか。」
お母さんの顔を見て言いました。
「そうね。」
飼っている犬のマイケルを下ろして、母親と歩いて家に帰って行きました。
夕食がすみ、1人部屋へと戻って行き、部屋に入るとマイケルがすみっこの方で丸くなっていました。
「あれ?いたの?びっくりした。」
篤央君は椅子に座って机と向かい合わせになり、両肘を付き、両手を頬に当てて溜め息を1つ。
机の引き出しから真っ白い紙を1枚出して、飛行機を折り始めました。
マイケルはその様子をじっと見つめています。
「あーわかんないだろうなぁ~。わしゃぁ、この犬に取り付いてから何年にもなる。ずっと篤央を見守っている。あの折り方じゃぁ、優勝出来ん。それをわかってもらいたいのじゃがのう・・・くう~ん。」
なんと、マイケルには飛行機の折り方を教えてくれた、あのおじいさんが憑いていたのです。
折り方を教えて間もなく、この世を去ってしまったのでした。
篤央君はそれには全く気づいていません。
今、出来上がった紙飛行機を飛ばしています。
「あぁ、あの飛行機もだめじゃ、くぅ~ん。」
マイケルはしょんぼりしています。
篤央君は只今17才。両親と3人暮らしで、紙飛行機で、どこまで飛ばせるかを競う大会に出場する予定をしています。勿論、狙うは優勝です。
「よし!今の飛行機は良いぞ、マイケル、そっちへ行っちゃだめだ。」
紙飛行機を口でくわえて、くしゃくしゃにしています。
「あーあ・・。」
右肘を机に付いて手に頬を乗せてため息を1つ、それから両手で頭を抱えて、髪の毛をくしゃくしゃにしてしまいました。
「篤央、電話よ。」
下から、お母さんの呼ぶ声です。
「誰だろう?」
階段を下りて行き、廊下に置かれている電話の子機を持ち、ふすまを開けたお母さんがこう言いました。
「水越君から。」
「弘也から?」
2階へと戻りました。
「もしもし」
「あぁ篤央、飛行機の大会に出るんだよな。」
「出るよ。」
「俺も出るぞ。」
「・・・あれほど馬鹿にしてた大会なのにどうして?」
「優勝したら、飛行機に乗せてもらえて、日の出が見られるらしいぞ。小型機貸切、ペアで。」
「そうか、優勝、優勝って思ってたけど、賞の内容なんて考えた事なかったよ。ありがとう、教えてくれて。共に頑張ろうな。」
「う、うん、篤央もな。」
「うん、じゃあ。」
2人は同時に電話を切り、篤央君は素早く下りて行って子機を元の場所へ戻して、自分の部屋へと戻りました。その頃、同じクラスの友達、水越弘也君は少し俯きかげんでこう言いました。
「そういえば俺、紙飛行機なんてほとんど作った事がない。優勝した時の賞なんて、噂で聞いただけだし・・・ま、いいか、俺も頑張れば。」
1人、後ろ姿が寂しく、自宅の廊下を歩いていました。
「マイケル、これはどうだ?」
何枚も何枚も折って、飛ばしていました。部屋が紙飛行機でいっぱいになりそうです。
「く~ん。」
マイケルは寂しい目をして上目使いで見ています。
「駄目なのかなぁ、マイケルは人間ぽい所があって見抜いてそうだし、よし!これは!」
1つ飛ばすと
「く~ん」
2つ飛ばすと
「く~ん」
10回ぐらい続き、
「あぁこんだけ作ると歩けないや。」
そう言いながら、机に置いてあった最初の方に折っていた飛行機を飛ばすと、異常に長く飛び、
「ワンワンワン!」
マイケルは非常に喜び、飛び跳ねました。
「えっ?今の?」
その飛行機を拾い、机の上に置き、その他の紙飛行機を捨て始めました。1階にいる、お父さんとお母さんは夜遅く、何しているのかと、お互い沈黙を守っていましたが、
「大会に向けて頑張っているのだろう。・・・おじいさんの血を受け継いだんだな。」
お父さんが言いました。
篤央君はほっとしたのか、机に向かって椅子に座ったまま寝てしまいました。
月日は流れ、10月の大会前日となりました。
「とうとう明日か。弘也、頑張ってるかな。折り紙折ってるとこ見た事ないもんな。」
自分の部屋で両手を枕にして仰向けで寝ています。天井の1点を見つめ、そして急に起き上がって、
「天気予報を見てみよう。ちょうど今頃ニュースやってると思うんだけど。」
テレビをつけました。明日は晴れと言っています。
テレビを切りました。
「今日は早めに眠ろう。」
布団の中に入って、すぐ眠ってしまいました。しばらくしてお母さんがやって来たのですが、ノックをしても返事がなかったので、ドアを静かに開けました。お母さんは少し笑みを浮かべてからそーっと階段を下りて行きました。
「晴れたぞー。」
いつも犬の散歩で来ていた近所の広い公園が大会場所です。広くて大きな木が少し、所々に立っているぐらいです。少しずつ人が増えています。
「おっ!弘也。」
「あっ、あぁ。」
少し元気がありません
「元気ないなぁ、緊張せず、お互い頑張ろうな。」
「う、うん。」
弘也君は全く自信がありませんでした。
「天気はとても良いんだけど、風が全くない。」
遅れて、お母さんとマイケルがやって来ました。
「あれ?マイケル連れて来たんだね。」
「あまりにも泣くもんだから・・・。」
「本番の時には大人しくしてくれれば。」
犬の頭を撫でながら言いました。
「出場される方はこちらの方へお集まり下さい。」
沢山、集まりました。篤央君は最後の方で飛ばす事になりました。結局、弘也君は棄権してしまいました。
「弘也、やめたのか。」
時間は流れ、順番に飛ばして行っています。変わらず無風状態です。そして、とうとう篤央君の番が回って来ました。
「緊張するね。お母さん、マイケルが飛び出して来ないようにしっかり捕まえててね。」
白い線が引かれている所まで行き、作って置いてた飛行機を飛ばしました。
思ってた以上に飛びました。そして、その飛行機が落ちそうになった時、
「い、いかん!このままだと優勝できん!」
おじいさんの魂が犬から抜け出て紙飛行機の下へ行き、そして又、飛行機が浮き上がりました。見ていた人達は大変驚きました。
「凄い!」
そして、飛行機は着陸しました。優勝は篤央君です。
「いやあぁ、あの時は驚いたよ。無風状態で落ちかけたのが又、上へと上がったんだもんなぁ。」
小型飛行機内での会話です。マイケル、篤央君、弘也君と操縦士が乗っています。
「ペアで乗ったのは良いんだけど、なんでお前と。」
ちょっと不機嫌そうな篤央君。
「まぁ、いいって事よ、篤央君。」
「・・・でも綺麗な景色だよねぇ、日の出だ。」
篤央君が指さして言いました。
しばらくの間、会話なく静かに流れる景色に見とれていました。そして、着陸して降り立ちました。
地平線が見えます。
「昔、あるじいさんが空への憧れが強くて、何度もこの飛行機に乗せた事があってね。」
操縦士が言うと、篤央君と弘也君は顔を見合わせ、
「その人の名は?」
篤央君が尋ねると、
「平助さん、と言う名前だったと思うけど。」
「うちのおじいさんと同じ名前だ!」
小声で言いました。
「本当に飛行機が好きなじいさんだったよ。」
目を細めて太陽と地平線を見つめています。
「あっ、そうだ。」
操縦士は飛行機の中に入って1枚の白い紙を持って来て、折り始めました。出来上がると、こう言いました。
「紙飛行機よく折ってたよ、そのじいさん。」
太陽に向けて飛ばしました。意外と良く飛んでいましたが、落ちそうになった時、マイケルが突然走り出して、それをくわえてしまいました。
「おじさん、まだまだだね。」
「おじさんも紙飛行機に凝ってみようかな。」
3人とマイケルはしばらく、地平線に見とれていました。
操縦士がもう1つ、地平線に向けて紙飛行機を作り飛ばすと、今度は風に乗ってどこまでも、どこまでも飛んで行きました。
終