【第二章】【第一節】聖女の胎内から溢れ出す漆黒の感情、それは毛玉にとって極上の晩餐だった
第二章 覚醒と完全防御
第一節 聖女の胎内から溢れ出す漆黒の感情、それは毛玉にとって極上の晩餐だった
「さあ、お食べ。レイド殿下への殺意、側近たちへの侮蔑、理不尽な労働への呪詛……全部あげる」
私の言葉に応えるように、膝の上の毛玉が『モフゥ……!』と歓喜の声を漏らした。
その瞬間、私の体の奥底から、ドス黒いヘドロのような感覚がせり上がってくる。
それは、長年王宮で溜め込んできた負の感情の集大成だ。
『セシリア、お前は笑顔が足りない』
『結界の維持費? 無駄遣いをするな、もっと効率よくやれ』
『新しいドレスなんて必要ないだろう、どうせ祈るだけなんだから』
『ミリアを見習え、彼女はいつも楽しそうだぞ』
レイド殿下の無神経な言葉の数々。
側近たちの嘲笑混じりの視線。
終わらない徹夜作業。
休日返上で駆り出された式典の準備。
冷めたスープしか出されない食堂での扱い。
(ああ、思い出すだけで腸が煮えくり返るわ!)
煮えたぎる怒りは、私の皮膚を突き破り、黒い霧となって噴出した。
狭い馬車の中が一瞬にして不穏な空気に包まれる。
普通の人なら、この瘴気に触れただけで気を失うかもしれない。
けれど、毛玉ちゃんは違った。
『モフッ、モフフフッ!』
嬉しそうに震えると、その体のどこかにあるはずの口で、猛烈な勢いで黒い霧を吸い込み始めたのだ。
まるで高性能な掃除機のように、私の怒りを、憎しみを、悲嘆を飲み込んでいく。
ズズズズズ……ッ!
音が聞こえてきそうなほどの吸引力だ。
私の体から、物理的な重みが抜けていくような感覚に襲われる。
「すごい……今日は一段と吸い込みがいいわね」
私は呆然としながら、自分の体からどす黒いモヤが引き剥がされていくのを見ていた。
殺意が消えていく。
侮蔑が薄れていく。
呪詛が霧散していく。
そして、最後に残っていた「睡眠不足への怒り」という特大の塊が、毛玉の中に吸い込まれた時――。
『モフーーーーッ!』
毛玉は満足げに大きく膨れ上がり、そしてプルプルと小刻みに震え出した。
完食だ。
私の中にあった、あらゆるネガティブな感情が、きれいさっぱりなくなってしまった。
すると、どうだろう。
私の心は、まるで台風一過の青空のように澄み渡り始めたのだ。
「……あら?」
軽い。
体が、心が、羽が生えたように軽い。
今なら空も飛べるかもしれない。そんな錯覚すら覚えるほどの解放感。
そして、いつもの「お礼」がやってきた。
カッ……!
毛玉が放った光が、私の視界を真っ白に染め上げた。




