ー【第五節】夜空に消える流れ星とホットミルク、ここにあるのは自分だけの絶対安息
第五節 夜空に消える流れ星とホットミルク、ここにあるのは自分だけの絶対安息
そして今。
私は修道院のテラスで、夜風に吹かれている。
手には温かいホットミルク。
たっぷりの蜂蜜と、少々のシナモン。
あのボロ馬車の中で飲んだ時と同じ、優しくて甘い香りだ。
「平和ねぇ、毛玉ちゃん」
『モフゥ』
膝の上には、すっかり大きくなった毛玉ちゃんが丸まっている。
その温もりと重みが、心地よい。
私の聖女の力は、もう戻らない。
攻撃的な魔力も、奇跡のような治癒魔法も、もう使えないかもしれない。
だって、私の中にはもう、魔力の源となる「ストレス」がないのだから。
怒りも、憎しみも、悲しみもない。
あるのは、静かな満足感と、明日への穏やかな期待だけ。
でも、それでいい。
いや、それがいい。
この最強の【絶対安息領域】がある限り、私は誰よりも自由で、誰よりも安全だ。
誰にも邪魔されず、好きな時に起きて、好きなものを食べて、好きなように眠る。
そんな当たり前の幸せが、今の私には宝石よりも輝いて見える。
夜空を見上げると、一筋の流れ星が尾を引いて消えていった。
もし、あの時。
レイド殿下に婚約破棄されず、そのまま王宮に残っていたらどうなっていただろう。
きっと今頃も、書類の山に埋もれ、睡眠不足で目を血走らせ、心の中で呪詛を吐き続けていたに違いない。
そう思うと、背筋が寒くなるのと同時に、今の環境への感謝が溢れてくる。
「あそこで働かなくて、本当によかった」
私は心からそう呟いた。
本音中の本音だ。
「さあ、そろそろ寝ましょうか。明日はトマトの収穫をしなくちゃいけないし」
私は立ち上がり、大きく伸びをした。
毛玉ちゃんが『モフッ』と鳴いて、私の足元に擦り寄ってくる。
部屋に戻る私の背中を、月明かりが優しく照らしていた。
ここは辺境の修道院。
世間から見れば、追放された聖女が住む寂れた場所かもしれない。
けれど私にとっては、こここそが世界で一番素晴らしい楽園なのだ。
さようなら、ブラック職場。
さようなら、ストレスフルな日々。
私はこれからも、この毛玉ちゃんと共に、究極のスローライフを謳歌し続けるだろう。
永遠の安息の中で。
(了)




