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ー【第三節】騎士たちの悲鳴と逃走劇、日当たりのいい場所に植えられる主君の末路

第三節 騎士たちの悲鳴と逃走劇、日当たりのいい場所に植えられる主君の末路


「で、殿下!? 殿下ぁぁぁぁ!?」


凍りついていた近衛騎士たちが、ようやく我に返って悲鳴を上げた。

一人が恐る恐る近づき、倒れた主君の肩を揺する。


「殿下! しっかりしてください! 殿下!」

「あはは……クラゲさんが泳いでるよぉ……」

「ひぃぃぃッ!?」


騎士は腰を抜かして後ずさった。

無理もない。

つい先ほどまで「地下牢にぶち込んでやる!」と息巻いていた男が、数秒後にはクラゲと交信し始めたのだ。

その落差は恐怖でしかない。


「殿下が……殿下が廃人に!?」

「バカな! 剣も抜かずに!?」

「魔法でもない、毒でもない……一体何をしたんだ!?」


騎士たちは、震える指で私を指差した。

その顔には、隠しようのない恐怖の色が張り付いている。


「き、貴様……! 聖女じゃなかったのか!? これは悪魔の所業だぞ!」

「殿下を返せ! 元に戻せ!」


口では威勢のいいことを言っているが、足はガクガクと震え、誰一人として剣を抜こうとしない。

本能が警鐘を鳴らしているのだ。

私に――そして私の足元にいる黒い毛玉に――手を出せば、自分たちも「あちら側」へ連れて行かれると。


私は、にっこりと微笑んだ。

慈愛に満ちた、聖女らしい極上の笑顔で。


「ご安心ください。死んではいませんわ」


私は倒れているレイド殿下を見下ろした。

彼はまだニタニタと空を見て笑っている。


「ただ、現世のあらゆる俗念から解放されて、植物のような穏やかな心持ちになられただけです。これでもう、誰かを傷つけることも、騙すこともありません。ある意味、彼にとって一番の幸せかもしれませんよ?」


「し、幸せだと……!?」


「ええ。ご覧なさい、あんなに幸せそうな顔。王宮にいた頃の眉間のシワが嘘のようでしょう?」


騎士たちは言葉を失った。

確かに、今のレイド殿下は、生まれてから一度も苦労を知らない赤子のように幸せそうだ。

廃人と言えば廃人だが、解脱したと言えなくもない。


「さあ、連れて帰って差し上げてください。そして、王宮の庭園の、日当たりのいい場所にでも植えて……いえ、座らせてあげてくださいな。お水をあげるのを忘れずに」


「ヒィッ……!」


私のジョーク交じりの提案に、騎士たちは短い悲鳴を上げた。

彼らにとって私は、魔王よりも恐ろしい存在に映ったに違いない。


「退却だ! 退却ぅぅぅ!」

「殿下をお連れしろ! 早くここから離れるんだ!」


騎士たちはパニック状態で、泡を吹いて倒れている殿下の足首を掴み、ズルズルと引きずって走り出した。

殿下の頭が地面の石にごんごんと当たっているが、彼はずっと「あはは、お空が回るよぉ」と笑っていた。


蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく彼らの背中を、私は冷めた紅茶のような目で見送った。

二度とここには来ないだろう。

彼らの心には、「この修道院には関わってはいけない」という強烈なトラウマが植え付けられたはずだ。


土煙が消え、再び静寂が戻ってきた。


「……ふぅ。これでやっと、静かになったわね」


私は大きく息を吐き出した。

足元を見ると、仕事を終えた毛玉ちゃんが元のサイズに戻り、満足げに『モフゥ』とあくびをしていた。

どうやら、レイド殿下の巨大な欲望を吸い尽くして、お腹いっぱいになったらしい。

その体は以前よりも一回り大きく、黒真珠のようにツヤツヤと輝いていた。


「ありがとう、毛玉ちゃん。いい仕事だったわ」


私はしゃがみ込み、その滑らかな毛並みを撫でた。

空はいつの間にか、美しい星空に変わっていた。


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