ー【第二節】毒気が抜けていく王子の顔、それは宇宙の真理に触れたかのような虚無の境地
第二節 毒気が抜けていく王子の顔、それは宇宙の真理に触れたかのような虚無の境地
「ひ、ひぃ……あ……ああ……」
眉間に刻まれていた深いシワが、アイロンをかけたように伸びていく。
血走って充血していた瞳から、険しい色が急速に抜けていく。
憎悪に歪んでいた口元が、だらしなく、しかし幸福そうに緩んでいく。
「なんて……なんて、気持ちいいんだ……」
レイド殿下は、うっとりと空を見上げた。
そこには、夕暮れの空が広がっているだけのはずだ。
しかし、今の彼には全く別の景色が見えているに違いない。
私が見たあの白い砂浜以上の、極彩色の楽園が。
悩みも、苦しみも、責任も、何一つ存在しない、完全なる無の世界が。
「王位? ……ああ、そんなものもあったね……重たいだけだよ……」
「金? 女? ……ふふ、どうでもいい……どうでもいいんだ……」
「復讐? ……馬鹿らしい……世界は愛に満ちているのに……」
口から漏れる言葉は、かつての傲慢な彼からは想像もつかないほど、穏やかで、そして空虚だった。
毒気が完全に抜け落ちている。
いや、人間としての芯のようなものまで、一緒に抜け落ちてしまったのかもしれない。
「宇宙が……私を呼んでいる……」
彼は両手を広げ、見えない何かを抱きしめるような仕草をした。
「パパ……ママ……僕、わかったよ……人生って、ただ漂うことなんだね……」
意味不明なことを口走りながら、レイド殿下はその場に崩れ落ちた。
膝をつき、そしてゆっくりと地面に倒れ込む。
まるで、羽毛布団にダイブするかのような安らかな倒れ方だった。
仰向けになった彼は、虚空を見つめながら、最後の言葉を紡いだ。
「私は……貝になりたい……」
そして、彼の目は完全に焦点を失った。
死んだ魚のような目ではない。
悟りを開いた高僧のような、あるいは全てを諦めた哲学者のような、底知れぬ深淵を湛えた目だ。
口元には、薄気味悪いほど穏やかな聖母のような微笑みが張り付いている。
彼は、旅立ってしまったのだ。
完全に、虚無の彼方へ。
「…………」
静寂が訪れた。
私の【絶対安息領域】は、完璧に守られた。
この男はもう二度と、誰かに害をなすことはないだろう。
なぜなら、害をなす気力そのものが、根こそぎ奪われてしまったのだから。




