【第五章】【第一節】ヘドロのような欲望を一掃する最強の癒やし、それは魂を彼岸へと送る慈悲の波動
第五章 強制鎮静と、永遠の安息
第一節 ヘドロのような欲望を一掃する最強の癒やし、それは魂を彼岸へと送る慈悲の波動
「レイド殿下。あなたのそのヘドロのような欲望……今の私には騒音でしかありません」
私の言葉は、静まり返った修道院の門前に冷たく響き渡った。
もはや、元婚約者に対する情など欠片もない。
あるのは、自分の平穏な生活を守るための事務的な排除の意思だけだ。
「な、なんだその目は……! 俺を見るな! 俺は王子だぞ! 次期国王だぞ!」
レイド殿下は、私の視線に射抜かれたようにたじろいだ。
本能的な恐怖を感じているのだろう。
だが、もう遅い。
私の堪忍袋の緒は切れ、毛玉ちゃんの食欲スイッチも全開になってしまったのだから。
「毛玉ちゃん、アレをやっておしまい」
私の合図と共に、足元の黒い塊が動いた。
『モフーーーーッ!!!』
空気を震わせる咆哮。
しかし、それは鼓膜を破るような騒音ではない。
精神の深淵に直接響く、重厚で不可思議な振動だった。
毛玉ちゃんの体が、見る見るうちに膨張していく。
物理的な大きさではない。
精神体としての質量が、圧倒的なプレッシャーとなって周囲を圧迫し始めたのだ。
今の毛玉ちゃんは、ただのマスコットではない。
人の心の闇を食らい、安らぎという名の猛毒を吐き出す、聖なる捕食者だ。
「ひっ……!? な、なんなんだこれは!?」
レイド殿下が目を見開いて後ずさる。
彼の視界には、おそらく巨大な闇の口が開いているのが見えているはずだ。
そして、毛玉ちゃんは放った。
私が見た「南国バカンスの幻覚」の強化版。
対象の精神を強制的にリラックスさせ、あらゆる執着と闘争心を根こそぎ奪い去る、究極の精神攻撃。
名付けて、【強制鎮静波動】。
ドォォォォン……ッ!
目に見えない波動が、レイド殿下を直撃した。
「がっ……!?」
衝撃に吹き飛ばされるかと思いきや、彼の体はふわりと浮かび上がるような感覚に襲われていた。
物理的な痛みはない。
苦しみもない。
あるのは、脳髄が溶けるような、甘く強烈な快感だけだ。
「あ……あが……頭が……」
レイド殿下は頭を抱えて呻いた。
彼の脳内で渦巻いていたドス黒い陰謀――私を監禁する計画、ミリアを処刑する算段、王位への執着、金銭欲、名誉欲――それら全てが、圧倒的な「光」によって塗り潰されていく。
「や、やめろ……俺の野望が……俺の怒りが……」
抵抗しようとする理性など、雪解け水のように儚いものだった。
毛玉ちゃんの波動は、彼の心の最も柔らかい部分に侵入し、そこを強制的に「お花畑」へと書き換えていく。
「消え……消えていく……」
レイド殿下の表情が、劇的に変化し始めた。




