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【第四章】【第一節】泥まみれの王子と見えない壁、それは哀れなパントマイムのような再会劇

第四章 元婚約者の襲来と心の通訳


第一節 泥まみれの王子と見えない壁、それは哀れなパントマイムのような再会劇


「セシリア! 開けてくれ! セシリア!」


修道院の門前で喚き散らしている集団。

その中心にいる人物を見て、私は優雅に眉をひそめた。


かつては王国の宝石と称された第二王子、レイド・アレクサンドル殿下。

その姿は今や、見る影もないほどに落ちぶれていた。


白馬にまたがる王子様、という言葉があるが、今の彼は泥馬にまたがる山賊の方が近い。

自慢の黄金の髪は鳥の巣のようにボサボサで、煤と泥で黒ずんでいる。

王家伝来のミスリル製の鎧はあちこちが凹み、マントはボロ雑巾のように引き裂かれていた。

後ろに控える近衛騎士たちも同様で、皆一様に死んだ魚のような目をしている。


彼らは門の中に入ろうとして、必死に前進しようとしているのだが、そこには私の【絶対安息領域サンクチュアリ】が存在する。

まるで透明なガラスにへばりつく虫のように、彼らは見えない壁に阻まれて手足をバタバタさせていた。


「ぐぬぬ……なんだこれは! なぜ進めん!」

「殿下、結界です! 強力な拒絶の結界が!」


私はテラスからゆっくりと降りていき、門の少し手前で足を止めた。

手には淹れたての紅茶が入ったティーカップ。

湯気がふわりと立ち上り、優雅な香りを漂わせている。


「あら、レイド殿下。どうされました? 随分とワイルドな装いですね。新しいファッションの流行ですか?」


私の声に、レイド殿下が顔を上げる。

血走った目が私を捉えた。


「セシリア……! やっと会えた……!」


彼はバリアに顔を押し付けるようにして叫んだ。

その表情は、一見すると感動の再会を喜んでいるように見えなくもない。

頬を伝う涙(あるいは泥水)が、彼の必死さを物語っていた。


「君がいなくなってから、王都は大変なんだ! 魔物が溢れ、民は苦しみ、俺も……俺もこんな姿に!」


彼は自身のボロボロの鎧を指差して訴える。

確かに、王宮での煌びやかな生活からは想像もつかない転落ぶりだ。

同情を誘うには十分な演出と言えるだろう。


しかし、私の心は湖面のように凪いでいた。

今の私には、彼の不幸も、国の惨状も、遠い異国の出来事のようにしか感じられない。


「それは大変でしたねぇ。でも、私には関係のないことですが」


「関係ないだと!? 君はこの国の聖女だろう!?」


「元、ですわ。殿下が『出涸らし』と仰ってクビになさいましたでしょう? 私は今、ただの隠居老人……いえ、スローライフ満喫中の一般人です」


にっこりと微笑んで突き放す。

すると、レイド殿下の顔色がさっと変わった。

怒りではなく、縋るような哀願の色へと。


「悪かった! 俺が悪かったんだセシリア! 君こそが真の聖女だったんだ! あのミリアなど、ただの役立たずだった! 君の偉大さに気づけなかった俺を許してくれ!」


彼はバリア越しに地面に膝をつき、土下座まがいの姿勢をとった。

プライドの高い彼にしては、異例の行動だ。


「愛しているんだ、セシリア! 俺には君しかいない! どうか戻ってきてくれ! 君のためなら何でもする!」


涙ながらの愛の告白。

かつての私なら、心が揺らいだかもしれない。

苦楽を共にした婚約者が、ボロボロになってまで迎えに来てくれたのだから。


だが。


『モフ……』


私の足元で、毛玉ちゃんが低く鳴いた。

その声には、明らかに不快感と、そして「食欲」が混じっていた。

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