「「「私が行こう!」」」 「え?」「ん?」「あ?」 隣国の王子が大勢いたパターン
「誰かあの気の毒な令嬢を助けてやれる者はいないのか?」
「私が行こう」
「私が行こう」
「私が行こう」
「「「「「私が行こう」」」」」
一斉に立ち上がる隣国王子たち。
隣国王子が大勢いたパターン
***
「何か壮観ですね」
ホールを見渡しながら感嘆の声を上げるのは、新米外交役員ロッチ。
「凄い数の隣国王子だな」
腕組みして鼻から息を吐くのは、護衛騎士ジーク。
巷で流行りの、卒業謝恩会における公開婚約破棄。
有能令嬢が無償でゲット出来るとの噂が広がり、最近は招待されてもいないのに、各国の適齢期の王子が押し掛けるようになった。
たまに王弟や辺境伯やその子息や、ドサクサに紛れて適齢期というにはちと苦しい焦燥感漂うガチ婚活令息等も混じっている。
パーティーを開催する側も、流石に既にネタ扱いにされているのを察しつつ、せっかく集って催しに箔を付けてくれる王子たちを空振りさせるのも申し訳ないしで、文字通りの婚約破棄『劇』を仕込んだりもするようになった。
「そんな昨今、流行りに疎いこの国でのパーティー。今回の婚約破棄は本物で、久々に天然の『婚約破棄サレ令嬢』が放出されるとの情報でございます」
筆頭お目付け役のアーサー卿が、資料を繰りながら冷静に言った。
「うむ、ご苦労、アーサー」
そして我らがローザリンド王太子殿下は、相も変わらずホンワカと、ワレがワレがと争う王子たちを眺めていらっしゃる。
雲間から差し込む天使の降下光さえも恐縮してその身を引くと言う高雅たる顏。本日も絶好調の輝きであらせられる。
「わたしは争いは好まぬ。一刻も早くあの気の毒な令嬢が救われてくれるよう、ここで真摯に祈っていよう」
そしてやはりお優しい殿下でいらっしゃる。
ホールに集う各国王子たちは、さすが容姿も高配合な王公貴族、匆々たる美男子揃いで見応えがある。ただ、聞こえて来る声は……
「何でこんなに人数が多いんだ」
「昨今の婚約破棄市場は情報戦なんだよ」
「お前ン国、隣国じゃねぇだろ」
「残念でした――、地図上で爪の先ほど隣接してま――す」
「そなたは遥か彼方の島国ではなかったか?」
「心ハ~イツモ~彼女ノ隣ニ~」
「押すなよ」
「押してない」
「押した」
「何だと表ン出ろオラァ」
「あいつら本当に王族か?」
鼻から息を吐きながら、十把一絡げに不敬発言をかますジーク。
「餌に群がる養殖場のヤツメウナギみたいです。確かに、あそこにうちの殿下が交じりに行くのは嫌ですね、凄く嫌です」
息をするようにナチュラル不敬発言を口にするロッチ。
「どのみち自国で婚約が整わなかったような連中だ、目の色を変えるのも無理はない。何せ今回の令嬢は、掘り出し物中の掘り出し物だ」
自国の王太子を棚に上げ、全方位不敬発言のアーサー。
「そうなんですか? アーサー様」
「ああ、『一点突出系』や『商才系』や『謎知識系』ではなく、幼年時から王妃となる為の研鑽をコツコツ積み上げた、王太子妃として他国でも転用可なスキル持ちの上、王太子の仕事も代替でこなしていた努力型尽くし系の、由緒正しい婚約破棄サレ令嬢だ」
「そ、それは……えっと、素晴らしいですね」
「本当に、いつも思うんだが、何でそんな令嬢を切り捨てたがるんだ? 婚約破棄する側は」
「あ、壇上に、王室側の偉い大人の人たちが駆け付けましたよ。滅茶苦茶怒られてますね、金髪碧眼の王太子」
ゴタゴタする壇上を見やりながら、ワインの追加をボーイに頼む三人。
「俺ら外の国の者にこれだけ情報回ってンのに、何であいつら、自国の王太子がやらかそうとしている事に気付かない訳?」
「身内フィルターが掛かっていたのかもしれぬな」
「『うちの子に限って』って奴ですか?」
「うむ。あと、この国の場合、第二王子が手を回して情報をシャットしていた可能性はあるな」
「第二王子?」
見ると、テカテカした冠かぶった国王らしき人物の後ろに、銀髪紫瞳の目を引く男性が立っている。幼さの残る顔は、男性というよりは少年って感じ。
「あっ」
それまで三人の側で、黙ってニコニコと聞いていらしたローザリンド殿下が、パッと顔を輝かされた。
「エミール殿下!」
「左様でございますね」
アーサーが隣で静かに同意する。
「ご存じなのですか、殿下?」
「ああ、学生時代、彼が父王に付いて来国した折り、わたしが案内役となり、一週間ほど行動を共にしたのだ。二つ年下だがとても聡明で、本の趣味も合い、話が弾んだのを覚えている」
「そういえば殿下、他所の王族の接待とかで学園を長期欠席される時、ありましたよね。エミール王子殿下の名は、お土産話で伺った事があります」
「うむ、今回のパーティは出席されないと聞いて残念に思っていたのだが、お顔が見られてとても嬉しい」
普段は王族らしく表情を崩さないローザリンド殿下だが、好きな人物に関して相好が崩れるのは、隠すことが出来なくていらっしゃる。
そういえば休み明け、ニッコニコしながら生徒会室に入って来られた時があったっけ。
「あの時は、ロッチとジークもまだ学生だったな。アーサーは覚えているか?」
「はい。お二人とても仲睦まじく、白金白銀の天使が王宮庭園で並んで読書されている様はまさに教会天井の絵のようで、侍女が先を争って覗きに行きたがった為 宮廷雑務が滞り、私が整理券を配ってようよう落ち着いた次第でございました」
「そんな事をしていたのか、アーサー」
本当にシレッと何をやっているんだこの人は、と心で突っ込むロッチ。
「それは苦労をかけたな。アーサーにはいつも助けられる」
そこは労わなくていいです、殿下。
「王が何か重大っぽい事を宣言しましたよ。王太子、真っ白になって項垂れてます。ピンク髪令嬢は真っ赤な顔で崩れ落ちています」
嬉しそうに実況するジーク。
「おっ、いよいよエミール王子が動きました。王に何か耳打ちして…………あっ、壇上から降りて来ました。努力型尽くし系令嬢の方へ向かって真っ直ぐに歩いて行きます。他の王子たちはタジタジです。
これが噂に聞く、『いきなり生えて来る有能弟による最強エヌティー……」
「ジーク先輩っ! 殿下のお耳に俗世界の酸っぱい単語を入れないで下さいっっ! ……ああっ、殿下はどちらへ行かれるんですかっ」
「エミール殿下が一世一代の行動を起こされるなら、わたしは応援に行ってやらねばならぬ。友とはそういう物であろう? ロッチ」
「そうだけれど、相変わらず気高くお優しい殿下で嬉しいけれど、ちょ、ちょっとお待ち下さい、殿下、殿下あ――っっ!」
「よしロッチ、殿下の護衛は任せた。ピッタリくっ付いてろよ。おぅ、アーサー」
「うむ、行くぞ、ジーク」
「ああっ、二人はまた悪い顔して何処へ行くんですかっ、そっちは各国控え室ですよ、まったく誰が専属近衛なんですか、僕は平の外交役人ですよ――っ」
スタスタと迷いなき足取りでホール中央へ向かわれる殿下と、どさくさに紛れて黒い資料を抱えて裏側へ消えて行く筆頭お目付け役と専属護衛。
ロッチは仕方なく、役人にしては使い込まれた剣を携えて、殿下の斜め後ろを付いて行く。
(こうやって便利に使えるから、新米の身で同行メンバーに入れて貰えているのは、分かっているんだけれどさ)
***
ホールには、婚約破棄サレ令嬢を中心に、隣国王子たちがクジだアミダだジャンケンだと喚きながら輪を作っている。
あの中にうちの殿下が交じりに行くのは嫌だなぁと思いつつも、殿下もやっぱり『適齢期なのに自国内で婚約が整わなかった王子』である事に変わりがないと思い出す。
(違うもん! うちの殿下は特別だもん!)
と心で叫ぶロッチも十分『うちの子に限って』属性。
そうこうする内に、王子たちの背の隙間に、件の努力型つくし系令嬢が見えた。座り込まないで、しっかり背筋を伸ばして凛と立っている。ダークブラウンの髪が背中に真っ直ぐ流れて綺麗。本当に、何でこんな女性が不満なんだろ。
正面の階段を真っ直ぐに下りて来る、エミール第二王子。
確かに、アーサー様が天使と称していただけあって、幼げな微笑みがフンワリと、天の御遣いを彷彿させる。ま、うちの殿下よりはワンランク劣るけれど。
他の隣国王子たちは、こりゃ太刀打ち出来ないわ、という空気で三歩下がっている。後は体面を保つ為、懐の深い所を見せ二人を祝福してやる準備に入っている。
気の利くボーイがシャンパングラスを配り始めた。クラッカーを構えている者もいる。自前? 何故そんな物を持って来た?
ローザリンド殿下はいつの間にか最前列に立って、胸の前に両拳を上げたり離したり、そわそわと動いていらっしゃる。殿下なりの『ガンバレガンバレ』ポーズだろうか。素直なお仕草に心が洗われる。
エミール王子が令嬢の正面に到着。
「貴女を義姉上と呼ぶのを楽しみにしておりました」
天使の透き通った声に、ホール全体がシンと鎮まる。
「でも今の方が喜びに打ち震えています。もう気持ちを押し込めなくても良いんですもの。
大好きです、ずっと、ずっとお慕いしておりました」
うわ、ずるいこれ。幼さと礼節を入り混ぜたギャップ萌え。
「年下で頼りないかもしれませんが、誠心誠意精進して参ります。これから王太子となる私の隣、貴女に立って頂く歓びを、どうかお与え下さい」
完璧だ。王子たちの中にはメモを取っている者もいる。
エミール殿下は令嬢の後ろにローザリンド殿下を見付けて、やりきったスマイルでニコッとされた。殿下も肩を弾ませてフワフワと揺れていらっしゃる。微笑ましい。ロッチも釣られて真似しそうになった。
***
差し出される第二王子の手。
静まり返る場内。
あとは令嬢の返答のみ。微動だにしなかった長い髪の後ろ姿が、少し震えて波打った。
「恐悦至極にございます」
――ん?
「お気持ちのみ有り難く頂戴しておきましょう」
――あれ??
「しかして私には心に決めた方がいらっしゃるのです」
――えぇえ――っ!!??
「オストワルド、私の愛は貴方一人に」
――だれっっ??
この国の者たちが一斉に一ヶ所を見た。皆が知っている人物らしい。しかしかなり後方の、壁際に近い位置。
人垣が、戸惑うようにノロノロと開いた。
そこに立っていたのは、ボサボサの黒髪が目を隠した、ソバカス一杯の、冴えない一人の青年。令嬢を見て感動一杯の様子で打ち震えてはいるのだが…………
「お嬢様……」
そう、夜会仕様ではあるが一段劣る使用人服の
(まさかの専属執事――っっ!)
ロッチだけでなく、隣国王子たち、エミール王子も驚愕の表情で口を半開き、何のリアクションも出来ない。
「私が、王妃教育の厳しさに涙している時、殿下に疎まれ辛い日々を送っている時、冤罪を着せられ友人が離れて行った時も、お父様に理不尽に罵られ打たれた時も、貴方はいつも側にいて、たったひとつの支えとなってくれました」
ああ~~、それはしようがないわ~~ という目で、ロッチはじめ何人かの王子が、エミール王子を見る。
その『本当に必要な時期』に寄り添ってあげれば、ワンチャンもツーチャンもあったのに。
確かに彼女にしたら、どれだけ多くの隣国王子に囲まれようと、第二王子に愛を囁かれようと、『はぁ今更? じゃあ私の青春を返してよ、出来ないでしょバァカ』って所だろう(そこまで言っていない)。
でも、黒髪執事、どうなんだろ、話通ってた? 晴天の霹靂じゃない? 心の準備する暇あった?
「お、お嬢様……勿体ないお言葉でございます。私の家が没落し独りぼっちになった時、手を差し伸べてくださったのはお嬢様だけでした。私が貴女様に尽くすのは当然の事なのです。ですから、どうか、どうか……」
震えながら声を出す彼。
だよねぇ。
これだけ隣国王子に囲まれて、おそらくこれから立太子する第二王子まで名乗りを上げて、そんな中に切り込んで行く勇気なんて普通無いわ、俺でも無理だわ。
膠着するパーティー会場。
彼も、誰も、迂闊に動けない。
あの令嬢もちょっと状況読んで、相手の立場と性格を考えてやれよ。
なんて心で溜め息を吐くロッチの目の前で、よく通る声が上がった。
「なんと美しい光景であろう」
ロッチの背筋にビュヒュヒュっと震えが上がった。まごう事なきうちの殿下の、空気を読まないいつもの声音。
で、でんかぁ――!!
ここ難しい所! 変に突っ込んで行ったら地雷地帯ですよ! 下手したら隣国王子たちのメンツ潰して、こんだけの国家相手にヒビ入れちゃいますよ――っっ!!
***
空気が凍り付いて誰も動けない中、スタスタと進み出られるローザリンド王太子殿下。
相も変わらず物凄い度胸であらせられる。
「ここに集いし諸兄方の、一念に彼女を想い案ずる真心が、彼女の奥底の本音を引き出させ、真実の愛を顕現させた」
(違うと思う……)と心で突っ込みを入れるロッチを背に、殿下は白い手をスッと差し出される。
令嬢ではなく、行き場を失くして固まっているエミール王子の右手に。
「エミール殿下、貴方の清く尊いそのお心で、彼の女の真の幸せを導きに、さあ参りましょう」
(やめてあげて!)更に突っ込むロッチの平常心は、エミール王子の「ローザリンドお兄さま……」という甘えた声に、銀河の向こうまで飛ばされた。
数年前の王国訪問時、庭園で一緒に本を読みながら、『貴方の方が本当の兄みたいです。ローザリンドお兄さまとお呼びしてよいですか?』『勿論よいですよ』なんて会話を交わしていたのは、後で聞いた。
アーサー様が『白金白銀の天使』と称していたのがよく分かった。
並ぶと凄い。
神々しくも柔らかなプラチナブロンドのローザリンド殿下と、冴え冴えとしたヴァイオレットシルバーのエミール王子。とんでもない破壊力だ。いま背中に羽根が現れても誰も疑問に思わない。
二人の王子は、手を繋いで令嬢から離れ、ホールを歩き出す。真実の愛のお相手、オストワルド君を迎えに行くのだ、天使が、仰々しく。
(え、俺、あれに付いて行くの?)
ジーク先輩に殿下から離れるなと言われている。
見ると、エミール王子の護衛は、一切躊躇無しの美しい動きで、鉛の兵隊のように無表情で王子の後に続いている。
(プロフェッショナル……)
ロッチも仕方なく、バランスを考えた位置に付き、背筋を伸ばしてして歩いて行った。内情は膝ガクガク。
人垣が、どこぞの海のようにザッと割れる。
前を行くお二人が歩を進める度、キラキラしたエフェクトが散るのは多分気のせいだ。
頭上はシャンデリアしかない筈なのに、雲間の透過光のようなスポットライトが見えるのも気のせいだ。
耳の奥にリンゴンリンゴン鐘の音も響くのも、全部全部気のせいだ。
リンゴンリンゴン、スタスタスタ
正面に、彼の女の真の幸せオストワルド君の姿が近付いて来る。半身を捻ってメッチャ怯えている。すまん、すまん、……
「オストワルド・リーテル殿」
エミール王子が名を呼ぶ。使用人のフルネーム知ってるんだ。マークはしてたんだな、第二王子。でもまるっと油断していた。あとのまつり。
(アーサー様だったら実行前に不穏の芽は全て叩き潰して完璧な求婚劇をプロデュースするんだろうなぁ)とか、どうでもいい事を考えながらボォッと眺めるロッチ。
後ろめたい事など何一つ無くともこの状況は怖い。半泣きで壁際に追い詰められるオストワルド君はひたすら可哀想でしかない、諸行無常……
「私にも彼女の幸せの手伝いをさせておくれ」
「はじめまして、お迎えに参りましたよ」
「君たちの真実の愛には感動した」
「恐れる事などないのです、さあ手を取って」
等の、一部何だかズレた怖い口上も終わり、
「はい行きますよ、イチニィ、イチニィ」
と、天使二人に両側から拘束 (違う)導かれ、人形のように歩かされるオストワルド君。顔真っ白、多分半分意識が飛んでる。
(殿下、時々、鬼のような所業を軽やかにやってのけられるからなぁ)
何てまたどうでもいい事を考えて、リンゴンリンゴンの幻聴を聞きながら、殿下に付いて、来た道を引き返すロッチ。
ホール中央に待っていた令嬢が、到着した途端「オズ!」と叫んで、愛し人にハッシと抱き付く。
(この女性も豪傑だな)
でもオストワルド君の頬にちょっとだけ血の気が戻った。ヨカッタネ。
そこで天使二人が軽やかに拍手をし、呼応するように隣国王子たちも手を叩く。シャンパンを持っている者はグラスを掲げ、どこかでクラッカーがペソッと鳴った。(湿気ってたらしい)
そうなったらホールの者全員がお祝いの歓声を上げざるを得ない。置いてけぼりになっていた壇上の王族も、『うんうん知っていたよ』というしたり顔を作って、頷いて見せている。
ここでお伽噺だったら幸せな二人のダンスで締め括る所だ。
が、生憎オストワルド君にここで踊る資格は無い。
そればかりは勢いだろうとノリだろうと駄目、やってはいけない。そもそも王家と貴族社会からしたら、許してはいけない結び付きだ。いかに皆が祝福していようと、そこはケジメ。
という訳で、二人は駆け落ちの体で、ここから退場、なのだが……
「…………」
また固まるオストワルド君。
「………………」
出口まで両脇に、隣国王子が並んで道を作っている。まさかの隣国王子ロード。
「我々にもイイ所を見せさせてくれ」
「君たちの脱出路を守護してあげようではないか」
「さあ、姫君を抱き上げて一息に駆け抜けるのだ」
なる程、さすが腐っても各国王族。その他大勢でも何かイイ位置に着いてプライドと外面を保ちたいんだな。
(でもこれ以上オストワルド君のハードル上げないであげて! 今走ると絶対転ぶから!)
言われた通り令嬢を抱き上げ、美形揃いの隣国王子の間を、顔を伏せ、しずしずと歩くオストワルド君。腕、プルプルしてる、おそらく明日上がんないだろな。
あ、中間ぐらいで令嬢下りた。いたたまれなくなったんだろうな。
その後は普通に歩いて、ちょっと締まりの無い感じで、出口で二人、庶民礼をして退場して行った。
間延びして疲れた感じの拍手がパラパラと鳴り、ホールがやっと一段落する。
殿下は、第二王子と、ホール中央で、並んで最後まで見送っておられた。
ロッチは勿論後ろに付いている。お二人のこそこそ話が聞こえる。
「……ローザリンドお兄さま、私に加勢して欲しかったです」
「そうですね、エミール殿下が、地位も責務もなげうって身一つで彼女の前に立ったならば、彼の方の心は動いたかもしれません」
「地位も責務も? ……王籍や継承権も全部捨てるのですか? 身分を持たぬ者になれと?」
「はい」
「それは……」
殿下は王子の方を向いて、少し眉を下げられた。
「彼女にしたら、自分には厳しい王妃教育を強いるくせに王太子には甘く、こんな所で晒し者になっても捨て置かれ、人間扱いしてくれない王室に、ホトホト嫌気がさしていたのでしょう。
やっと解放されたと安堵している所に、また戻れと言われたのです。手を取って貰える訳もありません」
「あ……」
「令嬢の後ろから一所懸命ジェスチャーで助言していたのに」
殿下、あれブロックサインだったんですか、まったく分かりませんでした。
「ローザリンドお兄さま、でもそれは……」
「そうですね、出来ません。この立ち位置に生まれ、恩恵を受け育った身で、地位も責務を放棄なんて、出来る訳がありません。貴方もわたしも」
「はい……」
「だから今はこれでよいのです」
ロッチは気付いた。
一見陳腐な芝居染みた一連だったけれど、終わってみれば、エミール王子の体面も、隣国王子たちの体面も、皆保たれて (王室はちょっと落ちたけどそれはそれ)、比較的イイ感じで締め括られている。
(やはり殿下は流石であらせられる……)
そして殿下の中に兄属性 (new)を見てしまった。帰ったらルカに話してやろう。
ちょっと大変だったのは(これからも更に大変になるだろう)オストワルド君だけれど、最後は幸せそうに彼女と見つめ合っていたから、腹を決めたんだろ。ガンバ。
婚約破棄サレ令嬢が選んだのは、隣国王子ではなく、隣で寄り添ってくれた人でした、ってオチ。
***
帰りの馬車停めの乗降場。
見送りにいらしたエミール王子と名残惜しそうに抱擁を交わされる殿下の背後を護っていると、やっとジーク先輩が現れた。
向こうにアーサー様も見える。
どうせまた殿下が衆目を引いている間に、この国のバックヤードや、隣国王子たちのお付きで訪れている各国の役人たちと、あんな話やこんな話をして来たんだろう。
「行きと馬車編成違うから。ロッチは6-Cの位置」
「はい」
当たり前のように騎馬警護の頭数に入れられている。もう慣れたけれど。
殿下やアーサー様が馬車に乗るのは当然だが、役人だって専用馬車で移動な筈なのに。
(いいんだけれどね、騎馬の方が好きだし)
自分みたいな些末者、成し崩しに職種を変更なんて、あの人たちにはやれる権限が当然あって、その上で希望の職種に置いてくれているんだから、言われた事は本職と同じにキッチリやる。
「あれ? あの馬車、増えました?」
行きと違う馬車の台数に気付き、初見の小さい馬車を何気に覗くと……
――?!?
「オスト……!」
後ろから手が伸びて、ジークに口を塞がれる。
「いちいち騒ぐな」
「だっ…… えっ? なにっ?」
「アーサーがスカウトした」
「…………」
馬車の進行方向の座席に並んで、フード付きマントを被った、先程の令嬢とオストワルド君。
そして今、同じくフードで、目立つ金髪を隠したアーサー卿が、ジークに目配せしながら乗り込み、即座に扉を閉めた。
殿下も王子に手を振って馬車に乗り込み、一行は宿に向けて出発する。
騎馬で行進するロッチに、ジークが寄って、いろいろと教えてくれた。
会場出口正面にあの小さい馬車を待機させておき、ハイになった二人に、そのままの勢いで中へ飛び込ませたとの事。
素早い、卒ない、抜かり無い。
「令嬢ンちは、ご多分に漏れず向こうから勘当除籍してくれたんで、身寄りのないオストワルド君ともども、誘いを掛けた。帰国の船で先に身柄を連れ帰り、後ほどゆっくり移住手続きをする」
「相変わらず節操……じゃなくて抜け目が無いですね。王国に籍を移させて宮廷で働いて貰うのですか?」
流石にこの国の王妃教育を受けた女性を流用するのは、いろいろと抗議が上がりそうだが?
「今回はちょっと違うな。声を掛けたのはアーサー個人で、スカウト先は国ではなくストラスフォード家だ」
「はい、えっと……?」
「アーサーが、『家の切り盛りが大変な妻の補佐を出来る、貴方たちのように優秀な人材を探していた。どうか妻の助けになってやって欲しい』って頭を下げたら、即答OKだった」
「…………」
「スーパー公爵婦人の補佐と秘書。ピッタリだろ。基本、二人とも『尽くし属性』だからな」
「ぇぇ……」
「必要だったのは『やりがい』『評価』『人権』だ。今度はきちんとサラリーが出て、そして必要とされ感謝される仕事だぞ。枯渇し求められていた物を出来得る限り準備してやる、これ大事。アーサーの上手な所」
「はい……」
ロッチは、この人にしょっちゅう、『ロッチのお陰で~』『ロッチがいてくれて助かる~』と言われているのを思い出した。だから多少思う所はあっても、不安は感じずに仕えていられる。
(まだまだこの人たちの手の中のヒヨコなんだよな、俺)
「今、向こうの生活に関して話を詰めている。結婚式も挙げさせてやりたいしな」
「そうですね……」
こちらの血縁や友人も絶って、あちらで挙げる式は、本当にささやかな物になるだろう。少ない人数でも、せめて幸せの祈りに満ちた、明るい式を挙げて欲しい。
「オストワルド君から一つだけリクエストがあってだな」
「へえ?」
あの寡黙な彼から?
「周囲すべて人形劇のようで機械的に流される中、たった一人、自分を案じて人間的な目で見つめ続けてくれた、『ローザリンド王太子の後ろにいた警護のヒト』に、式の立会人になって欲しいんだとさ」
――リンゴン♪
~了~
オストワルド君たちに王国行きを決断させたのは、『後ろにいた警護のヒト』の存在。




