第9話 噂は、遅れて牙を剥く
王都では、情報の流れが早い。
だが――
辺境の情報だけは、いつも遅れて届く。
「……聞いたか?」
王都中央区。
文官たちが集まる酒場で、そんな声が漏れた。
「何がだ?」
「例の、捨てた領地だよ。
赤字で、夜逃げが出たっていう……」
「ああ。
あそこを押し付けられた下級文官がいただろ」
「その領地が――
黒字になったらしい」
一瞬、空気が止まった。
「……冗談だろ?」
「いや。
数字付きで報告が回ってきた。
月次だが、確かに黒字だ」
グラスを持つ手が、止まる。
「ありえん。
あそこは、構造的に詰んでいたはずだ」
「俺もそう思った」
だが、続く言葉が重かった。
「グランツ商会と、再交渉に入ったとも聞いた」
ざわめきが広がる。
その話を、別の場所でも聞いていた者がいる。
「……黒字、だと?」
机を叩いたのは、
かつてレオンを切り捨てた上司だった。
「そんな馬鹿な話があるか!」
「事実です」
報告役の文官は、淡々としている。
「税制改革。
小規模取引の活性化。
契約の再定義……」
上司の顔が、徐々に青ざめていく。
「……誰が、そんなことを?」
「アルディス卿です」
名前を聞いた瞬間、
上司は言葉を失った。
「彼は……
無難で、何も起こさない男だったはずだ」
「ええ。
ですが、今は“何かを起こしている”」
沈黙。
切り捨てた判断が、
“正しかった”という前提が、崩れ始める。
「……まずいな」
上司は、低く呟いた。
同じ頃。
城下町では、別の噂が流れていた。
「王都から、視察が来るらしいぞ」
「本当か?」
「黒字になったって話が、広まってる」
老執事が、慎重に言う。
「若様。
どうやら……注目され始めています」
「そうか」
俺は、帳簿から目を離さなかった。
「良いこととは限らないぞ?」
「分かってる」
注目とは、
評価でもあり、標的でもある。
だが。
「もう、隠す必要はない」
黒字は事実だ。
積み上げた数字は、消えない。
城の外では、
商人たちが次の取引の話をしている。
畑では、来年の作付けを相談する声がする。
――この領地は、確かに変わった。
それを、世界が知り始めただけだ。
(……さて)
次に動くのは、誰だ?
王都か。
商会か。
それとも――
過去を正当化したい者たちか。
いずれにせよ。
数字は、すでに答えを出している。
あとは、
それをどう使うかだ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




