第76話 変わらない空の下
月次報告は、静かだった。
処理速度、微減。
再検討件数、安定。
修正承認率、緩やかな上昇。
数字は、以前ほど鋭くない。
だが、息をしている。
「……悪くない推移です」
若い事務官が言う。
「北方と比べれば見劣りはしますが」
「比べる相手が違う」
レインは淡々と答えた。
「我々は、我々の構造を維持している」
支持率は、やや落ち着いた。
熱狂はない。
だが、不信もない。
呼吸する制度。
その言葉が、静かに定着し始めていた。
午後。
国外報告が届く。
> 北方大国
> 異議簡略化制度を拡張
> 処理速度、過去最高
対照的な曲線。
加速する国と、
落ち着く国。
若手の一人が小さく言う。
「……本当にこれで、よかったのでしょうか」
レインは答えない。
帳簿を閉じる。
夜。
執務室で、俺は窓の外を見ていた。
王都の灯りは変わらない。
市場は動き、
船は出入りし、
制度は回る。
安定。
だが、安定は永遠ではない。
机の上に、別の報告書がある。
> 河川水位観測
> 上流域、平年比二割増
> 今後降雨予測、不安定
小さな警告。
制度の数字とは別の数字。
「対策案を準備しますか」
レインが言う。
「予測は出ている」
「予測は、準備ではない」
俺は、静かに答えた。
彼はわずかに眉を動かす。
「では、何を」
「現場に余裕があるか、確認しろ」
数字は、増水を示している。
だが、どこが崩れるかまでは言わない。
翌日。
空は、曇っていた。
雨はまだ弱い。
だが、長い。
制度は、今日も回る。
再検討会も、予定通り開かれる。
止まる場所はある。
だが。
止まる暇がない事態は、
まだ、想定していない。
成り上がりは、
正しさを磨き続ける物語ではない。
**正しさが通じない瞬間に、
何が残るかの物語だ。**
窓を打つ雨音が、
わずかに強くなった。
数字は、まだ整っている。
空は、
整っていなかった。
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