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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第75話 呼吸する制度

 最初の月次報告は、静かな数字だった。


 処理速度、微減。

 達成率、わずかに低下。

 支出削減幅、横ばい。


 だが、別の欄が増えている。


 質問件数。

 再検討申請数。

 修正承認率。


「……増えましたね」

 若い事務官が言う。


「そうだな」


 以前は空白だった欄が、

 今は埋まっている。


 迷いが記録され、

 異議が言語化され、

 却下が再検討される。


 滑らかではない。

 だが、止まらないわけでもない。


 午後。

 若手官僚の一人がレインに詰め寄る。


「速度が落ちました」

「外から見れば後退です」


「見えるだろうな」


「それでも?」


「それでも」


 短い会話。


 レインは、揺らがない。


 夜。

 北方大国の速報が届く。


> 高速基準のさらなる強化

> 異議申請制度の簡略化


 対照的だ。


 速度は加速し、

 質問は減っている。


「追いつけません」

 若手が言う。


「追いつく必要はない」

 レインは答える。


 その声は、以前より静かだ。


 執務室で、俺は帳簿を閉じる。


「……これで、よかったのでしょうか」

 レインが、珍しく問いを投げる。


「分からない」


 俺は、正直に答える。


「分からないから、質問を残す」


 彼は、小さく息を吐いた。


「以前は、勝ちたかった」

「今は……」


「何だ」


「続けたいと思っています」


 それで十分だ。


 成り上がりは、

 勝ち続ける物語ではない。


 **壊れずに続く構造を、

 誰かに渡す物語だ。**


 窓の外。

 王都の灯りは変わらない。


 制度は、完璧ではない。

 だが、呼吸している。


 吸い、吐き、

 迷い、修正し、

 また進む。


 数字は美しすぎない。


 だからこそ、

 壊れにくい。


 そして今。


 王座は空いたまま、

 制度だけが静かに回っていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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