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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第73話 落とす決断

 決断は、拍手の中では行われなかった。


 定例会議。

 いつもの報告。

 いつもの改善曲線。


 最後に、レインが資料を置いた。


「高速基準の一部修正を提案します」


 空気が止まる。


「却下案件のうち、一定条件を満たすものについては

 一度だけ再検討期間を設ける」


「再検討は、基準評価とは別枠」

「処理期限は延長」

「例外ではなく、制度化する」


 若手官僚の一人が即座に言う。


「速度が落ちます」


「落ちる」


 レインは否定しない。


「数値目標も、達成率も、影響が出ます」


「出る」


「ではなぜ?」


 レインは、一瞬だけ言葉を選ぶ。


「正しい却下にも、責任がある」


 静まり返る。


 その言葉は、彼自身のものだった。


「基準は守られていた」

「だが、挑戦の余地を残していなかった」


「私は、速度を守った」

「だが、止まれる構造を作らなかった」


 若手の表情が揺れる。


「北方は、止まっていません」


「北方は、北方だ」


 レインの声は静かだが、揺らがない。


「王座に座る気はない」


 王座。


 その言葉が、会議室を重くする。


「速度は武器だ」

「だが、武器を持つなら、下ろせる仕組みがいる」


 沈黙。


 やがて、一人が言う。


「支持は落ちます」


「承知している」


「あなたの評価も」


「承知している」


 夕方。

 正式通達が出る。


> 高速基準改定

> 再検討期間の制度化

> 却下案件の再評価枠創設


 数字は、次の月から鈍るだろう。


 夜。

 執務室で、俺は帳簿を閉じる。


「……落としました」


 レインが、静かに言う。


「そうだな」


「支持も、評価も」


「それでも?」


「止まれる場所を作りました」


 俺は頷く。


 助言はしない。

 称賛もしない。


 ただ、確認する。


「君の名で出したな」


「はい」


 責任は、彼のものになった。


 成り上がりは、

 常に上がることではない。


 **自分の意志で、

 速度を落とせることだ。**


 窓の外は静かだ。


 改善曲線は、次の月から緩やかになるだろう。


 だが、

 制度の中に、

 一つの“止まる場所”が刻まれた。


 それは、

 数字よりも小さいが、

 確かな変化だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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