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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第68話 遅れた異議

 最初の異議は、遅れて届いた。


 標準化から、二か月。

 高速モデルは、ほぼ全域に広がっている。


> 再評価請求

> 当初却下された案件について

> 基準解釈の再検討を求む


 珍しい書式だった。

 しかも、複数件。


「……遅いですね」

 若い事務官が言う。


「却下から、随分時間が経っています」


「止まれなかったからだ」

 俺は短く答える。


 止まる時間がなければ、

 疑問は溜まる。


 溜まった疑問は、

 やがて遅れて噴き出す。


 午後。

 再評価案件の中身を確認する。


 基準解釈は、間違っていない。

 だが、運用が機械的だ。


 余地はある。

 だが、現場は余地を使わなかった。


「……裁量を使えば通せた案件ですね」

 事務官が言う。


「だが、裁量はコストだ」

 俺は答える。


「判断に時間がかかる」


 レインが、資料を見ながら口を開く。


「例外を増やせば、基準が揺らぐ」

「揺らげば、効率が落ちる」


「揺らがない基準は?」


「安定です」


「硬直だ」


 短い応酬。


 再評価件数は、まだ少ない。

 だが、増加傾向。


「これは一時的な揺り戻しです」

 レインは冷静だ。


「制度が定着すれば、減ります」


「定着とは?」


「異議が出なくなることです」


 俺は、ゆっくり首を振る。


「異議が出なくなるのは、

 理解されたからとは限らない」


 沈黙。


 夕方。

 現場ヒアリングの報告。


> 基準を厳格に運用した方が、評価が安定する

> 裁量を使うと、説明が必要になる

> 説明は時間を取る


 説明は時間を取る。


 時間は敵。

 それが空気になっている。


 夜。

 帳簿を広げ、再申請率の推移を見る。


 緩やかだが、確実に上昇。


 成功曲線の影で、

 遅れた異議が増えている。


「……私の想定より早い」

 レインが、小さく呟いた。


「何がだ」


「異議の累積です」


 初めて、彼の声に迷いが混じる。


「止まれない構造は、

 異議を遅らせる」


 俺は言う。


「遅れた異議は、

 まとめて来る」


 彼は、帳簿から目を離さない。


「速度は、まだ維持できます」


「維持できるだろう」


「なら――」


「だが、止まれなくなる」


 静かな夜。


 数字は、まだ壊れていない。

 だが、歪みは蓄積している。


 成り上がりは、

 成功を続けることではない。


 **成功の裏に溜まる遅延を、

 見逃さないことだ。**


 そして今。


 異議は、遅れてやってきた。


 静かに。

 だが、確実に。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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