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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第61話 退くという選択

 決断は、派手なものではなかった。


 辞表でもない。

 異動願いでもない。


 ただ、一枚の文書。


> 今後、国外に関わる制度運用の説明・照会対応について

> 直接の関与を控えることを申し出る


 それだけだった。


 午前。

 外務局の担当官が、困惑した顔で言う。


「……関与を、控える?」

「はい」


「今はむしろ、あなたの説明が必要な時期です」

「だからです」


 俺は、机の上の帳簿を閉じる。


「説明が必要になるということは、

 数字が一人歩きしているということです」


「それを止められるのは、あなたしか――」


「止められる数字は、危険です」


 担当官は、言葉を失う。


 午後。

 評議会への簡易報告。


「国外案件については、外務局と制度局の共同対応とする」

「私は、国内検証に専念する」


 ざわめきは小さい。

 だが、確実に広がる。


「逃げるのか」

 誰かが、小さく呟いた。


「かもしれません」

 俺は否定しない。


「だが、前に出続ければ、

 いずれ“正しい使い方”を決める立場になります」


「それは、

 今まで否定してきた役目です」


 沈黙。


 ヴァルドが、壁際から言った。


「……なるほどな」


 彼は、短く息を吐く。


「君は、中央から降りるつもりか」


「中央に居続ければ、

 数字の王座を作ることになります」


「王座を拒否する、と」


「ええ」


 王座に座らなければ、

 命令もできない。

 だが、責任も独占しない。


 夕方。

 若い事務官が、不安そうに言う。


「……影響力、減りますよ」


「そうだな」


「それで、いいんですか」


 少しだけ、考える。


「影響力は、依存を生む」

「依存は、質問を止める」


「なら、減った方がいい」


 夜。

 帳簿を開く。


 国内の数字は、まだ生きている。

 質問欄も、検証欄も残っている。


 国外で何が起きようと、

 ここが壊れなければいい。


 成り上がりは、

 高い位置に立ち続けることじゃない。


 **自分がいなくても回る形に、

 静かに退くことだ。**


 そして今。


 王国の中心から、

 俺の名前は、少しだけ離れた。


 代わりに残ったのは、

 質問の欄と、

 空白の行だけだった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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