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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 煤原ノクト


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第6話 正しいことほど、厄介だ

 それは、一通の書状から始まった。


 封蝋には、見覚えのある紋章。

 王都最大級の商会――《グランツ商会》。


「……来たか」


 嫌な予感は、当たるものだ。


 書状の内容は、丁寧で、礼儀正しく、

 そして――一切の隙がなかった。


貴領における契約変更の動きについて、

当商会としては深い懸念を抱いております。


本契約は、長年にわたり貴領の生活を支えてきたものであり、

一方的な破棄は、住民生活に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。


「……“心配している”って顔で、首を絞めに来てるな」


 老執事が、苦い顔をする。


「若様、これは……正論です」


「分かってる」


 そこが、厄介なのだ。


 数日後。

 グランツ商会の使者が、城を訪れた。


 上等な服。

 落ち着いた態度。

 敵意は、見せない。


「初めまして。

 私は、グランツ商会の代理人、エルンと申します」


「領主のレオンだ」


 応接室で、向かい合う。


「率直に申し上げましょう」


 エルンは、柔らかな口調で続けた。


「貴領が、現在の契約を維持すること。

 それが、もっとも“安全”な選択です」


「安全、ね」


「はい。

 我々は安定供給を保証してきました。

 それを失えば――」


 彼は、言葉を切る。


「物資不足。

 価格高騰。

 住民の不満」


 どれも、事実だ。


「改革は結構。

 ですが、急すぎる変化は、弱い領地から壊れます」


 俺は、黙って聞いていた。


「……条件を、提示しましょう」


 エルンが、書類を差し出す。


「契約は維持。

 その代わり、当商会は――

 “支援金”を提供します」


 老執事が、息を呑む。


 金額は、確かに魅力的だった。

 借金の利息を、しばらく凌げる。


「どうでしょう?」


 エルンは、穏やかに微笑む。


 反論しづらい。

 住民のためを思えば、受けるのが“正解”に見える。


 だが。


「一つ、聞かせてくれ」


 俺は、ようやく口を開いた。


「その支援金。

 何年、続く?」


 エルンの目が、わずかに細くなる。


「……契約が続く限り、です」


「つまり」


 俺は、静かに言った。


「首輪は、外れない」


 空気が、張りつめた。


「誤解です。

 我々は、貴領の発展を――」


「今日は、返事はしない」


 俺は、遮った。


「この話は、持ち帰る」


 エルンは一瞬だけ驚いたが、すぐに微笑んだ。


「賢明な判断です。

 お返事は、いつでもお待ちしております」


 使者が去った後、

 応接室には重い沈黙が残った。


「……若様」


 老執事が、静かに言う。


「無理をすれば、潰されかねません」


「分かってる」


 グランツ商会は、敵に回す相手じゃない。

 力も、金も、格も違う。


 だが。


「だからこそ――

 考える価値がある」


 正しい選択とは、何か。

 安全とは、何か。


 数字は、まだ答えを出していない。


 その夜、俺は一人、契約書を広げた。


(……必ず、穴はある)


 正論で縛る相手ほど、

 書類の中にしか弱点はない。


 勝負は、ここからだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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