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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第58話 線の内と外

 王都は、静かにざわついていた。


 声は大きくない。

 だが、確実に増えている。


「……外交問題になるのでは」

「なぜ、あそこまで突き放す必要がある」

「多少は、助言してもよかったのでは」


 どれも、もっともだ。

 だからこそ、厄介だった。


 午前。

 評議会の非公式な場に呼ばれる。


 議題は一つ。

 ――どこまでが、王国の責任か。


「他国が参考にしたのは事実だ」

 年配の評議官が、低い声で言う。


「完全に無関係とは言い切れまい」


「無関係とは言っていません」

 俺は、ゆっくり答える。


「**無指示です**」


 言葉を選ぶ。


「数値は公開した」

「だが、導入判断・速度・適用範囲は、各国の裁量です」


「裁量と言っても、小国には余裕がない」

 別の声が重なる。


「分かっています」

 俺は、否定しない。


「だからこそ、線を引きます」


 資料を一枚、机に置く。


「教えた場合」

「成功も失敗も、我々の責任になります」


「教えなかった場合」

「結果は、相手国の責任になります」


「どちらが、王国として持続可能ですか」


 沈黙。


 それは、冷たい計算だ。

 だが、国家は冷たさを拒めない。


 午後。

 外務局と、文言の最終確認。


> 本王国は、制度運用に関する一般的数値を公開したのみであり

> 個別国家の政策決定には関与していない


「……随分、突き放した書き方ですね」

 担当官が苦笑する。


「突き放さなければ、寄りかかられます」

 俺は答える。


「寄りかかられた正しさは、必ず歪む」


 夜。

 若い事務官が、ぽつりと漏らす。


「……見捨てた、と言われますよ」


「言われる」

 俺は頷く。


「だが、見捨てなかった正しさは、必ず奪われる」


 助言すれば、次も求められる。

 手順を渡せば、責任も渡る。

 責任を渡せば、選択権が消える。


 それを、もう一度やる気はない。


 窓の外。

 王都の夜は穏やかだ。


 だが国境の向こうでは、

 不満も混乱も、まだ続いているだろう。


 それでも、

 越えてはいけない線がある。


 成り上がりは、

 全員を納得させることじゃない。


 **誰の責任を、どこまで引き受けるかを、

 最後まで曖昧にしないことだ。**


 そして今。


 王国は、線を引いた。

 太くはない。

 だが、消えない線を。


 その線の内側でだけ、

 数字は、ようやく道具として呼吸を始めていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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