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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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第56話 最初に壊れる国

 報告は、一行だけだった。


> 他国情勢報告

> 南方小国にて制度改革に伴う

> 行政混乱を確認


 混乱。


 その言葉は、いつも曖昧だ。

 暴動かもしれないし、書類が止まっただけかもしれない。


 だからこそ、俺は続きを読んだ。


 改革導入から三週間。

 補助制度の再編。

 支出基準の即時適用。


 ――猶予期間なし。


「……早すぎますね」

 若い事務官が、静かに言う。


「彼らは、急いだ」

 俺は、淡々と答えた。


 急ぐ理由は、分かる。

 小国は余裕がない。

 成果を、すぐに示さなければならない。


 だから、

 一番“分かりやすい部分”だけを使った。


 削減率。

 短期成果。

 数値目標。


 失敗事例のページは、持ち帰っていたはずだ。

 だが、使わなかった。


 午後。

 続報が届く。


> 地方行政にて

> 申請件数が急減

> 住民からの問い合わせ増加


「申請が減るのは、成功では?」

 別の事務官が言う。


「数字上はな」

 俺は、首を振る。


「だが、これは選別じゃない」

「**沈黙だ**」


 選別は、選択だ。

 沈黙は、諦めだ。


 数字には出ない。

 出ないから、問題にならない。


 それが、一番壊れやすい。


 夕方。

 外務局との非公式な共有。


「先方は、成果を強調しています」

「混乱は、過渡期だと」


「そう言うだろうな」

 俺は、資料を閉じた。


 彼らは間違っていない。

 まだ、成果は出ている。


 だが、出方が偏っている。


 支出は減った。

 事業数も減った。


 代わりに、

 融資相談が増えている。

 非公式な支援要請が増えている。


 数字は、別の場所で膨らみ始めている。


 夜。

 俺は、過去の帳簿を引き出した。


 王国で、同じことが起きた時期。

 最初の改革。


 あの時も、同じだった。

 申請が減り、数字が美しくなり、

 しばらくしてから、別の帳簿が悲鳴を上げた。


 だから、猶予を入れた。

 だから、遅くした。


 小国は、それを持ち帰らなかった。

 持ち帰ったが、使わなかった。


「……救えますか」

 若い事務官が、小さく聞く。


「救えない」

 俺は、即答した。


「教えていない」

「決めたのは、向こうだ」


 冷たい言葉に聞こえる。

 だが、線を引かねばならない。


 教えていない以上、

 失敗は、彼らの責任になる。


 それを引き受けない限り、

 数字は武器のままだ。


 窓の外。

 王都は、今日も静かだ。


 だが、

 どこかの国では、

 同じ数字が、

 誰かを黙らせ始めている。


 成り上がりは、

 すべてを救うことじゃない。


 **救えない範囲を、

 正確に知っていることだ。**


 そして今。


 最初に壊れたのは、

 制度でも、数字でもない。


 **余裕のなさ**だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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