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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 煤原ノクト


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第5話 この領主は、話を聞く

 城下町に、少しだけ変化が出始めた。


 露店の数が増えた。

 通りを歩く人の足取りが、わずかに軽い。


 だが、それ以上に大きかったのは――

 城に人が来るようになったことだ。


「……領主様。

 その、少しお時間をいただけませんか」


 控えめに声をかけてきたのは、

 年季の入った服を着た農民だった。


「要件は?」


「畑の件で……ご相談が」


 老執事が目を丸くする。


「若様、普段は直接の陳情など――」


「いい。通してくれ」


 俺は、すぐに答えた。


 農民は驚いたように目を瞬かせ、

 何度も頭を下げて部屋に入ってくる。


「実は……税が下がったおかげで、

 今年は畑を手放さずに済みそうでして」


「それは良かった」


「ですが……水路が壊れていて、

 これでは作付けを増やせません」


 俺は、帳簿とは別の紙を取り出した。


「水路の修繕費は?」


「以前、見積もりは出したのですが……

 通らなくて」


 金がないから、ではない。

 優先順位の問題だ。


「場所を教えてくれ。

 修繕は――最低限でいい」


「……え?」


「全部直す必要はない。

 水が届く区画だけでいい」


 農民は、言葉を失った。


「そ、それで……いいんですか?」


「ああ。

 作付けが増えれば、来年以降で回収できる」


 その理屈が、理解できたのだろう。

 農民の目に、熱が宿った。


「……ありがとうございます」


 深く、深く頭を下げて去っていく。


 その日の午後。


 今度は、城下の商人が訪ねてきた。


「領主様。

 露店をまとめて出したいのですが……」


「構わない。条件は?」


「場所代を、一定にしていただけると」


 俺は、少し考えてから答えた。


「一か月だけ、試験運用だ。

 売上が出たら、正式に話そう」


「……よろしいのですか?」


「数字が欲しいだけだ」


 商人は、苦笑しながらうなずいた。


 夕方。


 警備隊長が、感心したように言った。


「皆、“この領主は話を聞く”と噂しています」


「それだけで、人は動く」


 俺は、淡々と答えた。


 完璧な計画はいらない。

 必要なのは――

 現場の声と、数字だ。


 その夜、帳簿を見ていると、

 老執事が静かに言った。


「……若様。

 人が、若様について来始めています」


「まだだ」


 俺は、首を振る。


「これは“期待”だ。

 結果を出さなければ、すぐに離れる」


 だが。


 期待がなければ、結果も出せない。


 城下の灯りを眺めながら、俺は思う。


(――味方が、増え始めた)


 赤字領地は、まだ赤字だ。

 だが今は、違う。


 この領地は、動き始めている。


 次に来るのは――

 必ず、外からの圧だ。


 それでも。


 今なら、受け止められる気がしていた。

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