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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 蒼野湊


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42/54

第42話 抜け落ちた前提

 数字は、

 相変わらず美しかった。


 削減率は高い。

 進捗は早い。

 説明は簡潔。


「……見事ですね」


 若い事務官が、

 素直に言う。


「これなら、

 誰でも分かります」


 それが、

 評価の理由だった。


 分かりやすい。

 早い。

 強い。


 王都が好む三拍子だ。


 俺は、

 黙って資料をめくる。


 比較表。

 達成曲線。

 改善事例。


 どれも、

 正しい。


 だが――

 軽い。


「……質問しても?」


 事務官が、

 遠慮がちに聞く。


「どうぞ」


「この成果、

 どれくらいの期間で

 評価しているんですか?」


「三か月です」


「……短いな」


 俺は、

 それ以上、言わなかった。


 三か月は、

 “動いたかどうか”を見る期間だ。


 “持つかどうか”を見るには、

 足りない。


 午後。


 別の報告書を、

 並べてみる。


 模倣者の成果。

 俺が過去に出した成果。


 数字は、

 似ている。


 だが、

 一つだけ違う。


 切り替えの瞬間。


 俺の資料には、

 必ずある項目。


猶予開始日


説明期間


初期混乱率


 模倣者の資料には、

 それがない。


 存在しないかのように、

 書かれていない。


「……省いた、か」


 それ自体は、

 違法でも、

 不正でもない。


 だが、

 意味は変わる。


 猶予がなければ、

 選択ではなく、

 命令になる。


 夕方。


 廊下で、

 こんな声が聞こえた。


「早くやった方が、

 良かったんだな」


「結局、

 猶予なんて甘えだったんだ」


 俺は、

 足を止めなかった。


 今、

 言うべきじゃない。


 数字は、

 まだ崩れていない。


 だが――

 逃げ場が、

 削られている。


 夜。


 執務室で、

 帳簿を閉じる。


 正しさは、

 前提を失うと、

 刃になる。


 模倣者は、

 数字を使っている。


 だが、

 数字が守っていた

 “余白”を、

 切り落としている。


 成り上がりは、

 自分が正しいと

 証明することじゃない。


 正しさが、

 どこで危険になるかを

 知っていることだ。


 そして今。


 王都の新しい正しさは、

 少しだけ――

 速すぎた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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