第32話 準備できた人
王都から少し離れた、
川沿いの小さな町。
補助金の対象として、
何度も“特例”を受けてきた場所だった。
「……今年で、
終わるかもしれないんだろ」
町工房の主――
中年の職人が、そう言った。
怒ってはいない。
諦めてもいない。
ただ、
事実として受け止めている。
「はい」
役所の担当者が、頷く。
「ただし、
試験期間は二年あります」
「二年……か」
職人は、
工房を見回した。
古い設備。
だが、手入れは行き届いている。
「前はさ」
彼は、ぽつりと言う。
「いつ切られるか、
分からなかった」
「だから、
何も変えられなかった」
設備投資も。
人を雇うことも。
すべてが、
“いつ終わるか分からない金”に
縛られていた。
「今は、
終わる“かもしれない”って、
分かってる」
それだけで、
違う。
町役場に戻った担当者が、
報告に来た。
「……補助金終了を前提に、
自力での受注先を探し始めています」
「反発は?」
「あります」
「当然だな」
俺は、頷いた。
「だが、
何もできない、とは言っていません」
数字は、
人を動かす。
だが、
猶予がなければ、
人は固まるだけだ。
夕方。
ヴァルドが、
短い報告書を読んでいた。
「……この職人」
「以前は、
補助金に依存しきっていたな」
「ええ」
俺は、答える。
「依存させたのは、
制度です」
「切ると決めたなら、
準備する時間を与える」
「それだけで、
人は考え始めます」
ヴァルドは、
しばらく黙ってから言った。
「……君は、
人を信じすぎている」
「いいえ」
俺は、首を振る。
「信じていません」
彼が、こちらを見る。
「信じているのは、
“人は考える時間があれば、
何かを選ぶ”
という事実だけです」
夜。
王都に戻る馬車の中で、
俺は、帳簿を閉じた。
数字は、
感情を持たない。
だが、
感情が暴走する余地を、
削ることはできる。
それが、
今日、守られたものだった。
補助金でもない。
制度でもない。
準備できる時間だ。
成り上がりは、
救うことじゃない。
選べる状態を、
作り続けることだ。
そして今。
王国のどこかで、
また一人。
“切られる前に考え始めた人間”が、
生まれていた。
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