第30話 時間という変数
翌朝。
俺は、一覧表を一度すべて片付けた。
数字を消したわけじゃない。
並べ替えただけだ。
「……これ、昨日と違いますね」
若い事務官が、気づく。
「支出額の順ではなく、
“経過年数”で並んでいます」
「そうだ」
俺は、頷いた。
「数字は、
大きさだけで語るものじゃない」
古い特例。
新しい特例。
一時的な措置。
同じ“例外”でも、
意味は違う。
「一律に見せたのが、
間違いだった」
俺は、はっきり認めた。
「人は、
“いつ終わるか分からないもの”を
一番怖れる」
資料の横に、
新しい項目を書き足す。
試験期間
見直し時期
自動解除条件
「……解除条件、ですか?」
「そうだ」
「守るためにも、
終わりを先に決める」
それだけで、
数字の意味は変わる。
午後。
修正案を携え、
ヴァルドのもとを訪ねた。
彼は、資料に目を落とし、
ゆっくりと息を吐く。
「……君は、
引かないと思っていた」
「引いてはいません」
俺は、答える。
「刻んでいるだけです」
ヴァルドは、
わずかに口元を緩めた。
「数字に、
時間を与えたか」
「ええ」
「一度に切らない」
「段階を示す」
「撤退条件を明文化する」
それは、
彼が守ってきた
“安定”の思想と、
俺の数字が、
初めて重なった瞬間だった。
「これなら……」
ヴァルドは、言葉を選ぶ。
「現場は、
逃げずに済む」
「逃げ道は、
制度に用意します」
俺は、静かに答えた。
「人には、
用意しませんが」
彼は、短く笑った。
「相変わらず、
冷たいな」
「必要ですから」
夕方。
修正案が、
評議会向けに回される。
数字は、
相変わらず厳しい。
だが、
期限がある。
段階がある。
そして――
終わりがある。
それだけで、
空気は変わる。
夜。
若い事務官が、
ぽつりと言った。
「……怖くなくなりました」
「何がだ?」
「数字が」
俺は、少しだけ考えた。
「それでいい」
数字は、
人を裁くためにあるんじゃない。
判断を、
先送りしないためにある。
今日の修正は、
妥協じゃない。
進化だ。
数字に、
時間という
もう一つの変数を加えた。
成り上がりは、
誰かを論破することじゃない。
正しかった敵の言葉を、
自分の中に取り込めるかどうかだ。
そして今。
俺の数字は、
ようやく
“統治の言葉”になり始めていた。
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