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赤字領地を押し付けられた無能文官、数字と仕組みだけで静かに成り上がる  作者: 煤原ノクト


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29/30

第29話 読めなかったもの

 結論を出さないまま、

 評議会は散会した。


 だが、

 数字は止まらない。


 むしろ――

 動き始めてしまった。


「……一部の地域で、

 申請が一斉に止まりました」


 翌朝、

 報告が上がる。


「止まった?」


「はい。

 補助金の申請を、

 “様子見”する動きが出ています」


 俺は、資料を見下ろした。


 数字は、予測通りだった。


 例外が整理される可能性を感じれば、

 人は慎重になる。


 だが。


「……止まり方が、

 想定より急だな」


 若い事務官が、言葉を継ぐ。


「現地では、

 “次は自分たちが切られる”

 という噂が広がっています」


 数字には、

 噂は載らない。


 だが、

 現場は噂で動く。


 数日後。


 別の報告が、机に置かれた。


「……公共事業の一部で、

 工事が遅延しています」


「理由は?」


「業者が、

 “補助金が継続されるか不明”として、

 新規契約を見送っています」


 俺は、目を閉じた。


 制度は、

 まだ変えていない。


 だが、

 変わるかもしれない

 という気配だけで、

 現場が揺れている。


 これは――

 俺の想定不足だ。


「……数字上は、

 問題ありません」


 若い事務官が、

 慎重に言う。


「支出は抑制されていますし、

 赤字拡大も……」


「違う」


 俺は、静かに遮った。


「これは、

 失敗だ」


 数字は、

 “結果”しか示さない。


 だが今、起きているのは、

 結果の前段階だ。


 人が、動かなくなっている。


 午後。


 ヴァルドから、

 呼び出しがあった。


「君の一覧表が、

 現場を萎縮させている」


 責める口調ではない。

 事実の指摘だ。


「数字を見せるだけで、

 十分だと思ったか?」


「……思っていました」


 俺は、正直に答えた。


 ヴァルドは、頷く。


「それが、

 数字の限界だ」


「人は、

 評価される前に、

 恐れる」


「恐れは、

 最も高くつく」


 正論だった。


 俺は、否定できない。


「君は、

 間違っていない」


 ヴァルドは、続ける。


「だが、

 足りなかった」


 沈黙。


 しばらくして、

 俺は口を開いた。


「……猶予が、必要だった」


「そうだ」


「段階も」


「そうだ」


 ヴァルドは、

 初めて、はっきりと頷いた。


「数字は、

 刃物だ」


「振り回せば、

 守るものまで傷つける」


 その言葉は、

 忠告だった。


 夜。


 執務室で、

 一人、帳簿を見つめる。


 数字は、

 間違っていない。


 だが――

 順番を、間違えた。


 改革は、

 一気に進めるものじゃない。


 人が、

 追いつける速さで

 進めるものだ。


 俺は、ペンを取った。


 新しい案を、書き始める。


 数字は、

 まだ使える。


 ただし――

 使い方を、変える必要がある。


 成り上がりは、

 失敗しないことじゃない。


 失敗を、

 切り捨てずに

 次へ繋げられるかどうかだ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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