第26話 数字は、例外から歪む
王都の仕事は、静かだ。
叫ぶ者もいない。
剣を抜く必要もない。
あるのは、
書類と、数字と、
誰も全体を見ていないという事実だけだ。
巡察役としての最初の正式任務は、
意外なものだった。
「補助金制度の簡易確認です」
担当官が、そう言って資料を置く。
「地方から、
“説明がつかない支出がある”
との報告が上がりまして」
俺は、資料をめくった。
制度自体は、
古くからある一般的な補助金。
農地整備。
道路維持。
水利管理。
どれも、必要だ。
(……だが)
数字の並びに、
一つだけ、引っかかりがあった。
「この地域だけ、
支出が突出している」
「ええ。
ですが、制度上は問題ありません」
担当官は、即答した。
「申請も、手続きも、
すべて正規です」
「だろうな」
俺は、頷いた。
制度に問題があるわけじゃない。
例外が、積み上がっているだけだ。
「この補助金、
“特例”は何件あります?」
担当官が、少し考える。
「……三十年以上で、
百件以上は」
「解除されたものは?」
「……ほぼ、ありません」
それが、答えだった。
特例は、
例外であるべきだ。
だが、解除されなければ、
それはもう――
制度の一部になる。
「制度は、
破綻していません」
俺は、静かに言った。
「ですが、
制度の外側が、膨らみすぎている」
担当官は、言葉を失った。
午後。
別の資料を、次々と確認する。
公共事業。
委託契約。
維持管理費。
共通点は、同じだった。
どれも正しい。
どれも合法。
だが。
一部だけ、重い。
「……これを、
どう判断されますか?」
担当官が、慎重に尋ねる。
「改革ですか?」
「いや」
俺は、首を振った。
「点検です」
壊す前に、
まず見る。
制度を疑う前に、
数字を並べる。
「今日は、
結論を出しません」
担当官が、驚いた顔をする。
「出すのは、
“傾向”だけです」
どこで、
どんな例外が、
どれだけ積み上がっているか。
それを、
一覧にする。
それだけで、
十分に危険だ。
夕方。
簡易報告書をまとめる。
結論は、書かない。
提案もしない。
ただ、
数字と、特例の数だけを並べた。
それを見た官僚の一人が、
ぽつりと呟く。
「……思ったより、
多いですね」
「そうだな」
俺は、答えた。
「制度は、
例外で壊れる」
この時点では、
誰も責任を問われない。
誰も責められない。
だが。
全体が見えた瞬間、
話は変わる。
王都の制度は、
今日も問題なく動いている。
少なくとも、
表向きは。
だが――
例外が積み上がった制度は、
いつか必ず、
数字に引きずられる。
それが、
今日の仕事だった。
壊すことじゃない。
救うことでもない。
見せること。
数字が、
何を隠してきたのかを。
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