第 4 話:小さな奇跡
エリアーナが帰った後も実験は続いた。
彼女の応援は、アルノに新たな視点を与えてくれた。
焦るばかりではいけない。もっと冷静に、知識と向き合わなければ。
失敗の山を前に、アルノは一度手を止め思考を巡らせた。
材料は間違っていないはずだ。
古代の記述は何度も確認した。
ならば問題は手順にあるのではないか。
彼は古代の記述の断片をもう一度読み解いた。
そこには材料の他に、水差しや炎を示す奇妙な記号で順序のようなものが記されている。
これまでは単なる装飾だと思っていた。
だが、もしこれが調理のレシピのように手順を示すものだとしたら。
彼は一つの仮説にたどり着き、最後の望みをかけてある手順を試してみることにした。
まず石灰石の粉末を水に溶かす。
次に、そこに植物の灰を少しずつ加え、木の棒でゆっくりと練り上げていく。
最後に骨炭を混ぜ込み、湿らせた厚い布をかけて数日間寝かせる。
それはまるでパン生地を作るような丁寧な作業だった。
数日後。
アルノは、緊張しながら布をめくった。
その瞬間、彼は息をのんだ。
土の色が明らかに変わっていた。
これまでの実験でできた、ただの黒い粉ではない。
雨上がりの森のような匂いが立ち上る。
それは生命力を感じさせるしっとりとした黒々の土だった。
手ですくうと指の間からほろりと崩れる。
これが本物の「土」だ。
「バルツ!これを見てくれ!」
アルノの声が弾む。
二人はその土に作物の種を植えた。
祈るような気持ちで水をやり、数日が過ぎた。
ある朝、そこから力強い双葉の芽が顔を出した。
他の土地とは比べ物にならないほど生き生きとした緑色の芽だ。
「おお…」
バルツは腰をかがめ、その小さな芽を食い入るように見つめ、言葉を失った。
目の前で起きている小さな奇跡が、信じられない。
アルノは確信した。
頭の中の知識は本物だ。
これは領地を救う希望の光なのだと。
小さな荒れ地で生まれたこの奇跡が、貧しいフォンターナ領の運命を変える大きな、大きな一歩となった。




