八幕
二日後、約束通りに屋台を訪れたエミリアナとフィデルは串焼きをもらって頬張った。約束通り大きめの肉で通常の倍くらいある。二人で二本ずつ分けた。
屋台の裏で木箱を椅子代わりにして仲良くもぐもぐしていると、バネッサが顔を出した。ベルナルダから教えてもらったらしい。
「まああ、エミリアナも大きくなったわね。貴女のお母さんにそっくりになってきて・・・」
バネッサは少々ふくよかになっていたが、感情が豊かなところは変わっていない。職員の中では珍しく朗らかで笑顔を絶やさなかった彼女は子供たちに親切だった。
「バネッサさん、こんにちは。わたしにお話があるって聞いたのですけど」
エミリアナが食べかけの串焼きをフィデルに預けて向き合うと、懐かしそうに目を細めていたバネッサが潤んだ目元を拭った。
「あらあら、ごめんなさいね。ちょっと懐かしくなっちゃって。貴女のお母さん、マリセラさんにはお世話になったから。
ああ、よかったら、これ食べてちょうだい」
バネッサが焼き菓子をくれた。彼女の手作りのようで、まだ温かい。フィデルの分もくれたから、有り難くいただいた。
「バネッサさん、ありがとう。エミリと話してる間、おれは離れていようか?」
「いえ、いいのよ。お話と言っても、頼まれていた手紙を渡すだけだから」
「手紙?」
「ええ、マリセラさんから、スキルを扱う年になったら渡して欲しいと頼まれていたの」
エミリアナは驚いて目を瞠った。母の遺品は何もないと聞いていたのだ。
「マリセラさんは隣国の出でね、詳しいことは聞かなかったけど、どうやら没落貴族だったみたいなの。所作が綺麗で貴族の常識にも詳しくて、お屋敷で私が失敗してしまった時には庇ってくれたわ。
でも、そのせいで侍女長に目をつけられてしまって。領主様にも言いつけられたみたいで待遇が悪くなったらしいの。私のせいだと思うと、本当に申し訳なくて」
「え、お母さんは領主様のお屋敷に勤めていたの?」
「ええ、なんでも故郷には戻れないし、ご主人を亡くしたばかりで住み込みの勤め先が必要だったそうよ。職業斡旋所の紹介でメイドになったと聞いたわ。
私は母の具合が悪くなって生まれ故郷のこの町に戻ることになって、お別れになったのだけど。
同僚から私が孤児院に勤めていると聞いて訪ねてきたのよ。でも、身重の体で馬車の旅はこたえたみたいで・・・」
バネッサが暗い顔になってから頭を横に振った。
「ああ、ごめんなさいね。私もできるだけのことはしたのだけど・・・。
マリセラさんはもしものことを考えて、お産の前に我が子に宛てた手紙を残したの。お父さんの形見の小箱も預かっているわ。
孤児院では孤児の持ち物を処分して養育費に充てたりするから貴女が大きくなるまでは保管を頼まれていたの。これがそうよ」
バネッサが彫金の小箱を渡してくれた。
繊細で華やかな蔓模様で、蓋の中央に深い緑色の宝石が埋め込まれていた。とても一般庶民の持ち物には見えない。確かに両親は貴族階級の出身かもしれなかった。
「中に手紙が入っているわ。エミリアナのスキルは穴蔵なのですって? 小箱をしまっておけるでしょう。職員に見つからないようにしてね」
「あなぐっ」
「収納スキルの一種みたいなんだ。大事にしまっておくよ」
エミリアナの口を慌てて塞いだフィデルが代わりに答えた。胡散臭そうな笑顔を浮かべている。
「ありがとう、バネッサさん。ほら、エミリもお礼を言わなきゃ」
「う〜、バネッサさん、ありがとう」
エミリアナがお礼を言ってから、そっと隣を睨みつけた。穴蔵を訂正しようとしたのに、赤い目が黙っていろと訴えかけてくる。
「ええ、二人とも元気でね。仲良く過ごすのよ」
バネッサが去ってから、むうとふくれるエミリアナの頭をフィデルがぽんぽんと撫でた。
「そうむくれるなって。エミリのスキルは広めないほうがいいだろ?」
「それはそうだけど・・・」
「それより、串焼きの残りを食べたほうがいいぞ。焼き菓子も院に戻る前に食べてしまおう」
「うん」
エミリアナはしぶしぶと頷いた。
母からの手紙や領主のお屋敷勤めだったことなど気にかかることはあるが、食べ物はしっかりといただく。孤児院は衣食住に不自由はなくても育ち盛りには満足するほど十分ではない。
もらった焼き菓子も食べ終わった頃にベルナルダが裏に顔を出した。どうやら、完売で撤収するようだ。
「二人とも、孤児院に帰るなら途中まで送って行くわよ。どうする?」
「ありがとう。でも、ちょっと寄るところがあるから」
「そう、それじゃあ、気をつけてね」
ベルナルダと別れた二人は大工の見習いになった先輩のもとへ向かった。フィデルがスキルの鍛錬に使うからと衝立を頼んだ相手だ。
先輩はフィデルが冒険者志望だと知っている。氷魔法の的にするつもりだと思って簡素な衝立を用意してくれた。
解体家屋の廃材で作ってくれたが、最初の衝立は少し小さめだった。若干、隙間が空いていて日差しが強くなってくると、奥まで見通せそうだ。改めてちょうどよいサイズを頼んでいて、多めの氷と物々交換した。
新しい衝立を手に入れて、早速エミリアナの『隠れ家』に運び込んだ。小さめの衝立と交換して地肌の内装を思い浮かべると、見た目は増築前と同じような穴蔵になって一安心だ。
「これなら、奥に小箱を隠しておけるな。手紙は読んでみるか?」
フィデルに促されて、エミリアナは深緑の宝石に魔力を込めた。宝石は鍵の魔導具でエミリアナが生まれた時に臍の緒を使って魔力登録をしたらしい。エミリアナ以外には開けられないようになっていた。
小箱の中には少し黄ばんだ手紙が入っていた。
「エミリが読んでいる間ははなれ「待って」
思わず、エミリアナはフィデルの袖を掴んでいた。離れようとしたフィデルが赤い目を瞬かせている。
「そばにいたほうがいいのか?」
「うん、一人で読むのはちょっと怖いかも・・・」
エミリアナは言葉を濁した。
職員の噂話で母は勤め先の主のお手つきになったらしいと聞いている。孤児院では珍しくもない話で他にも同じ境遇の子供はいたが、まさか、母の勤め先が領主のお屋敷だとは思わなかった。
もしかしたら、領主が父親の可能性があって手紙に書いてあるのかもしれないと思うと、一人で受け止める自信はなかった。
エミリアナが緊張した顔で手紙を手に取ると、フィデルがそっと背中を撫でてくれた。手紙に目を通しはしないが、そばで見守ってくれるつもりだ。
エミリアナは勇気をだして、封筒を開けた。
【愛おしい我が子へ
貴方と直接話したかったけど、母にはそうすることができそうにありません。ごめんなさいね、でも、貴方を愛していることは伝えたかったの。
貴方が男の子なら『エドムンド』、女の子なら『エミリアナ』と名付けようとお父さんと決めていました。
貴方のお父さんは優秀な文官だったのよ。でも、体が丈夫ではなくて。
故郷で私たちは罪を犯した親族の連座で国を追われることになりました。お父さんはその際に体調を崩して亡くなってしまったの。
私たちの家系ではレアスキルが生まれやすかったから、貴方にもレアスキルがでるかもしれません。
もし、聞いたことがないスキルを授かったのなら、レアスキルの可能性が高いわ。そうなったら、成人までなるべくスキルを使用しないで。レアスキル持ちは領主様、いえ、さらに上の国に携わる方に囲われるかもしれません。
後ろ盾のない貴方では太刀打ちできずに搾取されるだけの人生になってしまいそうだわ。
スキルの鍛錬は成人してから行っても遅くはありません。継続して行うことが一番大切なのだから、どうか焦らないで。
神様は人生を豊かにするためにスキルを授けてくださったの。貴方が幸せになるためにスキルを使うのよ。
愛しているわ、エドムンド、エミリアナ。貴方の名前を呼べなかった母を許してね。
どうか、貴方に幸せが訪れますように。お父さんと一緒に見守っているわ】
読み終えたエミリアナは視界が滲んで慌てて目をこすった。
孤児になった以上、両親のことは諦めていた。まだ、母から名前をもらえただけでもありがたいと思っていた。主のお手つきだなんて望まない子供だったに違いないから。
エミリアナには夢の中、前世で両親に恵まれていた記憶があったから、普通の家庭を知っていた。今世では孤児で残念だったが、夢でも思い出があるだけマシだと思っていた。
でも、主が父親ではなかった。今世でも両親に望まれて愛されて生まれたと思うと、涙が溢れて止まらなかった。
えぐえぐ泣いていると、フィデルがそっと頭を撫でてくれた。
「えっと、ほら、ハンカチ。あまり綺麗じゃないけど、ないよりマシだろ」
フィデルがくしゃくしゃのハンカチを取りだしたから、エミリアナは遠慮なく顔を埋めた。綺麗なハンカチを鼻水だらけにするのは気が引けるが、清潔でもくしゃくしゃなら汚しても気にならない。
「ふぃ、ふぃでるう〜。おとうさ、りょうしゅじゃ、ながあ」
「話は後で聞くから、まずは落ちつけ。なっ?」
フィデルはおろおろとして栗色の頭を撫で続けた。
エミリアナが大泣きするなんて初めてだ。意地悪くらいではめげたりしないで、やり返したりする気丈な少女だったから、つい狼狽えてしまう。
手紙の中身が気になるが、まずは泣き止ませるのが先だと不器用に慰めた。
しばらくしてエミリアナは泣いてすっきりしたらしく、すんすんと鼻を鳴らすくらいに落ちついた。フィデルは手紙を読んでいいと許可をもらって目を通した。
「エミリの父親が領主じゃなくてよかった・・・」
フィデルはほっと安堵の息をついた。
レアスキルを誤魔化しても、血縁者となると領主と関わる可能性が上がってしまうと不安に思っていたのだ。
フィデルはこの町に着く前に商人の情報網で王都で流行病が発生したと聞いたことがあった。それで両親は王都を迂回するルートでセルダ領を通ることにしたのだ。流行病の収束には数年かかって、女子供の死亡率が高かった。王都では貴族令嬢が少なくなって、女児を養子にして政略結婚するべきか噂されていたはずだ。
フィデルは町中でお駄賃稼ぎついでに耳にした情報を思い浮かべた。領主には一人娘がいて、婚約が整っておめでたいと聞いたことがある。
隣の公爵領の次男が婿入りするらしい。わざわざ女児を引き取る必要はない。スキルにさえ気をつけていればエミリアナと領主が関わることはないだろう。
「エミリ、手紙は小箱に入れて『隠れ家』に隠しておこう」
「うん。・・・ねえ、フィデル。
バネッサさんに預かってくれてたお礼をしたいの。何がいいかな?」
エミリアナが赤くなった目で見上げてくる。手にはぐしゃぐしゃのハンカチがあって、洗って返すと言われたが遠慮しておいた。
「そうだなあ、おれも焼き菓子をもらったし。お礼に付き合うから二人で何か渡すか」
「バネッサさん、お菓子作りが上手だから、お菓子を買ってもお礼にならないかな?」
「お店の贈答品ならお礼らしいけど、それなりのお値段がするし・・・。気を遣って遠慮されたら元も子もないな」
「そうだねえ、どうしようか?」
「ベルさんのとこの野菜はどうだ? 美味しいし、バネッサさんだったら、料理に使えるから喜ぶかもしれない」
「・・・うーん、ベルさんたちに相談してみる?」
二人は顔を見合わせて相談することにした。
エミリアナとフィデルがベルナルダたちに相談すると、形が悪いから自家消費している野菜を格安で分けてくれた。味は保証すると言われてバネッサに野菜を渡すと、大層喜ばれた。
「まあまあ、二人ともありがとう。ベルちゃんのところの野菜は美味しいから嬉しいわ」
「バネッサさんのおかげで両親のことがわかってよかったです。わたしのお母さんは勤め先で主人のお手つきになったって聞いてたから、わたしはいらない子供だったのかもしれないって思ってて・・・」
「まあ、そんな話誰から聞いたの?」
バネッサが険しい顔になって、エミリアナは戸惑った。
「えっと、職員の先生が噂してたのを聞いてしまって。聞かされたわけじゃなかったのだけど」
「まあ、ずいぶんと迂闊な職員がいるのね。不確かな噂を無責任にも話すなんて。
あのね、マリセラさんがお屋敷に勤めたのは秋の初めからで、エミリアナが生まれたのは春の半ば。産月が合わないのよ」
「そうだったんですか・・・。噂を聞いたのは一度きりで詳しく知らなかったんです」
「そうなのね。子供の耳に入るところで噂するなんて、不謹慎だわ」
バネッサが怒っていて、エミリアナが気まずげに俯く。
「孤児院じゃ、珍しくない話だったから。他にもそういう身の上の子供がいて、職員がヒソヒソと話してたし」
「親がどんな人間でも関係ないよ、エミリはエミリだし」
フィデルが栗色の頭を撫でて顔を覗き込んできた。エミリアナは相変わらず親しみのこもった赤い瞳に安心して頬を緩める。
バネッサは仲良く見つめ合う子供たちを見て、ほうっと肩の力を抜いた。
「よかったわ、エミリアナを大事にしてくれる相手がいて。
ご両親のことはわたしが保証するから、安心なさい。エミリアナは領主様の隠し子ではないから。
領主様は婿養子で、本当は奥方様がセルダ家の当主なのよ。でも、奥方様は体が丈夫ではなくて当主業は無理だからご主人が当主の座に着いたの。領主様は親族間では何かと気苦労があったみたいね。
そんな時にマリセラさんが新入りのメイドで入ってきて、浮気心がでたのかもしれないけど・・・。
奥方様は懐妊中で情緒不安定だったのよ。そんな時に他の女性に手をだすなんて、最低なクズだわ。
マリセラさんはご主人を亡くしたばかりで傷心中だったのに、無体な目に遭って。奥方様は錯乱状態になってまともに話もできなかったそうよ。それで、彼女はわたしを頼ってきたの。
この町は領都から離れているから孤児院には遣いの方が来られるくらいだし」
「それじゃあ、エミリが領主と関わることはなさそうだね」
「ええ、きっと大丈夫よ。エミリアナの戸籍はご両親の記載がしっかりしてあるから」
乳児が孤児になると乳児院で三歳まで養育されて、養い親が見つからなかった子供だけ孤児院に移動になる。エミリアナが生まれた当時は乳児院が定員いっぱいだった。空きがでるまで孤児院で世話をすることになってバネッサと女性職員が面倒をみていた。女性職員が事務手続きをしてくれてバネッサも目にしたから、問題はないと説明された。
エミリアナは丈夫な子供で大人しく手がかからなかったから、そのまま孤児院で育ったのだという。
「ありがとう、バネッサさん。不安がなくなったよ」
フィデルが頭を下げて、エミリアナも真似をしてお辞儀をする。仲睦まじい様子にバネッサは優しい目を向けた。
「二人とも仲良く過ごすのよ。もし、卒院後の進路に不安があればいつでも相談に乗るから」
バネッサと挨拶を交わして、二人は仲良く手を繋いで院に戻って行った。




