七幕
本格的な夏に入って、フィデルは大忙しだ。
お駄賃で小銭以外に現物支給になることもある。果物や野菜など食料品が多い。エミリアナが荷運びに付き合わされることもあった。二人揃って食料品店を巡っていると、肉屋の息子に冷やかされた。
「ヒューヒュー、お二人さん! いっつも仲がいいねえ。この暑い中、茹だっちゃうじゃねえかよお」
「あ、おにーさん。花屋のお姉さんがモモ肉を一箱配達して欲しいんだって。これ、注文書ね。
酒屋のお姉さんと美容師のお姉さんと女子会やるからご馳走を作るみたい。お婿さん候補の情報交換するって言ってたよ!」
「そ、そうか。その、お婿の条件を何か聞いてないか?」
「んー、どうだったかなあ? ねえ、フィデルは何か聞いてる?」
「・・・さあ? お姉さんと仲がいいのはエミリだからな」
フィデルはソワソワする肉屋の息子に冷たい視線を向けた。
笑顔で牽制するエミリアナに取り入るつもりなら、最初から絡むなと言いたい。エミリアナは配達のお手伝いをして商店街のお姉さんたちに可愛がられているのだ。
「エミリに喧嘩売るなら、お姉さんたちから抹殺対象にされる覚悟をしておけ」
「ひっ」
ぼそっと溢したフィデルに肉屋の息子が青ざめる。年上のくせに浅はかな小心者だった。
「フィデル、どうしたの?」
「・・・お駄賃に上乗せしてくれるらしい。よかったな、エミリ」
「うわあ、おにーさん。ありがとう。お姉さんたちは気前がいい人が好きみたいだよ」
エミリアナからにこにこと笑顔を向けられて、おにーさんの顔がヒクヒクと引き攣っている。勝負はあったな、とフィデルが悪い笑みを浮かべた。
上等のお肉をごうだ・・・、もとい、奮発してもらった二人は市場で売り捌くことにした。
市場に着いた二人はお目当ての屋台に近づいた。今日はもう売り切れたのか、店じまいをしているところだった。
「あら、フィデルにエミリちゃん。今日はもう帰るところなのよ。何か用事があった?」
金髪を一つに結えた美人が笑顔を向けてくる。去年まで孤児院で一番の美少女だったベルナルダだ。
「ベルさん、こんにちは」
「いいお肉をもらったの。買い取ってもらおうかと思って」
「まあ、見せてもらえるかしら?」
ベルナルダはエミリアナが取りだしたお肉を見て目を丸くした。
「まああ、大猪豚のモモ肉みたいだけど、どうしたの?」
「お肉屋のおにーさんがお駄賃でくれたの」
にこにこ笑顔のエミリアナと目だけは笑んでいないフィデルにお肉屋の息子が貪り取られたのだなと予想がついた。
ベルナルダは苦笑して片付け中の兄を呼ぶ。お肉を見てもらって買取額の相談だ。
兄のルシオも妹に似た顔立ちだが、色合いが少し薄くメガネをかけているせいかあまり美貌が目立たない。尤も、ベルナルダも孤児院では一番でもこうして町中で見ると普通の美人くらいで、誰もが振り返る絶世の美女とまではいかないのだが。
『計算』のスキル持ちのルシオが瞬時に頭の中で弾きだした金額を用意する。
「フィデル、このくらいでどうだ?」
「えー、もう少しくれよ。これ、いい肉だろ?」
「串焼きを四本つけるから、どうだ?」
「じゃあ、大きめの肉をくれたらいいよ」
「よし、交渉成立だな」
ルシオがぱんと手を打った。ベルナルダがカップを二つ手にしてフィデルに差しだした。
「果実水を飲んでいきなさいな、氷を入れて冷たくすると美味しいわよ」
「ありがとう、ベルさん」
「ふふっ、貴方たちにはお世話になったもの。遠慮しないで」
ベルナルダがにこりと微笑んだ。
彼女は養子縁組の申し出が多かったが、兄と一緒でなければ嫌だと泣き喚いて全てお断りしていた。
孤児院では養子先が決まると一定額の寄付金を受け取るシステムになっている。一応、人身売買などと誹られないように孤児の意思を尊重することになっているが、好き嫌いでお断りすると領主の覚えはよくない。
何度も養子縁組を断ったベルナルダは領主様の不興を買ってしまい、兄妹揃って奉公先が見つからなかった。
三歳上のルシオが卒院したものの、計算スキルでは冒険者にも向かなくて困っていた時に屋台の提案をしたのがフィデルとエミリアナだった。
ベルナルダのスキルは『罠師』で猟に向いていた。郊外の農村地区で畑を荒らす害獣駆除で罠を仕掛ける代わりにかかった獲物を貰い受けて屋台で売ればいいとアドバイスされたのだ。
フィデルの旅の間の知識とエミリアナの夢の世界の知識が合わさった結果だった。
奉公先がなければ自分の店を持てばいい、店を持てなければ屋台で売れば商売ができる、という発想だった。
ちょうど、ルシオの友人で農家の老夫婦に引き取られた農業スキル持ちがいたから、その伝手で罠を仕掛けさせてもらえた。ルシオは住み込みの手伝いで雇ってもらい、友人から野菜を売りに出すのを託されて、考えついたのが串焼きの屋台だ。
肉と野菜を交互に刺して特製ダレで焼くのだが、野菜を使っている分少しお値段を下げた。串焼きと一緒に野菜も並べて売った。
野菜が苦手な子供でも美味しく食べられるし、女性には食べやすいと人気だった。
串焼きといえば肉ばかりの屋台の中でルシオたちの野菜入り串焼きは物珍しさから売れた。串焼き効果で野菜もだ。ベルナルダが売り子のお手伝いをすると、肉にしか興味のない野郎どもも寄ってきて売り上げは倍増した。
ベルナルダが卒院する頃にはルシオも農村地区に小さくても一軒家を借りられるようになっていた。農業スキルの友人に手伝ってもらって家庭菜園も順調だった。
「わたしが作ったお野菜なんですよってお勧めすると、皆さん買ってくださるのよ」
「ベルさんの笑顔に参らない人はいないと思うわ」
「まあ、エミリちゃんったら〜」
ベルナルダが頬を押さえて照れている。エミリアナは果実水を飲みながら隣に同意を求めた。
「フィデルもそう思うよね?」
「そうだな。でも、おれはエミリが一番可愛いから」
「ええっ、フィデル、目が悪いの? テオドラの容姿も貶すし、物好きすぎない?」
「おい、物好き言うな」
「だって〜」
「あら、相変わらず、フィデルとテオドラは仲が悪いの? 二人とも、エミリちゃんを取り合ってるものねえ〜」
ベルナルダがうふふと含み笑いをして、エミリアナとフィデルは顔を見合わせた。
「ベルさん、テオドラはわたしのこと、嫌ってると思うよ」
「ドブ・・・、いや、あの性悪とおれがライバルなんてあり得ない。ベルさん、何か勘違いしてない?」
「まあ、まだ小さかったから覚えてないかしら?
テオドラが院に入った直後は人見知りして、エミリちゃんにくっついてたのよ。慣れてきた頃にフィデルがやってきて、エミリちゃんは医務室に入り浸りになったでしょう。
テオドラは男の子たちに人気がでてきて、男の子と遊ぶようになっていったけど、フィデルにエミリちゃんを独占されて面白くなさそうだったわよ。
ねえ、兄さんは覚えてない?」
妹に問われたルシオが頷いた。
「ああ、最初テオドラはエミリアナ以外とは口も効かなかったよ。エミリアナは物怖じしなかったから、他の子ともすぐ仲良くなるけどさ」
「えっと、そうだったっけ?」
「ルシオさんもそう言うなら、そうかもしれないけど」
首を傾げるエミリアナにフィデルも困惑げだ。ルシオとベルナルダは顔を見合わせて肩をすくめた。
「君らはずっと仲良しだよね。卒院したら、一緒に暮らすつもりかい?」
「うん、家族だもん!」
「・・・そうするつもりだ」
元気いっぱいに答えるエミリアナに渋い顔になるフィデル。兄妹はフィデルに同情の視線を向けた。
「フィデル、頑張れよ」
「将来はフィデル次第だと思うわよ?」
「え、何が?」
エミリアナがきょとんとなるが、フィデルのしかめ面がものすごいことになっていた。
「言われなくてもわかってるから大丈夫だ」
「何が大丈夫なの?」
「エミリちゃんはそのままでいいわよ〜。もう少し大きくなったらわかるからね」
ベルナルダに頭を撫でられて嬉しいのだが、エミリアナは???と首を傾げるばかりだ。
ルシオが肉を持ち帰るためにフィデルに氷を頼んで、保存用の小箱に移動した。まだ疑問符を浮かべるエミリアナからベルナルダが飲み終えたカップを受けとった。
「ああ、そう言えばね、エミリちゃん。院で料理人だったバネッサさんを覚えてる?
この前、買い物にきてくれたんだけどね、エミリちゃんに話があるって言ってたの。会いたいから都合のよい日を尋ねて欲しいって頼まれてたのよ」
「バネッサさん? 結婚して辞めた人だっけ?」
エミリアナはたまに失敗したお菓子を分けてくれた人がいたなあとぼんやりと思いだした。
バネッサは三、四年前くらいに辞めたはずだが、その後一度も会ったことがなかった。一体、何の用があるのか見当もつかない。
「今日のお肉をタレに漬け込んで馴染ませるから、明後日また来てくれる? バネッサさんに伝えておくから」
「うん、わかった」
エミリアナはこくりと頷いて、フィデルと孤児院に帰ることにした。
お姉さんたちの女子会は婚活の情報交換の場です。肉食女子らしく唐揚げ祭りの模様。




