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六幕

 二人が教会の中に入ると、神父は来客中だと通いの掃除人に教えられた。借りたお椀を返さねばならないのだが、どうしたものかと悩んでいたら、神父がひょっこりと顔をだした。


「おや、終わったのかね。新しい技はうまくできたかい?」

「それがうまくいかなくて」

 フィデルが残念そうに答える背後でエミリアナがこくこくと頷く。少女は複雑そうな顔をしている。うまくいかなかったせいかと神父は心配した。

「そう、落ち込むことはない。まだスキルを得たばかりなのだ。獲得後すぐよりも熟練度を上げてからのほうがうまくいきやすい。もう少し鍛錬を重ねてから試してみなさい」

「うん、そうしてみるよ」

「神父様、ありがとうございました」

 少年少女が頭を下げる。仲良く手を繋いで帰るのを見送った神父は自ら厨房でお茶を淹れて運んだ。応接室に戻ると、報告書に目を通している来客に声をかける。


「粗茶ですが、いかがかですかな。生憎と茶菓子はきらしていて申し訳ないのだが」

「いや、お構いなく」

 顔をあげたのは三十代くらいの男性だ。領主からの遣いだった。去年一年間のスキル認定式で判明したスキルの確認に訪れていた。

「この『器用貧乏』と『魔獣使い』と『隠れ家』について詳しい説明を頼む」

「『器用貧乏』は過去にも記録がありましたな。

 なんでも卒なくこなせるが、頂点には到達しない、と言葉そのものでして。まあ、そこそこと言っても一般よりも優秀でした。満遍なく仕事ができますから、補佐役にはちょうどよいかと。

『魔獣使い』はどうやら魔獣を使役して使い魔にできるようです」

「それは危険ではないのか?」

 使者は思いきり顔をしかめて不機嫌そうだ。神父は『魔獣使い』の詳しい報告書を取り出した。


「最初に無害な魔獣相手に試して主従契約が結ばれるのを確認しました。スキル保持者はご令嬢で怖い魔獣はいやだと泣かれましてな。

 スキルは使用者より魔力が弱い相手でないと通じませんからなあ。本人が凶暴な魔獣を拒否する限り使役は無理だと思われます。そう案ずることはなかろうかと」

「しかし、魔獣だぞ?」

「魔獣の成り立ちはご存じでありましょう?」

 危惧する相手に神父は神学校の内容を語り始めた。


 魔獣はダンジョンから出現する別世界の生物だ。

 かつて、別世界の神が禁忌を犯して消滅したという。別世界は制御不能になり、この世界と衝突した。別世界に巻き込まれて二つの世界は滅びの危機に瀕した。創世神が崩壊を防いでいる間に二つの世界は複雑に入り混じって分離できなくなってしまった。

 別世界は濃厚な魔力に満ち溢れていて、魔力を取り込んでいる魔獣は凶暴で魔法を扱える強い個体が多かった。この世界にはもともと魔力がなく、人間には魔力は強い毒となった。なんとか世界を安定させた創世神が気づいた時には多くの人間が死に絶え、魔力に順応した極少数だけが生き残った。人間は魔法を扱えるようになったが、魔獣には敵わず、まさに絶滅寸前だった。


 創世神は人間にスキルを与えて魔獣に対抗できるようにした。そして、侵食した別世界をダンジョン内に閉じ込めた。魔獣を隔離して人間を守ろうとしたのだ。だが、別世界は神を失って、調和が乱れている。

 時折、魔獣が大量発生して大暴走することもあった。ダンジョンで抑えきれなくなって魔獣が外に溢れでた頃には人間もスキルの活用で人口も増え、国を築きあげるほど勢いを取り戻していた。

 魔獣に負けることはなくなり、魔獣を狩る専門の人間も現れて冒険者の始まりだ。

 冒険者はダンジョンから溢れて定住した魔獣を狩るだけでなく、ダンジョン内に立ち入って間引くようになった。大量発生(スタンピード)の危険が減ったのである。


「神は世界の安定に力を注がねばならず、我らのもとへ降臨できなくなった。大昔は依代に宿って様々な助言をくださったのだが・・・。

 今でも見守ってくださるが人に近しい存在ではなくなられた。非常に残念なことだ」

「だが、神がスキルを与えてくださったから我らは魔獣を倒すことができる。

 その魔獣を使役する力は危険ではないのか?」

 再度懸念する男に神父は首を横に振った。

「神は魔獣の心臓は魔石になっていて我らが利用できるとお教えくださいました。だが、無害な魔獣は弱く、魔法を扱えないから心臓が魔石にはならない。

【魔獣使い】を使いこなすには魔石を持つ魔獣よりも強くなるように鍛えて、かつ魔獣を降すと確固たる思念を持たねば無理です。ご令嬢には扱えないスキルでしょう」

「ハズレスキルか。気の毒に」

 男は残念そうに息を吐いた。


 使いこなせないスキルはハズレスキルと見下される。スキルを使うも使わないも当人の意思次第で、ハズレスキルは恥だとして鍛錬することなく隠す傾向にあった。

「スキルは使いこなし次第なのですがねえ。有名な『神水』スキルのように」

「ああ、『一日にコップ一杯の水』スキルが極めたら、蘇生も可能な霊水を出せるようになった、というヤツか。

 しかし、あれは例外中の例外ではないか? 『神水』に称号が変わったのは晩年で、本当に没年間際だったと聞くぞ」

「スキルの保持者は薬師で、薬にスキルで出した水を使っていたそうです。長年、使用しているうちにスキルの水の質が上がって薬の品質も向上し、スキルもただの水ではなく傷薬や消毒液などをだせるようになっていったとか。その最終形態が霊水だったのでしょうな。

 弛まぬ鍛錬のおかげでスキルを極めたのです。

 何事も勤勉な努力で道は拓けるというのに、途中で飽きたり嫌になる者も多い。それだけ極める道は厳しいものではありますが、めげることのない精神力も必要なのでしょうなあ」

 神父がしみじみと感心している。使者はとりあえず危険性は低いと判断して、残りのスキルに注目した。


「では、この『隠れ家』とはどのようなスキルだ?」

「ああ、それは収納スキルの一種のようですが・・・」

 神父は気の毒そうな顔になった。

「一般的な収納よりも劣るスキルのようです。

 物置きサイズの穴蔵に人力で運ばねば収納ができない上に、自動で整理整頓はされない。本当に運び入れるだけで、『隠れ家』というよりも『倉庫』みたいですな。

 先ほど、鍛錬場所を借りに来た子供のスキルなのですが、技の使用もうまくできなかったと落ち込んでおりまして。可哀想なことだ」

「収納なのに、人が入ることができるのか?」

「ええ、ですが、長時間は危ないと思います。

 完全な穴蔵で空気の通りはない。ドアを閉じると真っ暗で火を灯さねばならないし、息ができなくなるおそれがあります。

 収納の下位互換スキルではないかと予想しております」

「役には立ちそうにないな。昨年はハズレ年だったか」

 男は眉間にシワを寄せて考え込んでいた。


 領都と二番目に栄えているこの町の孤児院が領主直轄だった。この町へは春になって移動が容易になってから確認に訪れているが、昨年は領都でもレアスキル持ちは見つからなかった。

 領主直轄の孤児院以外でも有能スキル持ちは早くから交渉して囲い込みを狙っているのだが、最近は他領よりも待遇がよくないと噂が出回っていて色よい返事はもらえない。契約内容見直しで待遇を改善するために孤児院出身者を酷使すると、体調を崩してすぐに辞めてしまって更なる人手不足に陥る悪循環だ。


「使者どの、孤児もセルダ領の領民に違いはありません。彼らを町の民と同じように扱ってもらえませぬか?

 救済院で孤児院出身者が数多く世話になっているとも聞きます。快癒すればいいものの、体調を崩したまま貧民街に居着く者も多いとか。治安悪化の懸念もあります。

 領主様に注進してもらうわけにはいきませんかのう?」

「・・・領主様にもお考えがあるのだ。まあ、治安悪化は問題だから、一応具申はしておくが」

 男はあまり気乗りしないように答えて、報告書をまとめて持ち帰った。


 神父はやれやれと肩をすくめる。

「治安悪化は領主様もお困りじゃろうて。なにしろ、領主のお嬢様が隣の公爵領の次男と縁づいたのだからのう。公爵家から苦情がきて婚約見直しになったら、どうするおつもりか」

 神父の苦々しい独り言は夕日に染まる応接室にぽつんと残された。

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