五幕
花盛りの季節になった。春生まれのエミリアナは十一歳になり、秋生まれのフィデルとは数カ月だけ一歳違いだ。
孤児院では午前中が学びの時間で午後からはお手伝いやスキルの鍛錬に費やす。町中でもお手伝いの範囲でお駄賃稼ぎが認められている。
フィデルは初夏から気温の高い日には飲食店を回って氷の供給をして小銭を稼いでいた。子供でも商業ギルドに口座を作ってもらえるので、貯蓄が可能だ。フィデルが忙しくなる前にと、エミリアナはスキルの書の確認に付き合ってもらった。神父様に鍛錬の場を借りたいと申し出て、中庭の一角を貸してもらう。
「んとね、今はこうなってるの」
エミリアナが地面に小枝で書きだした。
スキル名 『隠れ家』
熟練度 6
獲得技 【増築】【内装】【照明】
「結構、熟練度が上がってるな。荷運びでスキルを使用したからか?」
「多分ね。買い出しの手伝いを頼まれたりして、ほぼ毎日スキルを使ってたから」
エミリアナのスキルは女子には頼りにされた。
物置きサイズでも自力で運ぶ手間が省けて、重い物でも購入できるのだ。特に計算や事務関係のスキル持ちは買い出しに行かされるから、付き添いを頼まれて外出が増えた。孤児院しか知らないエミリアナも町中にすっかり詳しくなった。
「ねえねえ、フィデルの熟練度はどのくらい?」
エミリアナがワクワクとして尋ねてくる。フィデルも小枝を手にして自分のスキルを書きだした。
スキル名 『氷魔法』
熟練度 13
獲得技 【氷生成】【冷気】【凍結】【氷結】【造形】
「あれ? 熟練度は13なの、おかしくない?」
エミリアナは首を傾げた。フィデルがスキルを使い始めて二年半は経っている。エミリアナの数倍にはなっていると思っていた。
「熟練度は最初は上がりやすいけど、だんだん上がるのが難しくなる。極めるのが至難の業だって言われる所以だな。技も熟練度が上がるごとに獲得するわけではないんだ」
「そうなんだ」
「ああ、獲得技も消費魔力が多いものを連発して使うのは無理だし、体調不良だと使えなくなる。
獲得技の文字が薄く見えるものは使えない印だそうだ」
「魔力が枯渇すると倒れちゃうって神父様が言ってた。スキルは神様からの贈り物だから、無理な発動はできないようになってるのかな」
親切設計だね、とエミリアナが無邪気に感心している。フィデルは信仰心獲得のための小細工ではと思ったが、素直なエミリアナに捻くれた見解を告げるつもりはない。
代わりに他の人間には絶対に内緒にするように念を押した。
「いいか、エミリ。スキルの書は家族や恋人のように信頼できる相手以外には教えないものなんだ。尋ねられても簡単に教えたらダメだ。
神父様も鍛錬に行き詰まったら相談にはのるけど、スキルの書の内容までは聞かないって言ってただろ?」
「そうだったね。できることとできないことの記録だけだって言ってた。
でも、フィデルは兄で家族だからいいでしょ。フィデルにだけ教えるね」
「兄、みたいなもの、だろ? 最終的に家族になる分には構わないから、最初から家族枠にはしないでくれ」
「え、最終的に家族で、最初は家族じゃないの?」
エミリアナはなんの謎かけかときょとんとなった。フィデルが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「とにかく、他の誰にも教えちゃダメだからな。わかったか?」
「うん。フィデルも誰かに教えたりしない?」
「もちろんだ」
「よかったあ。やっぱり、わたしたちは家族だよね」
エミリアナが安心したように笑うから、フィデルもまあいいかと頷いた。とりあえず、ライバルは排除して他の選択肢をなくせばいいのだと決意する。
エミリアナの獲得技を試すことになって、まずは【増築】を使うことにした。二人とも収納量が増える技だと予想していた。
「どのくらい増えるのかな?」
「一気に家サイズにはならないと思うぞ。最初が物置きサイズだからな」
スキルを発動させると、ドアの見た目に変化はないが、開けてみると中が広くなっていた。うわあと歓声をあげて、中に飛びこむ。
「見て見て、フィデル! 広がったよ、小部屋サイズくらいになったよ!」
「そうだな、一気に容量が増えたな」
フィデルも中に入ってぐるっと見渡してみた。ドアからの採光しかないので、奥は薄暗いが広さの確認に問題はない。四方八方はむきだしの地肌だった。
「消費魔力は?」
「大丈夫そうだよ。そんなに疲れた感じしないし、次は【内装】だね」
二人とも外に出てから【内装】を使用したが、変化したのは床だけだった。濃い焦げ茶色のフローリングになっていたが、壁と天井は相変わらず地肌のままだ。
「あれ、床だけ?」
「エミリ、技を使用するにはイメージを明確にしないとうまくいかないぞ」
「ちゃんとしたはずなんだけどなあ」
エミリアナは首を傾げた。
夢の部屋の壁と天井は真っ白だった。壁には押し入れ兼クローゼットの引き戸があって、床と同じ材質を使っていた。濃い焦げ茶色の戸板は暗い感じがして好きではなかった。もっと明るい木目調が好みだったから、白木の壁を思い浮かべたのに。
「もう一度試してみる」
「無理はするなよ。怠さを感じるとか、目眩がするなら、中止だ。また今度にしたほうがいい」
「体調の悪さは感じないよ。顔色が悪いとかもないでしょ?」
ずいっとフィデルに顔を近づけると、ガシッと頭を掴まれた。そのまま、後ろに遠ざけられる。
「近いわ」
「フィ、フィデル。痛いよお」
エミリアナがむうとむくれても、フィデルはそっぽを向いている。微かに頬が赤くなっていたが、エミリアナは気づいていない。
「いいから試してみろ」
「もう、フィデルってば、横暴だよお」
エミリアナは拗ねながらも【内装】をもう一度試した。よく見知っている夢の部屋を思い浮かべたので、壁も天井も真っ白になった。
フィデルは手で触れたり、叩いたりして確認している。
「ふうん、見た目だけでなく、材質も変化してるな。土壁とは手触りが違う」
「次は【照明】だね」
エミリアナは【照明】を試した。ドアを開けると、中は暗いままだ。灯り用のランプがついていると予想していたのに外れてしまった。
「あれ、おかしいなあ・・・。あっ、これだ!」
中を見渡したエミリアナはドアのすぐ横で何かを触った。ぱっと眩い白い光が天井から差してフィデルは目を瞬いた。
「ずいぶんと明るいな。エミリは何をしたんだ?」
「スイッチだよ、フィデル。ここを押したの」
エミリが指差した先のスイッチとやらを押すと、明るさの度合いが変わった。オレンジがかった自然な光になったり、薄明るいくらいの弱い光になったりして光は消えた。
「フィデル、上を見て。あの丸い照明器具で明かりがつくの」
エミリに腕を引っ張られて、ドアからの採光で見上げた先には確かに平たくて丸い器具があった。
「蝋燭が中に入ってるのか? それにしては明るすぎる。オイルランプにしてもだ。一体、何を燃やしてるんだ?」
「燃やしてるんじゃなくて、電気をつけてる、というか・・・」
「でんき?」
「うん、夢の世界には魔力がないって話したでしょう。夢の中では電気が動力源の製品がいっぱいあったの。
えーとね、電気は雷の力って言えばわかるかな? 科学が発達した世界で電気を生成する技術があってね、電気でいろんな機械を操作できたの」
「・・・でんき、とやらはエミリの魔力から発生しているのか?
ずっと、灯りをつけておくのはエミリの魔力を消費し続けているんだよな。エミリは疲れたり、具合が悪くなったりしないか?」
「フィデルが氷をだすのと同じじゃないかな? 生活魔法もそれぞれ魔力から発生してるよね。心配するほど消費魔力は多くないと思うよ」
「・・・そうか」
フィデルがしばし考え込んでから、白い壁や床に触れた。
「エミリ、壁も床も材質がものすごく上等なものだ。他のヤツに見られたら、目をつけられそうで厄介だ。
【内装】で元の地肌に戻せないか? 強くイメージすれば変化するはずだ」
「うん、やってみるね」
エミリアナが素直に頷いて試してみた。壁も床も地肌に戻っているが、上を見上げると照明器具はついたままでアンバランスだった。
「スイッチもついたままだな。【照明】で何もない状態を思い浮かべれば・・・」
「フィデル、試してみる?」
「そうだな。でも、その前に少し休憩しないか?」
早速試そうとするエミリアナに待てがかかった。エミリアナは不満そうな顔になる。
「ええ〜、疲れてないよ? 魔力量も熟練度が上がると増えるんでしょ。休憩しなくても大丈夫だよ」
「ある程度は増えるけど、身体に負担がかからない範囲だ。一気に急増することはないから、無理は禁物だ。
少し待ってろ。冷たいジュースを作ってやるから」
フィデルは赤い実のなる茂みに近づいた。数日前に『緑の手』スキルのお貴族様がスキルの確認で生やしたと聞いている。神父様から実をとって食べていいと許可をもらっていた。
フィデルが神父様から借りた木の椀に完熟した実を集めて凍らせた。木匙に軽く風魔法を纏わせてかき混ぜる。ザクザクと実が割れてから少しずつ飲み水をだして混ぜ合わせた。
フィデルは生活魔法が四属性とも扱える。飲み水をだして、火をつけて、煙を風で散らして、土を盛って、と野外料理には大活躍だ。
よく冷えたジュースが出来上がって、エミリアナは目をキラキラとさせた。凍った果実が砕かれていてザクザク感があるが、それはそれで美味しそうだ。
フィデルは木のコップに分けてくれた。砂糖は嗜好品で孤児の手には入らないが、完熟した実は十分な甘さと酸味があってすっきりとした甘さだ。
エミリアナは匙ですくって口にすると、全開の笑顔になった。ザクザクした実はすぐに溶けるから、果実入りのジュースと思えば気にはならない。
「フィデル、すっごく美味しいよ。作ってくれてありがとう!」
「どういたしまして」
ご機嫌になった少女に赤い瞳を和ませて、フィデルもジュースを飲んだ。
「うん、このベリーがうまいんだな。さすが、お貴族様はいい物を食べていらっしゃる」
フィデルが皮肉げに呟いた。
『緑の手』は植物生成のスキルで、知識にある植物なら生やすことができるそうだ。
貴族のスキル認定式は町の子供たちのように列に並んだりしない。まずは予約を入れて貸切状態にする。週の始まりの日以外で貴族の都合の良い日に行われていた。貴族によっては平民と顔を合わせるのを嫌がるから、平民たちは貴族の来訪日には教会に近づかないように忠告されていた。
「エミリ、もう一杯欲しいか?」
「ううん、大丈夫」
「それじゃあ、休憩は終わりだ。続けるぞ」
フィデルのお許しを得て試してみると、照明器具がない状態に戻った。
「今日はここまでにしておこう。でも、この広さは少し誤魔化したほうがいいな」
「え、これくらいの収納量なら珍しくないよね?」
エミリアナが首を傾げると、フィデルは気難しげに顔をしかめた。
「エミリのスキルは中に生物が入れるんだ。中で息がいつまで続くかはわからないけど、小部屋サイズになって短時間でも人を閉じ込めることができると判断されたらマズい」
フィデルの言葉にエミリアナは青ざめた。
収納の下位互換スキルだと言い張るのは無理なくらい大幅な変化だ。どう誤魔化せばいいのかわからなくてオロオロとする。
「ど、どうしよう、フィデル。これ、皆に見られたら・・・」
「落ちつけ。何かで中を仕切って・・・、そうだな、衝立でも置いてその表面も【内装】で地肌をイメージすれば少し容量が増えたくらいに思わせることができると思う。【照明】をつけなければ奥まで見通せないからバレないだろう」
フィデルが優しく栗色の頭を撫でてくれたから、エミリアナは冷静に考えることができた。
「そうだね、それじゃあ、衝立を用意しなくちゃ」
「うん。先輩に相談してみよう。確か大工スキル持ちがいたはずだ」
フィデルは交流のある卒院した先輩を思い浮かべた。氷の供給先で付き合いのある相手がいるのだ。
ほっとしたエミリアナはフィデルの袖をくいくいと引っ張った。
「ねえねえ、久しぶりに手をつないでもいい?」
エミリアナは少しだけ甘えたくなった。上目遣いでねだると、フィデルが仕方ないなと手を差し伸べてくる。
久しぶりに繋ぐフィデルの手は思ったよりも大きくて手のひらも硬くなっていた。剣だこらしいマメもできていてエミリアナはなんだか落ちつかない気分になった。
冒険者志望のフィデルが鍛えているのは知っている。自分よりも二年も先に卒院してしまうのだなと実感がでてきて少しだけ寂しくなる。
「ずっと一緒にいられたらいいのに・・・」
「ん? ずっと一緒だろ」
独り言に返事があって、隣を見るとフィデルと目が合った。
「エミリとは家族だろ? ずっと一緒なのは当たり前だ」
「ほんと⁉︎」
「ああ。約束するから」
繋ぐ手に力がこもって、エミリアナはぱあっと笑顔になった。嬉しくてブンブンと手を振り回すと、フィデルが苦笑を漏らす。
今はまだ兄の立場に甘んじてやるかと、少年は焦るつもりはなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告もありがたいですが、次の言葉はスルーさせていただきますのでご了承くださいませ。
エミリアナの『明かり』 電気の照明を思い浮かべてるのでこの文字を使ってます。
フィデルの『灯り』 火をつけるのを思い浮かべているのでこの文字です。




