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四幕

 エミリアナは森に行くお手伝いになった。暖房費節約で枯れ木拾いが主だが、食用キノコや木の実採取も兼ねている。

 背負い籠がいっぱいになった子供がエミリアナの『隠れ家』に籠を運び入れた。エミリアナが空の籠を渡すと、また採取に励む。


「あーあ、運び込むのが面倒なんだけど〜。

 収納スキルって自動で整理整頓できるんだろ? エミリアナのスキルって不便じゃね〜の?」

「荷車で運ぶよりいいじゃない」

 不満そうな少年を年上の少女が諌めてくれるが、不満げな顔に変わりはない。これまではいっぱいになった荷車を皆で押していたのだから、だいぶ楽なはずなのだが。

「穴蔵だもんな〜。仕方ないさ」

「ハズレでもないよりマシだからな〜」

 ヘラヘラと嘲笑う男子たちはテオドラと仲が良い。調理スキルのテオドラは厨房のお手伝いで森には来ていないが、彼女からすでに陰口を吹き込まれていた。


「やかましい。お前らは自分で運べ」

 むっとしたエミリアナが言い返す前にフィデルが籠を発言者に向かって放り投げた。籠が倒れて中身が地面に散らばる。

「なにすんだよっ!」

「せっかく、集めたのに。ひでえぞ!」

「酷いのはお前らの頭だ。どうやら、凍死したいらしいな」

 剣呑な目つきになるフィデルの周りの気温がぐっと下がった。ひっと悲鳴をあげる子供らに気づいた監督役の職員が駆けつけてきた。


「何を騒いでいるんだ! こら、またお前か、フィデル。暴力はダメだと言っただろ」

 職員は真っ先にフィデルを睨みつける。エミリアナが素早く口を開いた。

「先生、彼らはわたしのスキルが不満なんです。不便だから、荷車を使いたいそうです。彼らには荷車を押してもらえばいいと思います。わたしは女子たちの籠を優先して運びますから」

「まあ、ほんと!」

「それはいいわ。エミリアナ、よろしくね」

 きゃあと少女たちから歓声があがって、いちゃもんつけた少年たちがあたふたとしている。職員は荷車の管理を押し付けられるのでエミリアナの言葉に大きく頷いた。


「そうか。まだエミリアナのスキルは使い始めたばかりだからな。不便さがあっても仕方ない。

 お前たちは荷車の係だ。穴蔵に入らない籠はお前たちが責任を持って運ぶんだぞ」

「そんなあ〜」

「ええ! おれらだけなんて」

「安心しろ。手伝ってやるから」

 フィデルが胡散臭い笑顔で申し出てきた。職員は感心して手を叩く。

「おお、フィデル。偉いな、お前にも協調性がでてきて嬉しいぞ。皆と協力して運んでくれ」

 職員はすぐに少年たちに荷車を押し付けて他の子供たちの様子を見に行ってしまった。少年たちは文句を言いたかったが、周りの女子から荷車の方へ追いやられる。


「さあ、早く荷車に積みなさいよ」

「そうよ。わたしたちのは穴蔵に運ぶから」

「あんたたち、ぼさっとしてないで。邪魔よ」

「ほら、さっさと行くぞ。凍る前に動けよ」

 フィデルが少年たちを冷気で脅しながら連れて行った。後にはむうっとしたエミリアナが残される。

「皆でひどいよ、穴蔵、穴蔵って。わたしのスキルは穴蔵じゃないのに〜」

「だって、隠れ家って感じじゃないもの」

「そうねえ、物置きみたいじゃない?」

 少女たちが好き勝手言いだして、ますますエミリアナは膨れっ面になった。


「なんで、おれらが荷車なんだ」

「お前たちのせいだぞ」

 少年二人では無理だと、数人の年長の男子が巻き込まれていた。年長者に睨まれて少年たちは針の筵だ。

 大柄なマルコスも巻き込まれて、元凶にジト目を向けた。

「お前ら、馬鹿だろ。凍死の心配だけでなく、熱中症の危険もあるぞ。来年の夏はどうするつもりだ?」

「はあっ? なんだよ、それ」

「今から夏の話とか、バッカじゃねーの⁉︎」

 マルコスが重いため息をついた。彼らの先見のなさに呆れているのだ。


 暑さを防ぐには冷風か冷水で温度を下げるしかないが、どちらにしても氷が必要だ。氷の魔石は氷魔法を使う魔獣からしか採れないので、他の魔石よりも希少なものだ。あまり市場には出回らなかった。

 孤児院の地下室は貯蔵庫になっていて、一番小さな部屋が氷室に使われている。領主から氷の魔石を配られているが、フィデルの氷魔法が判明してからは配給が減っていた。

 スキルの鍛錬の名目でフィデルに大量の氷をださせているからだ。

 一応、体調不良などで氷がだせない場合に備えて氷の魔石は予備にとってあるというが、実際は院長たちが熱帯夜を涼しく過ごすのに使われている。孤児におこぼれはない。

 寝苦しい夜に耐えるしかない子供たちにフィデルは交換条件によっては氷柱を融通してくれるようになった。さすがは商人の子供で交渉上手と言うか。普段はエミリアナ以外はどうでもよさげなくせに、利用価値の高い相手から懐柔していって一匹狼ながらも確固たる地位を確立していた。

 フィデルから氷がもらえない夏を指摘されて、ようやく少年たちは己の迂闊さに思い至った。狼狽える彼らにふっとフィデルが冷笑を向ける。

「お前らに譲るヤツには氷をださないからな。他のヤツから奪おうとはするなよ? 暴力は厳禁だろ」

「・・・暑さに耐える訓練だと思いなよ」

 マルコスが慰めにならないフォローをしたが、少年たちの顔色が戻ることはなかった。




 テオドラは厨房に現れて項垂れている少年たちを鋭く睨んだ。

「ちょおっと、どういうつもりよお。あたし、別に嫌がらせしろとか、言ってないでしょお?

 あたしを巻き込まないでちょうだいよお」

「そんな、テオドラ」

「ひでえよお・・・」

 少年たちは涙目で縋ってくるが、テオドラは無視した。

 荷車係にされてしまった少年たちはぐったりと疲れ切って癒しを求めにきたのに、麗しの美少女の反応は冷たい。テオドラが穴蔵スキルはハズレだと言うから、同調しただけなのに。


 テオドラは不機嫌そうにヤカンを火にかけた。

 調理スキルは調理技術を磨くだけでなく、食材も自分の舌で味わって経験を積まないと成長しない。院長先生用の甘味でクッキーやパイを作る助手を務めると、一口分だけもらえる。スキルアップのために特別に味見をさせてもらえてお得な立場だ。テオドラはこっそりと多めにもらって餌付けで少年たちを子分にしていた。直接の指示はしていないが、エミリアナをイビる手下にできたと喜んでいたのに、全然使えないとか。不機嫌にもなる。

 フィデルはテオドラに氷をくれない。テオドラに気のある男子からまきあ・・・、もとい、譲ってもらっていたのに、それが出来なくなるなんて完全に計算外だ。

 テオドラは二つのカップにお湯をドボドボと注いだ。


「これで温まりなさいよ。カップは自分で洗って片付けるのよ」

「ええー、クッキーは?」

「ないわよ」

「そんなあ・・・」

 少年たちはしょぼんと肩を落としているが、お湯を淹れてやっただけでもありがたく思え。ここで一番の美少女自ら振る舞ってやったのだから。

「あたしはあんたらが採ってきた物を綺麗にして保存する役目があるのお。邪魔しないでさっさといきなさいよ」


 テオドラは少年たちを追いだすと、一度だけ使った茶葉でお茶を淹れた。厨房の料理人は通いの者でお茶の淹れ方を教えてくれて、残った茶葉で練習するといいと言っていた。お茶の味を覚えるのも調理スキルのためだから飲んでもいいとお墨付きだ。

 孤児がお茶をもらえるのは祝祭日など特別な日だけだ。これも調理スキルの醍醐味よねえ、とテオドラは得意げにお茶を味わった。

 上手にお茶を淹れられるようになったら、来客にお茶をだす役目を任せると言われている。見目麗しい美少女が淹れたほうがお客も喜ぶと初老の料理人は好々爺の笑みだった。


「ふん、そうよお。あたしの美しさがあれば、のし上るのなんか簡単なんだからあ。あたしがお偉いさんに見初められてから後悔しても遅いんだからね、フィデル」

 テオドラは目論見が外れた腹いせを込めて、想像のフィデルをせせら笑ってやった。

次話からは週一回、毎週木曜日の11時10分に投稿します。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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