二十幕
エミリアナはぼけっとしてぬいぐるみを抱きしめていた。
抱き抱えるくらいの大きさの黒うさぎで目は紅色だ。夢の中で幼い頃に買ってもらったうさぎのぬいぐるみは白かった。それをスキルアップで得た技【生活雑貨作製】で作れるか試した時に、つい会いたい相手の顔を思い浮かべたせいか、黒い毛のうさぎができた。
調度品と同じでスキルの技で出てきた品物は隠れ家の外には持ち出せない。指紋認証でドアにロックをかけているし、エミリアナ以外が目にすることはなかった。エミリアナは安心して夢で見た物を再現していった。
侍女が付き添う令嬢生活にはだいぶ慣れてきたが、人に傅かれる生活を当然とは思えない。部屋で過ごす間は一人でいたいと言ったら、専属侍女は了解してくれた。
ルイシーナに言い含められた侍女は危険がない限りはエミリアナの意向に沿うようにしてくれる。
一人になったエミリアナはスキルを発動させて隠れ家で過ごすことが多かった。今では隠れ家の部屋は夢の中の部屋を再現して、いや、夢よりももっと便利に改装されていた。
夢よりも部屋の中は広くなり、バストイレにキッチン付きでワンルームマンションのような快適空間だ。
【調度品設置】でコタツが出せたから、いけるかもと家電製品を試してみたら冷蔵庫に乾燥機付き洗濯機、IHコンロや食洗機にオーブンレンジ、ドライヤーにヘアアイロンなどなんでも有りだ。本当に生活できるだけの道具が出せて、隠れ家の本領発揮だった。
テオドラに見せたら、もう穴蔵呼びはできないだろう。
「ふふふふ、びっくりするよね〜。皆にこの中を見せたら」
エミリアナは懐かしい面々の顔を思い浮かべながら、にまにまと笑みを漏らした。
隠れ家内だけで使用できる【調度品設置】で生活道具はなんでも出せるし、水道・ガス・電気も使用可能だ。食料品以外は【生活雑貨作製】で作れるからいつでもどこでも暮らして行ける。隠れ家はその名の通り、家を確保して生活できる便利なレアスキルだった。
しかし、エミリアナはスキルのことは誰にも告げていない。よくしてもらって一番懐いているルイシーナにさえ秘密で、初期の穴蔵状態だと思わせていた。
フィデルと約束したからだ。スキルの詳しい内容は他の者には教えない、と。
本当の姉のように接してくれるルイシーナ相手でも侯爵家から除籍する未来を思えば、このままハズレスキルと思ってもらっておいたほうが都合がよい。
エミリアナは鍵付きの日記帳を手に取った。夢の中で使っていたのと同じ物だが、現世ではこのくらい立派な装丁は高級品になるだろう。
『ダンスを習い始めたけど、全然リズムにのれない』
『歴史上の人物って似た名前が多くて、覚えるのが大変』
『令嬢の嗜みで刺繍してるけど、すぐに糸がこんがらがっちゃう』
『お姉様はハンカチに刺繍してイラリオ様に渡していた。わたしもうさぎを刺繍してお姉様に渡したら、喜んでくれた』
いつか会えたら、フィデルに見せるつもりだった。こんな暮らしぶりだったのだと伝えたくて・・・。
会えない寂しさを紛らわせるように毎日ほんの一言二言だけでも綴っていた。
でも、ここ数日間は日記をつける気にはなれなかった。
第三王子の仮婚約者になったなんて、書きたくなかった。他の話題をと思っても書けなくて、日記帳を前にぼうっとするばかりだ。
ルイシーナは孤児院に手紙を出すのは禁じたが、神父にスキル相談という名目で出すのは認めてくれた。あまり頻繁には行えず、数カ月から半年に一度くらいでこの前四度目の手紙の返事をもらったところだ。
エミリアナが世間話の体で近況を記すと、神父も応じるようにして孤児院の様子を教えてくれた。
テオドラが料理人のお爺さんの養子になることが決まったが、十五歳で家業に就けるようになるまでは孤児院暮らしで料理の修行をするのだとか、マルコスが隣町の元騎士から養子の誘いがあったが、町から離れたくないから断ったとか。
半年ほど前に十五歳になったフィデルが冒険者登録をしてもうD級半ばにまでなったとか。
普通はE級に上がるのに数カ月、 D級にはさらに半年でC級までは数年かかるものだから、期待のルーキーとして有名になってきているらしい。
彼はB級以上を目指して励んでいるが、無茶なことをしないか心配だと神父は手紙を結んでいた。
フィデルの目標を知ったエミリアナは【新築】で出来たもう一つの部屋をフィデル用に整えた。
内装の壁や床はエミリアナの部屋と同じにした。白い壁に焦茶色のフローリングで引き戸式のクローゼット兼押し入れも備え、フィデルの好きな深緑色をベースにしたファブリックを揃えた。
バストイレに簡易キッチン付きでこちらもすぐに生活できる。さらに【増築】してトレーニングルームを作ったし、冒険者の装備を収納したり、手入れできるガレージも用意した。
フィデルとはずっと一緒だと約束したのだ。家族なのだから、再会後は一緒に暮らせるはずだ。
フィデルに会ったら何を話そう、スキルでどんなことができるようになったのか見てもらおうと最初はワクワクしていた。そうやって再会後を思い浮かべてあれこれと用意するのが貴族令嬢となったエミリアナの心の支えになっていた。
でも、神父に手紙を出すのもやめたほうがいいと言われてしまった。仮とはいえど、第三王子カルロスの婚約者になったのだから、他者に隙を見せてはいけない。スキルをうまく使いこなせなくて相談しているなんて弱みになると諭された。
別にハズレスキル持ちと揶揄されても、エミリアナには恥じる気はない。使い勝手のよいレアスキルを誤魔化すために穴蔵呼びを許容してきたのだ。今更、気にするつもりはなかった。
だが、侯爵から仮婚約の知らせを告げられた時にハズレスキルのことは黙っていろと命じられた。
もう一人の有力候補だったチャベス侯爵令嬢のスキルは『浄化』で、熟練度が上がれば毒の無効や魔獣が死に際に放つ呪詛や瘴気を清浄化できるレアスキルだった。
貴族令嬢が魔獣と対峙する機会なんてないが、有能なレアスキル持ちというステータスは派手な宣伝効果になる。
チャベス侯爵令嬢にとって代わられる可能性は無くしておけ、と指示された。
「・・・代わってもらっても全然構わない。仮婚約者になんか、なりたくないのに」
エミリアナは黒うさぎをむぎゅうっと抱きしめて呟いた。
神父との手紙さえも禁止されてしまったら、エミリアナには孤児院の様子を知る手段が失くなる。これまで、神父が知らせてくれるから、暗闇の中の一筋の光明のように感じていた。いずれ訪れる未来への細い道標だった。それがとりあげられてしまうのだ。
真っ暗闇の中をたった一人で進むなんて・・・、と不安が押し寄せてきた。どうにもやるせなくて、エミリアナはぬいぐるみを抱きしめるしかない。
フィデルが頑張っているのだ。自分も、と奮起するべきなのに、やる気は全く起きない。
「・・・会いたいなあ。元気でいるかな。無茶してないといいんだけど・・・」
エミリアナは黒うさぎを見つめて懐かしい面影を思い浮かべた。
覚えている姿は二年ほど前のものだ。冒険者として活躍して、今はより成長しているだろう。彼に比べて、自分はどれだけ頑張ったと胸を張って言えることか。
ルイシーナとは利害が一致していて信頼もしている。婚約不成立の確率は高いとは思っているが、それまでの過程を思うと気が沈んでしまう。とりあえず、貴族学園に入学するまでは領地暮らしでこのまま令嬢教育の続行だ。
思い悩んだエミリアナは日記帳にうさぎの絵を描きこんで白いページを誤魔化した。
エミリアナの仮婚約の知らせを受けてから初めて訪れたイラリオは首を傾げた。今でもエミリアナのマナーチェックは行っていて、たまに三人でお茶会をしたりもしている。
エミリアナは婚約者候補筆頭になったせいで教育内容の見直しがあるとかで、今日は挨拶のみですぐに離れに戻ってしまった。
「ねえ、彼女、あまり顔色がよくなかったみたいだけど、大丈夫なのかい?」
「リオもそう思った? なんだか、元気がないみたいだから、先生方には軽めの復習内容をお願いしたのだけど。
心配しても、本人は『大丈夫』って言うだけなのよね。
やっぱり、殿下との仮婚約はショックだったのではないかしら?」
「うーん、不成立予定だけど、僕らは信用されてないのかな?」
「それはないと思うけど・・・」
ルイシーナは侍女にお茶を淹れてもらうと、イラリオと二人きりにしてほしいと下がってもらった。婚約者同士でも未婚の男女なので、部屋のドアは開けてあるし、廊下には侍女が控えていていつでも声をかけられる位置についている。
ルイシーナはお茶を口にしてから、声を低めた。
「父がね、神父様に手紙を出すのを禁じたのよ。あの子のスキルがハズレだって嗅ぎつけられては堪らないって。
スキルの相談はただの口実だったのだけど、父には隠しているから、本当にスキルの使いこなしに困っていると思われたみたいだわ。
それからエミリアナは元気がないの。孤児院では家族同然の相手がいたのに、様子がわからなくなるって落ち込んでいるらしいのよ」
「へえ、確か彼女のスキルって収納の下位互換だって思われてたね。でも、本当にそうかな?
シーナはスキルを見せてもらったことがあるの?」
「ええ、穴蔵みたいだったわ。孤児院では荷運びでスキルを使っていたようだけど、今の生活では使う必要がないし。全然、スキルアップはしていないの」
「ふうん? チャベス侯爵令嬢のスキルは『浄化』で有能なレアスキルだ。侯爵は対抗できないと思っているのだろうけど・・・」
イラリオが顎を指で撫でて思案げな顔になる。
「血統スキル持ちを探す過程でサラサール家のことも調べてみたのだけど、彼らの家系はレアスキルが出やすくて、その恩恵で侯爵位まで上りつめたらしい。
誰も聞いたことがないスキル名だと思ったら、どれもこれも有能なレアスキルばかりなんだって。
例えば、『魔法の絨毯』とか『図書館』とか」
「・・・『図書館』は想像がつくわ。知識が本の形で集約されていそうなスキルじゃなくて?
でも、『魔法の絨毯』ってなに?」
首を傾げるルイシーナにイラリオも頷く。
「うん、意味がわからないよね。
なんでも、飛行能力のある絨毯を出すスキルで、川や山、谷に海まで飛び越えて別大陸まで移動できたんだって」
「え、絨毯で?」
「うん、絨毯で。類似スキルで『魔法使いの箒』もあった。箒に跨ると空を飛べたんだって」
「・・・箒で?」
ルイシーナはますます不可解な顔になって混乱気味だ。イラリオが苦笑してお茶を口にする。
「きっと想像力が豊かな一族だったと思うんだ。普通は絨毯や箒で空を飛ぶなんて発想はでないよね」
「それはそうでしょうよ・・・」
ルイシーナが頭痛がするというように額を抑えている。
「だから、エミリアナ嬢の『隠れ家』も有能なレアスキルの可能性が高いと思うのだけど」
「でも、本当にただの穴蔵でしかないわ。何人も中に入って確認したけど、洞窟というほど広くはないのですって。
わたくしも見たけど、一目でわかるくらいの大きさだったわ。さすがに中に入るのは止められて、外から眺めただけだったけど。
技もよくわからないものばかりだって、エミリアナも言っていたし。使用してみても効果がよくわからないのですって」
「でも、随分と立派で頑丈なドアが出てくるんでしょ? ドアの技巧が活かされたお屋敷が建っても不思議ではないって聞いたよ。
調べた限りではサラサール家のレアスキルにはハズレがなかった。エミリアナ嬢のスキルも有能なはずなんだ。
彼女はこれ以上侯爵に利用されるのを恐れて隠しているんじゃないかな?」
ルイシーナが首を傾げて懐疑的な顔になる。
「どうやって隠しているの? 熟練度が上がらないようにスキルの使用を抑えているのかしら?
でも、我が家で引き取った当時は一月ほど毎日スキルを発動させて何か変化はないか確認されていたのよ。
一月も発動しているのに初期状態のままなんてあり得ないでしょう。何らかの変化があるはずなのに、何も変化しなかったから、父はハズレスキルだと判断したのよ」
「サラサール家の縁者で彼女の従兄にあたる人物が冒険者になっているのだけど、彼のスキルは『光魔法』だ。
火を灯さない明かり、つまり光を操る魔法らしい。強烈な光を放って目潰しにしたり、逆に一定範囲の光を奪って暗闇にしたりできるんだって。
彼はスキルで獲物の視界を奪って仕留めていた。
どんな凶暴で強い魔獣でも視界を遮られたら、不利になる。上手いやり方だよね。
その従兄は光魔法を駆使することで有名なA級ランカーだった。S級に上がる力はあるらしいけど、S級は国からの指名依頼もあるから面倒がって昇級を断っているらしい。
それほど力のある上級冒険者なんだ。他にもスキルの使い道があると思うのだけど、奥の手で隠しているみたいだった。
きっと、エミリアナ嬢も初期状態に見せかける手段を得て、隠しているんじゃないかな?」
イラリオは何か確信しているらしいが、ルイシーナには納得し難い。エミリアナに隠し事をされているとは思いたくなかった。
イラリオは思い悩むルイシーナの肩をそっと叩いた。
「まあ、とにかく落ちついて、シーナ。
エミリアナ嬢が明らかにしたくないのであれば、彼女の意思を尊重するよ。婚約不成立を狙うなら、有能なレアスキルは隠しておいたほうがいいからね」
「・・・そうね。父に知られたら、厄介なことこの上ないもの。
もし、何か聞かれたら、エミリアナのスキルは前例がなくて使いこなしがよくわからないらしいと濁しておくわ」
ルイシーナは婚約者の慰めに肩の力を抜いて、お茶のお代わりをもらおうと呼び鈴を鳴らした。
エミリアナの先祖も夢で前世を見てましたが、本人に転生者の自覚はなし。
「夢でこういうの見たな〜」のノリでスキルを使ってたら、あれよあれよと出世していったとさ。




