十七幕
明けましておめでとうございます。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。今年もお付き合いしてくださると嬉しいです。
日頃の感謝を込めまして、新春スペシャルでもう一話投稿します。1時間後の12時10分です。お時間のある時にご覧くださいませ。
「どうかしら、そろそろ邸には慣れたのではなくて?」
「そうですね、お、ねえ様のおかげで、皆さんよくしてくれるので」
「そこは『皆さん』ではなく、『皆が』と言ったほうがいいわ。使用人の立場ではなく、主目線で話さないといけないわ」
「あ、はい。気をつけます」
エミリアナが鯱鉾ばって答えると、ルイシーナが苦笑する。
「そう硬くならなくてもいいわ。身内相手なら砕けた態度でもいいのよ。わたくしのこともスマートに『お姉様』と呼んでちょうだい」
「そ、それは・・・」
エミリアナが深緑の瞳を泳がせている。貴族として基本の表情の制御はまだまだらしい。
ルイシーナのほうが一月早い生まれで『お姉様』呼びをねだっても、エミリアナの心理的には難しいようだ。
エミリアナが侯爵家で暮らし始めて一カ月経った。
まずは初等教育からだとルイシーナの最初の家庭教師をつけた。読み書きや計算は孤児院で習っていて、学習の基礎はできている。勉学はスムーズにできていたが、マナーは難しかった。
孤児院では使用人用の礼儀を学んでいるのだ。貴族令嬢とは全く異なる動きを基礎から矯正せねばならず、マナー講師は苦戦しているらしい。
エミリアナは木登りが得意だと言っていたから運動神経は良いほうだと思うのだが、どうもダンスは苦手だった。リズム感が悪いとダンスの講師が言っていた。
平民が音楽に慣れ親しむ機会は祭りくらいというから仕方がないが、楽器の演奏も令嬢の教養として必須だ。どれか一つだけでも楽器演奏ができるように特訓も必要で、一通りの楽器を試してみて一番扱いやすそうな物を選ぶと報告されていた。
「先生方にはわたくしもお世話になったの。信頼できる方ばかりだから、遠慮せずに教えてもらいなさい。わからないところはどんどん質問するのよ」
「はい、精進します」
エミリアナは今すぐ自由になるのは無理だと理解はしている。ルイシーナが当主になったら解放すると約束してくれて信じてはいるが、納得はしていないのだろう。
どこか不安そうな顔をしていて、今ひとつ自信なさげだった。
ルイシーナは自分の専属侍女からエミリアナ付きの侍女を選んだ。彼女を筆頭侍女にして数人の侍女やメイド、従者をエミリアナの専属にした。離れを丸々一つエミリアナの住居にして両親と顔を合わせることがないようにした。
食事も離れでとるようにして、貴族籍のある使用人に指導させている。週に一度はルイシーナが同席してマナーのチェックを行っていた。
ルイシーナの薫陶を受けた使用人はエミリアナを庶子と侮ることなく、真摯に支えてくれている。
不躾な視線に晒されることはなくなり、落ちついた環境で暮らせるようになったが、エミリアナは元気がなかった。
貴族籍の子供は十五歳から三年間は王都の貴族学園に通うことになっている。
最初の一年間は貴族に必要な知識やマナーの復習期間だった。貴族ならば家庭教師に学んで履修済みの内容だが、家格や経済力で雇う家庭教師には差がでるから格差を均等にする措置だ。
二年目からは将来を見据えた専門分野に分かれる。経営科や文官科に騎士科、侍女・従者科、淑女科などで、三年目には現場実習などの実技がメインで希望の就労先で研修することもある。
ルイシーナの婚姻は学院卒業後になるので早くても十九歳、今から七年後だ。
父ルカスが素直に実権を手放すとは思えないし、エミリアナの解放を悟られるのはマズいと孤児院に連絡をとるのは禁じられていた。
別れの挨拶さえできなかった仲間と七年間も連絡をとれないのだ。エミリアナは彼らとの絆を失うことを恐れて不安になっていた。
「将来は貴族籍から抜けるのだとしても、セルダの家名を名乗るからには必要な知識やマナーを身につけてもらわないと困るの。貴方も大変だとは思うけど、知識や教養は武器になるわ。
将来の職業の選択が広がると思えば頑張れるでしょう。
先生方の報告によると、貴女の座学には問題ないようだから、ご褒美をあげましょうか?」
「・・・ご褒美?」
ルイシーナは首を傾げるエミリアナににこりと微笑んだ。
「ええ、孤児院は無理だけど、隣接する教会宛に手紙を出してあげるわ。神父様とは親しいのでしょう?
神父様から孤児院の子供に伝言をお願いすればいいわ」
「本当ですか?」
エミリアナがぱあっと顔を輝かせた。表情がコロコロ変わるのに苦笑しながら、ルイシーナが頷く。
「父に知られると厄介だから、いずれは解放されるなど詳しいことを書いてはダメよ?
『元気だ』とか、『また会いたい』とか、無難な内容にしてちょうだい。
一応、書いた内容は確認させてもらうけど、それでもよければ手紙を出してあげてよ?」
「うわあ、ありがとうございます!
エミリアナは嬉々として退出を求めてきた。すぐにでも手紙を書くつもりだ。
ルイシーナは淑女教育のスケジュールの確認が必要だと心のメモに書き留めてから許しを与えた。
翌日、イラリオが訪問した。エミリアナも挨拶だけは付き合わせて、カーテシーを披露させた。
「ふうん、それなりに様になってはいるんじゃない?」
「イラリオ様、ありがとうございます」
エミリアナの仕草にぎこちなさはあるが、体幹のブレは少なく、安定した姿勢は取れている。淑女の笑みも微笑みというよりも笑顔の大盤振る舞いになってはいるが、感情の制御は追い追いでいいか、と判断した。
イラリオの合格判定にエミリアナは気をよくして離れに戻った。本日の学習予定はまだ残っていて続きに取り掛かるのだ。
甘い採点だったが、いきなり厳しくしてやる気がなくなっても困る。いつも見慣れているルイシーナより、たまに訪れるイラリオのほうが成長具合を確認しやすいはずで、前回よりも成長していたら褒めてくれるように頼んでいた。
ミレイアがお茶を淹れてくれて、イラリオとルイシーナは向かい合って座った。ミレイアがドア近くの壁際に控えて、イラリオが会話が聞こえないように念のために周囲に薄い風の幕を展開させた。
「妹の教育権を勝ち取ったって聞いたけど、学習の進捗具合はどうなの?」
「座学に関しては、孤児院で基礎ができているから問題はなさそうよ。ただ、これまで使用人の礼儀作法を教わっていたせいか、すぐに頭を下げる癖が抜けないのですって。
マナー講師は苦戦しているけど、鍛え甲斐はあるって燃えていらっしゃるわ」
「熱心なのは結構だけど、やり過ぎないようにね。淑女教育が上手くいきすぎて、あの子がカルロスの婚約者に決定したらマズいよ?」
「そればかりはお父様が決めることだから、わたくしには口出しできないわ」
ルイシーナが苦い笑みで肩をすくめた。
今の侯爵家は三つの勢力に分かれている。最大は当主のルカス派で次に次期当主のルイシーナ派、最後にオクタビア派である。
実権を握っているルカスに従う使用人は多いが、古参の者ほどルイシーナが婚姻するまでの中継ぎの当主だと思っている。表面上は従っていても、こっそりとルイシーナやオクタビアに味方してくれるので、忠誠心の度合いではルカスが一番下だった。
それでも、当主として顔を立てねばならず、ルカスの決定を覆すには確たる根拠が必要なのだ。
「両親には話を通したよ。ライネス家はシーナの味方だから安心して」
イラリオの宣言にルイシーナの頬が緩む。父と対立する可能性があるからにはライネス家の後ろ盾は有難い。
この一月の間にイラリオは両親に根回ししてエミリアナの話の裏付け調査をしてもらった。隣国にも調査人を派遣して、国外追放事件についても詳細な報告を受けている。
当時を知る退職したセルダ家の使用人も確保して証言を得ていた。エミリアナの話通り、彼女はルカスの子供ではないのだが、肝心のルカスが主張を変えない限り、証明は難しそうだった。公に話が漏れたりしたら、醜聞となってセルダ家には大打撃となる。なんとしても、内輪内で解決しないといけない問題だった。
「一番いいのは血統を明らかにすることだ。父の話によると、血統を明らかにするスキルがあるらしい。
そのスキル持ちを捜索して確認させたらどうかって提案されたのだけど、シーナはどう思う?」
「まあ、そんなスキルがあるなら、ぜひお願いしたいわ。お父様の野望を砕くにはピッタリだもの」
「それじゃあ、父に捜索を頼んでおくよ。ただ、見つけるには時間がかかるって言われているんだ。長期戦を覚悟してほしい。
血統スキル持ちは後継者問題に巻き込まれることが多いから、教会内でも極秘扱いなんだって。他国では枢機卿の紹介がなければスキルを使ってもらえないとか厳しい制約もあるらしい。
我が国ではこれまで血統スキル持ちが確認されていないから、他国の伝手を頼るしかないんだ」
「本当に確認されていないのかしら? もしや、ハズレスキル扱いで秘匿されているのでは・・・」
「その可能性もあるかもしれないから、一応国内も探ってみるみたいだ。ただ、望み薄だろうって言われているよ」
「そうなの、それでもお願いするわ。一番、穏便な解決法だもの」
ルイシーナがふうと頬に手をあてた。権力欲が強くて厄介な父親だが、できれば強引な真似はしたくない。
「そうだね、血統が明らかになれば、侯爵も我を通すのは無理だろうし。公には侯爵の思い違いだとしたほうがいい。
血縁者以外と養子縁組した責を問う形で侯爵には引退してもらえるだろうって父が言ってたよ」
「それは名案だわ。おじ様にはお礼を伝えてちょうだい」
ルイシーナが笑顔でぱんと両手を打ち合わせた。イラリオが頷いてお茶を口にする。
「後の問題はカルロスの婚約者候補だね。
母の情報によると、チャベス侯爵家でも養子を迎えたらしい。当主の弟の隠し子だって。
その子は僕らより一つ上なんだけど、健康上の理由で貴族学園の入学を遅らせる者もいるし。多分、チャベス家では何か理由をつけて僕らと同じ入学にすると思う。同級生になるはずだ。
チャベス家が動いたことで、婚約者候補を狙っていた二つの伯爵家は身を引いた。二家ともチャベス家に遠慮して譲った形だって聞いたよ」
「あら、他の候補者はいないの?」
ルイシーナが小首を傾げた。
「コルンガ伯爵家はチャベス家の寄子貴族だからね、コルンガ家が辞退して侯爵家が二家となると、残った伯爵家は家格的に不利だと感じたらしくて。
伯爵家の中でも上位のコルンガ家が引いたから、他の伯爵家も諦めたみたいだ。
公爵家や他の侯爵家では養子にとれる女児が見つからなかったようだって、母上が情報を仕入れてたよ」
「候補が二人だけ? 二分の一の確率じゃない。面倒事は遠慮したいのに」
ルイシーナは父親の野心に付き合わされて、確実に望んでもいない面倒事がやって来そうだと嫌な予感を覚えていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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