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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第二章 貴族令嬢のエミリアナ

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十五幕

「まあ、それは本当なの?」

 ルイシーナはミレイアの報告に顔をしかめた。

 メイド服姿のエミリアナに母への見舞い品を運ばせて、使用人のフリで屋敷内へ連れ帰った。ミレイアがこっそりと客室に連れて行ったのだが、客室の様子はひどいものだったという。

 ベッドメイクなどされず、シーツの交換はない。客室には浴室や化粧室も備えてあるのに、リネン類の回収もなく、掃除はされていない。

 しかも、食器が片付けもせずに放置されていた。食事を運ぶ侍女は食事の配膳時に空いた皿と交換するだけだった。食事は三食だされているが、パンとスープと飲み水だけだという。


「あの子に庭に生えていた果実を食べていいかと聞かれました。孤児院の食事より量も少なくてお腹が空いていると言われて、目眩がしそうでした」

 ミレイアが険しい顔になっている。

 侯爵家の客室を使用している以上、お客様扱いは必須だ。それなのに、孤児院のほうがマシな生活だなんて、侯爵家に泥を塗る行為である。客室担当の侍女の低能さに腹がたって仕方がない。

「侍女長を呼んでちょうだい。お父様からどんな指示を受けたのか確認するわ」

「はい、かしこまりました」


 ミレイアがすぐに侍女長を呼んできて問いただすと、「平民の泥棒猫が産んだ子供には相応しい扱いでしょう!」と吐き捨てられた。

 非常に頭が悪い返事で、怒るよりも先に哀れみが浮かんでくる。

「まあ、お父様がそう仰ったの? ならば、元の孤児院に戻すわ、手続きをするから家令を呼んでちょうだい」

「お嬢様! あの小娘に慈悲など生ぬるいですわ。奥様を苦しめた元凶なのですよ?」

「あら、貴女は何を言っているの? あの子が浮気相手の子供でも、何をしてもいいわけないでしょう。

 それとも、あの子を殺さないと貴女の気はすまないのかしら? 

 いくら、平民相手でも殺人は犯罪よ。嫌だわ、犯罪者予備軍が側にいるなんて。恐ろしいわね」

 ルイシーナから冷ややかな視線を向けられて侍女長が青い顔になった。大事な奥様の仇打ちのつもりなのに、まさか犯罪者扱いされるとは思いもしなかった。


「お、お嬢様、わたしは・・・」

「お父様はあの子を娘として引き取ると仰ったわ。つまり、侯爵令嬢になるのよ? それを無視して私怨を晴らそうなんて、貴女もずいぶんと偉くなったものね。

 うふふ、知らなかったわあ。貴女には当主であるお父様よりも権限があったなんてねえ?」

「お嬢様っ! 奥様のためなのです。

 わたしは奥様のお心を守るためにあの孤児に思い知らせてやったのです!」

「言い訳は結構よ。お母様のためと言いながら、よくも恥をかかせてくれたわね?

 孤児院のほうがよい生活だなんて、他家に知られたらいい笑いものだわ。我が家の品位を貶めたのよ、貴女は。

 そもそも、あの子の母親は父との関係なんて望んでいなかったそうじゃない。あの子だって、孤児院に帰りたがって泣いていたわ。

 母だけが被害者ではないのよ? あの子もその母親も父の被害者なのに、虐げて悦にいるなんて、歪んでいるわね。貴女、気持ち悪いわよ」


 侍女長は蒼白になって口をはくはくとするが、言葉は出てこなかった。

 次期当主のルイシーナの立場は父親の次で、彼女の判断は社交もせずに領地に引きこもり中の母親よりも優先されるのだ。

「貴女の忠誠心が強すぎた弊害かしら? これまでの働きには報いてあげるから、荷造りしておきなさい。次の職場は用意しておくから安心なさいな」

 次期当主から目だけは笑んでいない笑みを向けられて、侍女長は崩れ落ちそうになった。ルイシーナは呼び鈴で他の侍女や従者を呼び出して侍女長を運んでもらう。


 ミレイアが気遣わしげに問いかけてきた。

「お嬢様、よろしかったのですか? 旦那様の留守中ですのに、人事異動なんて・・・」

 ミレイアは幼い頃からの専属侍女で、ルイシーナにとっては姉のような存在でもある。だが、その彼女にもエミリアナの素性は告げていない。

 ただ、異母妹の母親は未亡人で父に無理に迫られたらしいと教えたら、エミリアナに同情的になった。エミリアナが軟禁状態で逃げだしたのも同情に拍車をかけたようで、とても親身になっている。

 ルイシーナはすでに古株の使用人から話を聞いていた。

 エミリアナの母親は夫の喪に服して黒のリボンをいつも身につけていたそうだ。慎ましやかな人柄で、彼女から関係を持ったとは思えないと証言を得ている。

 母の狼狽ぶりを目にすれば浮気相手を嫌悪する気持ちもわからなくはないが、父が無理に迫ったならば浮気にはならないだろう。むしろ、エミリアナの母親は性犯罪の被害者だ。被害者をさらに迫害するとか鬼畜の所業としか思えない。


「侍女長の仕業を放置するのは危険だわ。絶対、彼女に倣う侍女がでるもの。

 侍女長のお墨付きだなんて勘違いで扱いがエスカレートしていったら、傷害行為で立派な虐待、いえ、犯罪だわ。犯罪者を我が家からだすわけにはいかないでしょう?」

「ですが、奥様がなんと仰るか・・・」

 ミレイアが眉間にシワを寄せている。ルイシーナはふうと息をついて(かぶり)を振った。


「お母様のお気持ちもわかるけど、苦情も不満もお父様が受けるものだわ。あの子に八つ当たりするのは筋違いよ。

 お母様が冷遇を指示したのではないのだし、侍女長の専横を見逃してはわたくしが当主になった時に面倒だもの。

 少し早い世代交代だと思ってもらえればいいわ。次の侍女長にはわたくしの意に沿う相手がいいの。家令に後継者を選抜してもらいましょう。

 それから、お母様の具合がいい時にお会いしたいと伝えてちょうだい」


 


 母からの返事があったのは翌日だった。

 ルイシーナが母の部屋を訪れると、母はお茶の支度を整えたテーブルについていた。まだ顔色が悪く、本調子ではないようだ。それでも、侍女を下がらせて、娘と二人きりになるように命じた。


「お母様、無理はしないでくださいな。具合が悪いなら、また日を改めますから」

「いいえ、ルイシーナ。侍女長を更迭すると聞いたのよ。貴女があの庶子の肩を持っているようだと耳にしたのだけど本当かしら?」

「お母様、お父様はあの子を政略の駒にするおつもりのようですわ。我が家に相応しい教育を施さないと恥になりますけど、まさか『平民の泥棒猫の娘』だから冷遇して構わないと思っていますの?」

 侍女長の言葉を告げると、母は嫌そうに顔をしかめた。


「・・・冷遇するなんて人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。ただ、あの子には弁えてもらいたいのよ。侯爵令嬢になったと図に乗られては困るわ」

「その心配はないと思います。あの子は孤児院に帰りたがって泣いてましたわ。貴族になんてなりたくないと言っておりましたし。

 ですが、当主の指示に逆らうわけにもいきませんし、あの子には当家に相応しくなってもらわないと困ります」

「まあ、そうなの・・・。でも、教育しても本人にやる気がなければ無駄ではないかしら?

 孤児院に帰りたがっているなら、戻してあげればいいわ」

「そうしたいところですけど、今からでは無理ですわ」


 ルイシーナが恨めしげな目になった。

 母が大騒ぎしたせいで邸内だけでなく、出入りの業者にまで父の隠し子のことが知られてしまっている。隠し通すのは無理だった。

「お父様の隠し子だと噂が流れれば、市井に放っておくのは悪手ではありませんか? 他家に取り込まれて利用されては敵わないですもの。

 あの子は我が家で抑えておくべきでしょう」

 ルイシーナは落ちつきはらって、お茶を口にした。母は平静を保っているようでも、目には隠しきれない嫌悪感が宿っている。


「ねえ、お母様。あの子の母親は未亡人だったとご存知でしたか?

 あの子はお父様の子供ではないと言い張っております。実はお父様の子供ではない可能性があるのでは?」

「・・・もし、そうだとしても、それを証明するのは難しいわ。あの人が父親だと名乗っている限りは、ね。

 あのメイドが務める前から知り合っていたとあの人が証言すれば、それを覆せる相手なんていないのだから」

 母が苦々しげに吐き捨てた。

 婿入りなのに浮気は許せないが、政略のために跡取り以外の子供が必要と言われれば嫌でも庶子を認めるしかないのだ。

「ならば、あの子のことはわたくしに任せてくださいな。イラリオ様との婚姻でわたくしが当主の座に着くのです。あの子とは良好関係を築いたほうが都合が良いですわ」

「そう・・・、わかったわ。貴女の好きにしなさいな」

 母は諦めたように目を伏せて低く答えた。


 オクタビアは娘のルイシーナが退出すると、大きく息を吐いて深々とソファに寄りかかった。

 ふと、花瓶の赤い薔薇が目に映って衝動的に手を伸ばした。花びらを鷲掴みにしてむしり取ると、足元に投げ捨てて踏み躙る。

 赤い薔薇は夫が跪いてプロポーズしてくれた思い出の花だ。オクタビアはピンクの薔薇が好みだったが、プロポーズ以降は赤い薔薇を愛でるようになった。今では思い出どころか忌々しさしか感じないが、庭に華やかさが欠けるのは客人が訪問した時に体裁が悪い。赤い薔薇は見栄えのためだけに植えられていて、飾るのも見栄を張る時だけだった。

 娘相手といえど、女主人として対応するためにあえて飾っていたが、不愉快さが急速に込み上げてきてどうしようもなかった。

 ルイシーナの言うことは正論だが、理屈ではないのだ。感情が納得しない。


 夫はオクタビアに子供ができない場合を考慮して血縁者から選ばれた。親族内の重鎮からお家乗っ取りを警戒されて遠縁から選ばれた貧乏な男爵家の次男で後ろ盾はなかった。

 政略結婚だったが、夫は愛を囁いてくれて、オクタビアを大切にしてくれた。真面目で誠実で向上心のある人だと思っていた。懐妊がわかった時が一番幸福だったのに、直後に夫から地獄へ叩き落とされた。

 夫が新入りのメイドに手をだしたのだ。

 未亡人になったばかりだというメイドに同情して雇ってやったのに、まさか恩を仇で返されるとは・・・。

 あの孤児が夫の子供ではないのはよくわかっている。だが、証明するのは難しい。マリセラは亡くなっていて、夫の証言を否定する相手はいないのだ。


 あの孤児は母親似で顔を見ただけで不快感が込み上げてきた。冷遇を指示しなかったが、侍女長は女主人の顔色を窺って行動した。暗黙の了解で見逃していたのに、まさかルイシーナが無駄な正義感を発揮するなんて予想外だった。

 合意か非合意かなんて関係ないのだ。どちらにしても、夫が浮気したことに変わりはない。

 マリセラはオクタビアの幸せをぶち壊した象徴だった。そのマリセラによく似た子供も不幸の証としか思えない。あの子供がセルダ家の籍を得るなんて忌々しかった。

 娘が幼いながらも次期当主の自覚を芽生えさせているのは喜ばしい。さっさと夫から当主の権限を奪い取ってもらいたいものだ。夫に好き勝手されるのはいい加減うんざりしているのだから。

 オクタビアは娘と同じ空色の瞳に暗い影を宿していた。

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