十一幕
しばらく寝込んだテオドラは新年のご馳走を食べ損ねて機嫌が悪かった。
「あんたたちだけ食べてずるいわよお〜」
「ええー、ずるいって言われてもなあ」
「ああ、自業自得だろ」
マルコスとフィデルに呆れた顔をされて、ますますテオドラはぶっすうとふくれて美少女が台無しだ。
テオドラの熱は下がったし、食欲がないだけで元気なのだが、まだ激しい咳がでる。他の子にうつされては困るから咳が治まるまでは医務室の住人になっていた。
エミリアナのスキルを領主に知られると厄介なことになるからと黙ってろと口止めされて、マルコスは素直に従ったが、テオドラは怪しい。
フィデルが釘を刺しに行こうとしたら、氷の魔王降臨を恐れたマルコスが付き添い、勇者エミリアナは「皆でお見舞いだね」と宣った。厨房で何やら料理人にお見舞い品を用意してもらった模様で、氷の魔王の抑え役の呑気さにマルコスは頭を抱えたくなったが。
「何よお、あんたたち、ケンカ売ってんのお? お見舞いに来たんじゃないのお?」
「うん、お見舞いだよ。はい、どうぞ」
エミリアナがお盆にのせたマグカップを差しだしてきた。中身は薄い黄色で煮凝りのような固まり具合でフルフルとしている。
「料理人のおじいさんに作ってもらったの。プリンだよ、食欲がなくても食べやすいと思うよ」
「ぷりん? 何それ?」
「卵液を蒸したもの、みたいな?」
エミリアナが首を傾げながら、スプーンを添えた。
今世では『焼く、煮る』が庶民の主な調理法で『揚げる』は良質の油を多く使うからかご馳走扱いだ。富裕層ではよく食卓にあがるらしい。孤児院でもお祝い事でフライが出されたことがあった。
『蒸す』は蒸し器や蒸籠がないようで、普及していなかった。
エミリアナは湯煎する方法で料理人にプリンを提案して作ってもらった。
テオドラの食欲がなくて元気がないと聞いたので、お見舞いに何か食べやすいものをと思ったのだ。
市場で他国の商人からこんな料理があると聞いたと話せば、料理人は新しい料理に興味津々で快く作ってくれた。プリンの材料と調理法だけで分量までは伝えなかった。あまり詳しく覚えていなかったのだが、プロの料理人らしくいくつか試作してみたらしい。新レシピの礼だと貰った中で一番美味しそうなプリンを持ってきた。
テオドラはじいっとプリンを見つめてからスプーンを手に取った。
「料理人は新しい料理は自分の舌で味わって確かめるのお。調理スキルを成長させるには必要なことなんだから、食べてあげるわよ」
「イヤならく「早く食べなよ!」
マルコスがフィデルの口を塞いで急かした。エミリアナがめっと睨みつけて、『食うな』と言いかけたフィデルは不承不承口をつぐむ。
テオドラは一口目はよく味わって食べた。次からはパクパクと勢いよく口に運んで完食した。
「・・・まあまあねえ。底の茶色のソースは苦味があるけど、これ、お砂糖を使ってる?」
「うん、カラメルソースだよ。お爺さんに作り方を教えてあるから、テオドラが治ったら教わるといいよ」
「ふうん、これってあんたの夢で出てきたモノ?」
「そうだよ」
「他のヤツには黙ってろよ」
フィデルが口出ししてきて、テオドラがくっきりと眉を吊りあげた。エミリアナの夢の話も口止めされて四人だけの秘密だが、フィデルが仕切るのは面白くない。
「まあたそうやって、仕切ってきてえ。エミリアナのことなんだから、本人に決めさせなさいよお」
「エミリのことだから、家族のおれが決めてるんだ」
「はあっ⁉︎ エミリアナ、あんたはそれでいいの?」
「うん、フィデルはわたしのこと心配して色々と考えてくれてるから」
エミリアナが当然のように頷くと、フィデルがふっとドヤ顔になる。テオドラが悔しそうに顔を歪めるが、さらなる文句は出なかった。
「ふんだ。いいわよお。好きにしなさいよお。あたしはもう寝るからねっ」
テオドラが布団に潜り込んで背を向けてしまったので、顔を見合わせた三人は戻ることにした。
「大人しく寝てなよ」
「騒ぐなよ」
「じゃあ、お大事にね」
エミリアナがカップを回収して最後に部屋を出る。「ちょっと」と声がかかって振り返るが、テオドラは布団にくるまったままだ。
「・・・美味しかったから。それから・・・、昔は・・・あたしは悪くないけど悪かったかもしれないから悪かったわよ」
「えっと? まあ、そう・・・かも?」
最後の早口にエミリアナは曖昧な返事をした。
素直ではないがテオドラなりの謝罪だった。でも、エミリアナも素直に受けとめるには複雑な心情だ。男の子に虐められたのはテオドラの意図ではなかったと知っても蟠りがある。
仲直りには微妙だけれど、できれば仲良くしたほうが敵対するよりもいいハズだ。小さい頃のようには戻れなくても、新たな関係を築ければいいと思った。
テオドラはゴホゴホと強く咳き込んで、布団から顔だけだした。うつ伏せで枕に抱きつくと少し楽な気がする。
フィデルに念押しされなくても、エミリアナのスキルを吹聴するつもりはなかった。領主に囲われるとマズイのはよくわかっている。テオドラにだって、料理人や食材の配達人の伝手があるから領主の評判は耳に入る。
第一、今まで『隠れ家』をバカにしてたテオドラが有能性を訴えても誰も本気にしないだろうに、フィデルは過保護すぎるのだ。相変わらずエミリアナの保護者気どりにむかついてくる。
エミリアナがフィデルに夢の話をしたから怒って嘘つき呼ばわりしてケンカした。まさか、それでエミリアナが虐められるなんて思ってもみなかった。
怪我が良くなって医務室から孤児の部屋に移動になったフィデルは最初からエミリアナを特別扱いしていた。まるで雛を懐に入れた親鳥みたいで、二人だけの空気感にイライラさせられたものだ。
テオドラがフィデルに構うのはエミリアナから引き剥がしたかったからだ。エミリアナが一人になればまた友達になれると思ったのに。
フィデルは他の男の子たちのようにはいかなかった。テオドラを目の敵にしてアプローチしても邪険にされまくるし、エミリアナは益々フィデルと仲良しになって苛立つばかりだった。
「それで、エミリアナを孤立させようとするとか、バカだろ。余計に溝が深まるだけだよ?」
マルコスの心底呆れた声を思い出して、むっかあと頭にくる。
マルコスは毎日様子を見にくる。エミリアナが来るともれなく氷の魔王付きで険悪な雰囲気になるから、仕方ない。マルコスは負担にならないように数分しかいないが、それでも忠告や助言というか、いつも一言多いからムカつく。
マルコスから取り巻きの男の子たちがやらかしたことを聞き出して、何も知らなかったテオドラはショックだった。
エミリアナを虐めたのは数カ月だけ孤児院にいた兄弟だ。遠方の親戚が引き取りにきて手続きが済むまではと孤児院に預けられていた。平民の兄弟は祖父が他領の男爵で貴族になるのだと威張っていた。
手続きに時間がかかり、兄弟は本当に引き取ってもらえるのか不安で落ちつきがなかったそうだ。エミリアナは八つ当たりされたのだとマルコスが言っていた。
テオドラは兄弟のことなんか言われるまで思いだしもしなかった。却って、貴族になると威張っていた嫌な奴らがいなくなってよかったとさえ思っていたくらいだ。
あいつらのせいで拗れたと思うと、頭にくる。第三者の介入がなければただのケンカで済んだのに。
悔やんでも今更すぎて後の祭りだった。一番の座は完全に奪回不可能になってしまった。
「・・・ふんだ、『隠れ家』で助かったことに変わりはないから。一応、恩にきてやるう。一番は譲ってやるんだからあ」
テオドラは悔し紛れに呟いた。
失くしたのではなく、譲ってやったのだと嘯いて、むぎゅうううっと枕を抱きしめた。
暖かくなって春が間近になった頃にシモンの送別会が行われた。
シモンはスキルの相談で神父様に貴族の養子は無理だと泣きついたらしい。神父様の口添えで、貴族ではなく町の治療院で働く治癒師の中から養子先を選ぶことになった。
町の治癒師は平民が多く、お貴族様よりは気楽だ。
治癒は極めるとあらゆる傷も病も治せるが、最初はかすり傷など軽傷を塞ぐだけだ。病気を治すのは専門的な知識が必要で、医学の勉強をしなければならない。治癒師は軽傷の治療から始めて医師の処方した薬と併用して病気の治療も行うようになる。働きながら医学知識を蓄えるそうで、大変だが人の役に立つ仕事だった。
貴族に必要な勉学からは逃れられて、治癒師に専念できるとシモンは大歓迎していた。
建前では養子縁組は孤児の意思を尊重することになっているし、腕のよい治癒師がいると領地の安定につながる。神父様の説得に領主はお抱えにするよりも利があると判断して、お貴族様からの申し込みは全て取り消しだ。
弟子をとりたがっていた治癒師の養子になる形でシモンは孤児院から出ることになった。
「元気でね」
「頑張ってね、応援してるから」
「病気になったら診てもらいに行くから、頼むぞ」
シモンは子供たちに混じって職員からも声をかけられている。
送別会ではいつも孤児の門出を祝って料理人が甘味を振る舞ってくれるが、今回はプリンがだされていた。皆カップを片手にとろける美味しさに頬を緩めている。
主役のシモンには特別に大きいサイズのプリンで、一口一口よく味わっていた。
「ふふん。美味しいでしょお? あたしが作ったのよお」
テオドラが自慢げに胸を張っている。フィデルがぼそっとこぼした。
「誰の手柄だと思っているんだか・・・」
「料理人のおじいさんだね。ちょうどよい分量を見極めるまで試作しまくってくれた功労者だよ」
エミリアナがにこにこと告げてきて、フィデルの毒気が中和された。ふうと息をついて肩の力を抜く。
テオドラの口の悪さは少々改善してきて、前のように突っかかることは少なくなった。どうやら、昔のエミリアナの被害に罪悪感を覚えたらしく、反省しているようだ。
テオドラが大人しくしているせいか揉め事はなく、シモンの送別会は無事に終わった。いや、プリンの美味しさが話題になって、説明するテオドラが注目されたからいつもよりもうるさくなかっただけか。
シモンは明日の午前中に養子先からのお迎えが来ることになっていた。孤児たちは学びの時間で見送りができないから、送別会でそれぞれ別れの挨拶を交わした。仲が良かった相手とは手紙のやり取りを約束しているが、治療院に行けば会えるのだ。手紙より直接会いに行くほうが早いだろう。
シモンは全て新品の衣装を用意してもらって、外套や帽子に靴も真新しい。孤児は寄付された物や中古品店の衣装ばかりだから皆から羨ましがられた。
「エミリも新しい洋服には興味があるか? 冒険者になって報酬を得たら、プレゼントできるぞ」
「気持ちは嬉しいけど、冒険者って装備や武器にお金がかかるんじゃない?
最初は余裕なんてないだろうから、無理しないでくれたほうが嬉しいな。フィデルが無事なほうがいいもん」
フィデルの申し出にエミリアナが可愛らしく小首を傾げた。ふっと赤い瞳が和んで、栗色の頭をぽんと撫でる。甘い雰囲気に無遠慮な声が割り込んできた。
「ふうん、新しい洋服ねえ〜。可愛くて綺麗なあたしのセンスで選んであげるから、相談にのってあげてもいいわよお?」
「頼んでない」
「ええ〜、フィデルに繊細な乙女心がわかるのかしらあ?」
テオドラが小馬鹿にするように目を眇めた。フィデルも赤い瞳を細めて剣呑な目つきになる。
「はっ? お前の好みはフリフリヒラヒラの装飾過多だろ。エミリの可愛らしさが薄れるだけだ」
「なあに言ってんのよお! フリルとリボンは女子の憧れアイテムなんだからあ〜。無骨者はすっこんでなさい」
「誰が無骨者だ⁉︎」
「誕生日のプレゼントが串焼きとか信じられないんだけどお?」
「消え物じゃないと職員に取りあげられるだけだ」
「だったら、ケーキとかタルトとかでもいいじゃなあい? あんたのセンスって最悪よお」
「なんだと!」
「なによお」
「ああ、もう! 祝いの席で揉めるのはやめなよね」
マルコスが眉間にシワを寄せて睨み合う二人の仲裁に入った。
テオドラがふんとそっぽを向く。フィデルもエミリアナに袖を引かれて、不承不承引き下がった。
どうやら、この二人の仲が改善されるのはまだまだ遠いようだ。
エミリアナはやれやれと肩をすくめて、こんな日々がずっと続くのだと思っていた。




