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葛葉の澱  作者: 蟹むすび
二羽雀
13/13

からかい上手の

 おたまに掬った味噌を、豆腐を崩さないように箸で溶かす。

 濃さは、どのくらいがいいだろう。気持ち薄めにするのが良いだろうか。昨日の夕食の味付けを思い出しながら、味見をする。

 うん、大丈夫……と、思う。あとは葱を入れれば完成。

 

 豆腐の味噌汁、白米、焼き鮭、小鉢が2品の完璧な一汁三菜。これが本日の朝食の献立だ。その内の一品を僕が担当しているのである。

 昨晩から世話になってばかりではいけないと、台所を訪ね、居合わせた青葉あおばさんに手伝いを申し出たのだ。

 まあ、既にほとんどの支度が済んでいたので、このくらいしか手伝える事が無かったのだが。


「ん、出来たか」

「はい。あの、味見してみてもらってもいいですか?」

「慣れた手つきだっただろ、必要ないと思うが」


 隣で配膳準備をしていた青葉(あおば)さんは、そう言いながらも、差し出された味見用の平皿を大きな手で受け取り、一口含む。


「うん、美味い」

「本当ですか……!」

「嘘なんかつかんさ」


 元から、それなりの料理の心得はあったが、あの絶品な料理を作った人に褒めらえるのは素直に嬉しい。

 夏那なつなさんも、美味しいと思ってくれるだろうか。


 ……昨晩の、海辺での一件はどうか、無かったことにしてくれますように──などという、自分勝手な願望が叶うはずもなく。

 夏那さんとは、食事を終えるまで目が合うことは無かった。





 竜宮城の出入り口、洞窟前。

 吸い込んでいるのか、吐き出しているのか。いまいち方向の定まらない風が身体を撫でて行く感触と、奥で揺れる白い暖簾の不気味さにはまだ慣れない。


「さて、見送り組はここまでかな」


 言いながら、後方にいた紅葉(こうよう)さんと青葉さんは洞窟へと近づき、挟むように、それぞれ両端に控える。

 

 仄暗い霧の中に、大口を開けた洞口。唸り声の様な風音。微かな潮の匂い。

 鳥居やしめ縄が有れば、2人は神社を護る狛狐の様で、その風景は不気味と言うより、どこか神聖で、厳かな空気を感じた。


「では、お二人ともお気を付けて」

「いってらっしゃいませ。やっちゃんによろしくね」

「……はい。行ってきます」


 またここに戻って来れるのかは分からないけれど、そう出来るのなら、きっと恭奈と一緒に。

 願いながら、暖簾の海へ進んだ。



 数枚の暖簾を超えると、辺りはすっかり暗闇だ。聞こえるのは、2人分の呼吸と足音だけ。方向感覚を失わないよう、顔面に纏わりつく暖簾を鬱陶しく捌きながら歩みを進める。


 未だ、夏那さんとは目が合っていない。

 会話はあれど、どこか素っ気ない受け答えで、また昨日の喫茶店での夏那さんに戻ってしまった。

 正直言って、寂しい。そして気まずい。

 柔らかな表情や言葉で接してくれていたのに。僕が調子に乗って薮をつついたせいで、怒らせてしまった。

 

 今更ながら、コミュニケーションの何と難しいことか。

 他者との触れ合いを避け、恭奈に依存していた事への報い、自業自得である。圧倒的経験値不足。距離感の測定ミス。余計な一言。


 ……今更後悔したって仕方がないか、こればっかりは。

 

 ふと、先導する足音が途絶えた。布の擦れる音と、砂利音から察するに、立ち止まった夏那さんは、こちらへ振り向いたようだ。


「はい」


 暫く待って発せられたのは、何かを差し出すようなニュアンスの、短い言葉。

 何か渡されるのかと手元を見るが、暗闇で何も目視する事が出来ない。

 仕方がないので、手探りしてみようと右手を前方へ伸ばすと、指先に細い物が触れる。

 ……指だ。

 やはり、夏那さんもこちらへ手を差し出していたようだ。

 何を渡されるのだろうと、彼女の手のひらを探るが、細い指と柔らかい皮膚に触れるだけで、何も見当たらない。


「……なんですか?」

「必要かと思って」

「何が?」

「手」

「…………?」


 手?が、何なんだ?

 意図が分からず、頭に浮かぶ疑問符。

 ……て……手。

 ……そう言えば、この場所で、同じようなシチュエーションが、あった、……ような。


「…………え、まさか……いや……」

「そのまさか。手を繋いであげないと、また泣いてしまうかと思って」

「──────ッ?!」



 なんと、華麗なしっぺ返し。

 そうだ、そうだった。何で好都合よく忘れているんだ。

 いや、忘れたかったのか。

 歩道橋での一件も、此処で半泣きになって、手を引いてもらったことも。

 情けな過ぎて、忘却していた。


 今朝だってそうだ。昨晩の海辺での事を無かったことにして欲しいと、身勝手に願った。

 自分の失態は棚に上げて、いや、ゴミ箱に捨てて、”無かった事にしてくれていた”夏那さんの羞恥心を掘り起こした。


 情けなくて、恥ずかしくて、固まる僕。

 嗚呼、良かった、真っ暗で。

 赤面して、若干涙目なのはバレていない。きっと。


「………ップ、ははは!」


 暗闇から、少女の様な明るい笑い声。

 触れたままの手と、漏れる息で揺れる暖簾から、フルフルと震えながら笑っているのが分かる。


「これでおあいこ、ね」

「…………え」

「大人気ないのはもうお終い。お互いに、気にするのは止めましょう。」

「あ、えっと……いいんですか?」

「わたし貴方よりお姉さんだから。大人がそれで良いって言っているんだから、いいの」


 若干諭す様に言って、夏那さんは差し出したままだった手を引く。

 

 なるほど、これが大人の対応というやつか。と、関心しつつも、なんだか母親に優しく説教をされた後みたいな気持ちだ。などと思う自分を、またしても情けないとなじる。

 しかしまあ、この情けない思考も、己の至らぬ部分なのだと受け入れて行くしかないか。

 ふうっと、止まりかけた息を吐き出し、腹を括った。


「……はい、じゃあ、お言葉に甘えて」

「ん」


 夏那さんは再び振り返って、暖簾を割り進んでいく。

 少しずつ遠ざかって行く気配を感じながら、腹を括った……もとい、()()()()()僕は、正直また手を繋ぎたかったな。などと思いながら、その後を追った。

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