キミヲツクル③
「ああ、空は置いてきたのか」
「明日は褒めてあげないとね~」
「というか、どうして山雀くんも一緒に戻ってくると分かったの?」
「オレの狐の勘!なんかそんな気がしたんだよね」
「お前の勘は妙に当たるからな。他はいい加減だが」
「あおくんひど~い!泣いちゃうよ?オレ。三日三晩泣き続けて青色になっちゃうよ?」
「いいぞ、目障りだから外でやってくれ」
「デザートってあるのかしら?」
大量の料理に舌鼓を打ちながら和気あいあいと、そして賑やかに宴会は進む。
三人は気心の知れた仲のようで、会話が絶えない。
"お嬢"と呼ばれる夏那さんと、呼ぶ二人は実際、どんな関係なのだろう?呼び名だけであれば主従関係があるように思うが、それにしてはフランクだ。
だが家族……兄妹というのにも、少し違和感があるだろうか。
「口に合うか?」
「あ……はい!美味しいです、すごく」
料理の感想を聞いた青葉さんは「そうか」と満足そうに頷く。
実際、どれも本当に美味しいし、それに楽しい。
父はいつも帰りが遅いので、基本的に食事は頭の中の恭奈と二人きりだ。それに比べれば、今日の夕食は賑やか過ぎるくらいだ。
恭奈が居たら。
話題が変わる度にそれを考える。考えると言うか、勝手に決めて行く。
それが明日、確実に恭奈と出会う為に必要な事なのだ。
言葉と共通認識による体現。と、夏那さんが難しい言い方をしていたか。とにかく、4人で恭奈の話をした。たわいも無い内容だ。
卓上の料理の中で、何が1番美味しいと言うか?
たぶん、茶碗蒸しだと思う。きっと甘い物も好きなんじゃ無いだろうか。
どんな容姿だろうか?
双子みたいにそっくりだったら面白いな。性格は似てないけれど、自分と同じものがあると嬉しい。
髪型は?
長くはないような気がする。でも、こだわりがありそう。
趣味は?
一緒に観た映画の主題歌をよく口ずさんでいた。きっと歌うことが好きなんだと思う。
好きな動物は?
猫だろうか。野良猫を見かけては可愛いと喜んでいた。
「え〜そこは狐じゃないのかあ〜」
ムウッと、わざとらしく口を尖らせた紅葉さんが拗ねながらゼリーを口に運ぶ。
宴会料理はあっという間に平らげられ、今はデザートタイムだ。鮮やかな色が閉じ込められたフルーツゼリー。恭奈は喜びながら食べると思う。
「狐は…あまり馴染みがないので」
「そうなのか?その辺にたくさんいるけどな」
「オレもあおくんも狐だしね」
「え、そうなんですか?人の耳だからてっきり…」
気まずそうに、青葉さんは自身の頭をさする。ちょうど狐耳が生えていそうな箇所だ。
「…紅葉はともかく、俺には似合わんだろう。それに邪魔なんだよ、耳も尾も」
「まー分かるよ、オレも尻尾は引っ込めてるしね」
脱着…?いや、収納…?が可能なものなのか。
「私は可愛いと思うけれど。いいじゃない、愛嬌があって」
「お嬢、俺に愛嬌を求めてどうするんです」
そう言えば、既に3つ目のゼリーに手をつけ始めている夏那さんはどうなのだろう。もしかしたらこの人も、僕と同じような人間ではないのかもしれないのか。
気にはなる。が、どちらでも良いと思う。
人だとしても、そうじゃないとしても。薄縹夏那が、僕を見てくれて、待ってくれた事に変わりは無いのだから。
などと考えながら、脳内で狐耳と尾の生えた夏那さんを想像したのは秘密である。
*
母屋から離れ、海岸へ出る。
夕食の後に風呂まで用意してもらい、今は寝巻きとして渡された浴衣姿だ。湯上りで火照った体に外気が心地よい。
外へ出る前に見た時計の短針は9と10の間を示していた。本来ならすっかり暗くなり、月の上る時刻だ。
が、ここ竜宮城の空は相変わらず雲と霧で覆われ、仄暗い灰色で時間が止まっている。
恭奈は今頃、どうしているのだろう。
夕方にホテルのフロントから呼び出しをした際には不在だったが、もう戻っているだろうか。
当初泊まる予定だったビジネスホテルには恭奈一人きり。対して、先行した恭奈のおかげでフロントマンに訝しまれた僕は、旅館さながらのなもてなし。
待遇の差を知ったら、きっと怒るだろう。勝手に居なくなった方が悪いと思うけれど。
目を閉じて、まだ見ぬ姉の姿をの想像する。あるいは創造か。
8年間一緒だった姉の声。声が無ければ、生きていけないとまで思っていた。
なのに1人の方がずっと生きやすいだなんて、僕は薄情だろうか。声が聞こえないほうが、頭の中が静かで、自分を一個人として俯瞰して考えられるなんて、ずっと僕を導いてきてくれた恭奈に対しての、裏切りなんじゃないか。
冷たい潮風を吸い込んで、後ろめたさと一緒に吐き出す。
ずっと恭奈に依存して生きてきた。でもそれは恭奈もだったんだ。僕が存在しなければ、恭奈もまた存在することが出来ない。────はずだったんだ、今日までは。
結局、どうして恭奈が僕から離れたかは分かっていないけれど、分からなくてもいいと思う。1人になったから、恭奈に逢えるのだから。
逢いたい。恭奈に逢いたい。戻ってきて欲しい。
まだ不安に思う気持ちはあるけれど、怖いとさえ思うけれど。それでも、逢いたい。
「恭奈…………」
「うん、何かしら」
心臓が飛び出るかと思った。
振り向くと、すぐそこに浴衣姿の夏那さんが立っていた。僕と同じく湯上りのようで、ほんのりと頬が赤らんでいるように見える。
物思いにふけりすぎて、砂利の踏まれる音にも気が付かなかった。いや、波の音に消されていたのかもしれない。
「呼んだでしょう?」
言いながら、夏那さんは髪を耳にかける。耳たぶにには小さなピアス穴がある。
ドキドキと煩く鳴り始める単純すぎる心臓に、我ながら呆れる。
「いや、今……は、姉の事を考えていて……」
「あら、そうなの?呼ばれたのかと思った」
ああ、そうか。似ているんだ、響きが。
2人の名前、"ナツナ"と"ヤスナ"。もしかしたら、僕がこの人に感じる懐かしさはそのせいなのかもしれない。
勝手に親しみを覚えて、なんだか近しい人に思えて、それで昔の記憶が掘り出されているのかも。
「明日は早朝からホテルに向かいましょう」
「やれるだけの事は出来たと、思いますか?」
「十全とは言えないわね。でも、貴方には時間がない。やってみるしかない」
「もしうまくいかなかったら僕は、消えると思いますか?」
夏那さんは数秒無言で僕を見てから、少し厳しい表情になって答える。
「どうなるかはその時になってみないと分からない。『うまくいかない』なんて、やる前から言うものじゃないわ」
「……はい。一緒に、行ってくれますか」
「あたりまえでしょう、私が着いてこさせてたんだから」
今度は優しく微笑んでくれた琥珀の瞳を見て、気が付いた。
僕はこの人に姉じゃなく────"お母さん"を、重ねていたんだ。




