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葛葉の澱  作者: 蟹むすび
二羽雀
11/13

キミヲツクル③

「ああ、くうは置いてきたのか」

「明日は褒めてあげないとね~」

「というか、どうして山雀くんも一緒に戻ってくると分かったの?」

「オレの狐の勘!なんかそんな気がしたんだよね」

「お前の勘は妙に当たるからな。他はいい加減だが」

「あおくんひど~い!泣いちゃうよ?オレ。三日三晩泣き続けて青色になっちゃうよ?」

「いいぞ、目障りだから外でやってくれ」

「デザートってあるのかしら?」


 大量の料理に舌鼓を打ちながら和気あいあいと、そして賑やかに宴会は進む。

 三人は気心の知れた仲のようで、会話が絶えない。

 "お嬢"と呼ばれる夏那なつなさんと、呼ぶ二人は実際、どんな関係なのだろう?呼び名だけであれば主従関係があるように思うが、それにしてはフランクだ。

 だが家族……兄妹(きょうだい)というのにも、少し違和感があるだろうか。

 

「口に合うか?」

「あ……はい!美味しいです、すごく」


 料理の感想を聞いた青葉あおばさんは「そうか」と満足そうに頷く。

 実際、どれも本当に美味しいし、それに楽しい。

 父はいつも帰りが遅いので、基本的に食事は頭の中の恭奈やすなと二人きりだ。それに比べれば、今日の夕食は賑やか過ぎるくらいだ。


 恭奈が居たら。

 話題が変わる度にそれを考える。考えると言うか、勝手に決めて行く。

 それが明日、確実に恭奈と出会う為に必要な事なのだ。

 言葉と共通認識による体現。と、夏那さんが難しい言い方をしていたか。とにかく、4人で恭奈の話をした。たわいも無い内容だ。


 卓上の料理の中で、何が1番美味しいと言うか?

 たぶん、茶碗蒸しだと思う。きっと甘い物も好きなんじゃ無いだろうか。


 どんな容姿だろうか?

 双子みたいにそっくりだったら面白いな。性格は似てないけれど、自分と同じものがあると嬉しい。


 髪型は?

 長くはないような気がする。でも、こだわりがありそう。


 趣味は?

 一緒に観た映画の主題歌をよく口ずさんでいた。きっと歌うことが好きなんだと思う。


 好きな動物は?

 猫だろうか。野良猫を見かけては可愛いと喜んでいた。


「え〜そこは狐じゃないのかあ〜」


 ムウッと、わざとらしく口を尖らせた紅葉さんが拗ねながらゼリーを口に運ぶ。

 宴会料理はあっという間に平らげられ、今はデザートタイムだ。鮮やかな色が閉じ込められたフルーツゼリー。恭奈は喜びながら食べると思う。


「狐は…あまり馴染みがないので」

「そうなのか?その辺にたくさんいるけどな」

「オレもあおくんも狐だしね」

「え、そうなんですか?人の耳だからてっきり…」


 気まずそうに、青葉さんは自身の頭をさする。ちょうど狐耳が生えていそうな箇所だ。


「…紅葉はともかく、俺には似合わんだろう。それに邪魔なんだよ、耳も尾も」

「まー分かるよ、オレも尻尾は引っ込めてるしね」


 脱着…?いや、収納…?が可能なものなのか。


「私は可愛いと思うけれど。いいじゃない、愛嬌があって」

「お嬢、俺に愛嬌を求めてどうするんです」


  そう言えば、既に3つ目のゼリーに手をつけ始めている夏那さんはどうなのだろう。もしかしたらこの人も、僕と同じような人間ではないのかもしれないのか。

 気にはなる。が、どちらでも良いと思う。

 人だとしても、そうじゃないとしても。薄縹夏那が、僕を見てくれて、待ってくれた事に変わりは無いのだから。


 などと考えながら、脳内で狐耳と尾の生えた夏那さんを想像したのは秘密である。





 母屋から離れ、海岸へ出る。

 夕食の後に風呂まで用意してもらい、今は寝巻きとして渡された浴衣姿だ。湯上りで火照った体に外気が心地よい。

 

 外へ出る前に見た時計の短針は9と10の間を示していた。本来ならすっかり暗くなり、月の上る時刻だ。

 が、ここ竜宮城の空は相変わらず雲と霧で覆われ、仄暗い灰色で時間が止まっている。

 

 恭奈は今頃、どうしているのだろう。

 夕方にホテルのフロントから呼び出しをした際には不在だったが、もう戻っているだろうか。

 当初泊まる予定だったビジネスホテルには恭奈一人きり。対して、先行した恭奈のおかげでフロントマンに訝しまれた僕は、旅館さながらのなもてなし。

 待遇の差を知ったら、きっと怒るだろう。勝手に居なくなった方が悪いと思うけれど。


 目を閉じて、まだ見ぬ姉の姿をの想像する。あるいは創造か。


 8年間一緒だった姉の声。声が無ければ、生きていけないとまで思っていた。

 なのに1人の方がずっと生きやすいだなんて、僕は薄情だろうか。声が聞こえないほうが、頭の中が静かで、自分を一個人として俯瞰して考えられるなんて、ずっと僕を導いてきてくれた恭奈に対しての、裏切りなんじゃないか。


 冷たい潮風を吸い込んで、後ろめたさと一緒に吐き出す。


 ずっと恭奈に依存して生きてきた。でもそれは恭奈もだったんだ。僕が存在しなければ、恭奈もまた存在することが出来ない。────はずだったんだ、今日までは。

 結局、どうして恭奈が僕から離れたかは分かっていないけれど、分からなくてもいいと思う。1人になったから、恭奈に逢えるのだから。

 逢いたい。恭奈に逢いたい。戻ってきて欲しい。

 まだ不安に思う気持ちはあるけれど、怖いとさえ思うけれど。それでも、逢いたい。


「恭奈…………」

「うん、何かしら」


 心臓が飛び出るかと思った。

 振り向くと、すぐそこに浴衣姿の夏那さんが立っていた。僕と同じく湯上りのようで、ほんのりと頬が赤らんでいるように見える。

 物思いにふけりすぎて、砂利の踏まれる音にも気が付かなかった。いや、波の音に消されていたのかもしれない。


「呼んだでしょう?」


 言いながら、夏那さんは髪を耳にかける。耳たぶにには小さなピアス穴がある。

 ドキドキと煩く鳴り始める単純すぎる心臓に、我ながら呆れる。


「いや、今……は、姉の事を考えていて……」

「あら、そうなの?呼ばれたのかと思った」


 ああ、そうか。似ているんだ、響きが。

 2人の名前、"ナツナ"と"ヤスナ"。もしかしたら、僕がこの人に感じる懐かしさはそのせいなのかもしれない。

 勝手に親しみを覚えて、なんだか近しい人に思えて、それで昔の記憶が掘り出されているのかも。


「明日は早朝からホテルに向かいましょう」

「やれるだけの事は出来たと、思いますか?」

「十全とは言えないわね。でも、貴方には時間がない。やってみるしかない」

「もしうまくいかなかったら僕は、消えると思いますか?」


 夏那さんは数秒無言で僕を見てから、少し厳しい表情になって答える。


「どうなるかはその時になってみないと分からない。『うまくいかない』なんて、やる前から言うものじゃないわ」

「……はい。一緒に、行ってくれますか」

「あたりまえでしょう、私が着いてこさせてたんだから」


 今度は優しく微笑んでくれた琥珀の瞳を見て、気が付いた。

 僕はこの人に姉じゃなく────"お母さん"を、重ねていたんだ。

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