七話 漢の友情
私が剣道を好きな理由は、いつだって健太と空良だ。
多分、健太と空良がテニスをしていたらテニスを、空手をしていたら空手を今の剣道と同じくらい好きになっていただろう。それほど、"健太と空良がしている剣道"が小学生の頃から好きだった。
だから、他の人の剣道に全く興味がなかった。そんな私が初めて、健太と空良以外の人の剣道姿に興味を持った。それが茜根だ。
そんな茜根と私がお似合いだと周りから言われたのは、新歓が終わった頃だ。
たまたま二人でいる所をよく先輩たちにも見られているのか、付き合ったのかと聞いてくる先輩もいた。
確かに仲は良いし気も合うと思う。
でも茜根は剣道に一筋だし、私はマネージャーの仕事に精一杯でそれどころでは無かった。
そんな私たちの関係が変わったのはゴールデンウィーク前だった。
ある日の練習中、私はみんなのボトルを持ちながら足を止めた。少し離れた所で茜根が素振りをしているのが見え、体が勝手に止まり目線は茜根に釘付けだった。
茜根と目が合いそうになりすぐに我に返り仕事に戻った。茜根が気付いていない事を願っていたが
「どこかフォームおかしかった?」
と茜根が心配そうに聞いてきた。
気付かれていたと恥ずかしながらも正直に答えた。
「茜根のフォームは本当に綺麗だよね。見惚れる」
「良かった。なんか険しい顔で見てたからフォーム崩れてるかと思った」
あの凛々しい姿からは、想像もできない笑顔が溢れていた。
そして私は、高校最後の試合を思い出した。
「私、高校の時に一度だけ茜根のこと見てるんだ」
「えっ!話したことは無かったよね?」
「話したことはないよ。最後の年の国体。あの決勝戦見てたんだ」
そこからは少しだけ、去年の話をした。
茜根にとっては地元国体で、私には想像できないくらいのプレッシャーに押し潰されそうになったらしい。話を聞いていてすごく興味深かった。
私は当時空良を応援してたけど、対戦相手もこんなに色んな思いを背負って戦っていたのかと思うと、私が忘れられないあの瞬間に納得がいった。
私の記憶に残り続けるあの一戦。
この人を尊敬するしかない。私はそう思った。
あの日以降、私は茜根の練習中の姿から目が離せないでいた。
しかしゴールデンウィークの最終日、そんな茜根から思いもよらない言葉をかけられた。
その日は一日だけ練習がオフになり、私たちは同期ですぐ相談し近くの川でバーベキューをすることになった。
その日は、バーベキュー日和の天気で最高のオフだった。男子が焼いてくれたお肉をたくさん食べ、休憩していると茜根にこっそり呼び出された。
そして「好きだ」と告白された。
私は驚きを隠せずにいた。
茜根もすぐに返事が欲しい訳では無く、ただ自分の気持ちを伝えたかったからと言った。
「返事は急がないよ。みんなの所戻ろう」
そう言ってその話は終わった。
それから私はしばらく考えた。
私が高校生の頃に、空良を諦めてからそれ以降は恋愛をしてこなかった。
決勝で空良と戦った茜根のことは、その時から恋愛感情では無くどこか私が茜根のファンの様な、手の届かない存在だと思っていた。
たまたま同じ大学に進学し、同じ部活にいるだけで今も尊敬している方が大きかった。
急に推しのアイドルから告白された様な感覚だった。
これが恋愛感情なのかどうかも良く分からなかった。
一歩踏み出し次に進もうと、茜根と付き合うことも考えた。
でも一つ気になる事もあった。
それはもちろん空良のことだ。
私は本当に、空良の事は諦めがついたのか...。
あんなに長年思い続けてた空良を、簡単に諦めるこ事は可能なのか...。
空良との恋愛について、意図的に考えない様にしていただけでは無いのか...。
それに、こんな中途半端な状態で、あの茜根と向き合うのは申し訳ないと思った。
数日後、私は茜根の告白を断った。
私の中で今はまだ恋愛をする時期では無いと判断した。茜根にもきちんと説明し元のチームメイトに戻った。
この日から茜根とは、今まで通り、何事も無かったかの様に選手とマネージャーの距離を保てている。
これは完全に茜根の気配りが素晴らしすぎた。
そんな私たちを見て、波美は一言こう言った。
「もったいない」
波美にはバレていた。と言うか、茜根が私に好意を持ってくれていた事を波美は知っていた。
私もそう思う。
いやでも、私にはもったいなさすぎる。
茜根とは普通に接している反面、空良と会うと少しドギマギした。
最近、やたらと空良な事を考えてしまう時間が増えた。
鍵を無くして封印していた箱。
その箱の鍵が見つかり、開けようとしている。
私の心はそんな感情だった。
開けてしまえば、一体この感情はどうなってしまうのだろうか。
不安で不安で仕方がない。
そんな時に限って、私達は最近よく会う。
と言うより、健太がよく私達を集めては夜ご飯を一緒に食べるようになった。
大学生になり、最初だけかと思っていたら、この招集は二回生になっても続いた。
結局私達は、大学生になった今でも親友、幼馴染としてずっと一緒にいた。
「もうその会話するの何回目?」
空良が私に呆れてる。
どうやら今日この会話をするのが三回目らしい。
同じ会話を何回も聞く空良も可哀想だ。
最近休みの日が合うと、三人で飲みに行く事が増えた。
空良はお酒が弱い訳ではないが、酔うと急に語り始める。そして、自分の話した内容は一切覚えてないと言う少しめんどくさいタイプだった。
健太は私達三人の中では一番強い。
いつも一時間くらい時間が経つと、私は寝てしまい空良が語り始める。
その頃になると健太は酔いが覚め正常に戻るので、空良の聞き役になる。
私と空良は帰って来た記憶が無く、無事にそれぞれ自分の家のベットで朝を迎えた瞬間、健太に
『もう二度と健太様を困らせません』
と謝罪のメールを送らなければいけない。
しばらくは反省するが、大体は三ヶ月に一回くらいは謝罪のメールを健太に送っている気がする。
私は空良の語りを聞いたことが無い。
だから内容は分からないけど、健太曰く本当に聞きたくない内容らしい。
そしえ健太は、空良が話した内容を絶対に喋ろうとしない。
「俺は空良と約束したんだ。
この内容は誰にも言わないって」
と頑なに話さない。
私も最初は気になって、絶対に空良の語りを見逃さなにと気を張っていた。
しかし空良の語りは私が寝た時に限って行われるらしい。
いつしか私は、聞くことを諦めた。
私たちが大学になって初めて居酒屋に行ったのは、三人が二十歳になった空良の誕生日の時だった。
それから毎年、誰かの誕生日は予定を合わせてお祝いしている。
と言っても、初めての居酒屋はあまり記憶に無い。
空良もあまり記憶が無く、健太だけは衝撃的な事実が発覚したと鮮明に覚えてるらしい。
「空良、やっと二十歳おめでとう〜」
私達は三人で初めてお酒を乾杯をした。
「ありがとう」
空良も初めてのお酒を勢いよく飲む。
「これ二人からプレゼント」
予め欲しい物を聞いていたので、それをプレゼントした。
「ありがとう、大事にします」
袋を抱きながら言ったのが可愛かった。
「今日は好きなだけ食べて好きなだけ呑んでいいよ!私達の奢りだから」
そしてしばらくは食べながら話をしていた。
ここまでは記憶がある。
今日はいつもよりたくさん呑んでしまったかもしれない。ここから先は覚えていない。私はどうやら寝てしまっていたらしい。
「僕は……蘭が好きだった……」
「…………は?」
俺は空良を二度見した。
でも空良に俺の声は届いていない。
「俺は……蘭が好きだ」
「…………まじか」
俺は頭を抱えた。
俺の頭が真っ白になった。
その隣で酔って顔を真っ赤にしながら、そして半分泣きながら空良が話している。
これは本心なのかと疑問になったが、どうやら長年ずっと片思いをしていたらしい。
「絶対に蘭には言うなよ。……俺がまだ……好きだってこと。俺は……」
泣きながら話す空良を見ているのが辛くなってきた。
でもこれを蘭に聞かれたらまずいと思ったが、横で爆睡している。
少し安心し、これ以上話をさせるのは危険だと思い強制的に空良を黙らした。
お開きにして二人を家に届けた。
俺は自分の家に帰ってから我に帰った。
次に二人と会う時、俺はどうしたらいいんだと。
でもその心配は必要なかった。
翌日、二人からメールが来た。
『昨日の記憶が全く無い。どうやって家に帰ってきたの?』
二人とも似たような内容だった。
一応、置き手紙に健太と書いていたので僕にメールしてきたのだろう。
覚えていないのならその方が良いと思い、俺は謝罪のメールに
『もう二人とは二度と呑みに行かない』
と返した。
大変な思いをするのは俺だけだと思い、その日はそう返信したがしばらくするとまた二人に会いたくなって俺から誘っていた。
蘭が寝て空良が語り始めるこの現象は、その後もたまにあった。
必ず蘭が寝た後に空良が語り始める。
だから蘭が聞くことは一度も無かった。
空良はいつも話し始める時、実はね……と初めて打ち明けるかのように蘭への思いを語り始めた。
「俺は蘭が好きだ」
俺は三回目以降から、この現象が起こると空良が黙るまでずっと頷くだけにしていた。
どんなに俺が良いコメントをしても、次の日にはこの会話ごと記憶が無くなっているから意味が無い。
これで蘭への思いを語ったのは何回目か分からないが、毎回新しい情報を一つくらい残していく。
俺の知らない所で、こんなことが起こっていたのかと何回か驚くことはあるが、基本は蘭が好きだけど俺らの関係を壊したくないから、親友のふりをして気持ちを誤魔化していると繰り返し語っていた。
そんなに好きなら、告白して吹っ切ればいいのにと思っていたら、ある日新しい情報として中学生の時に蘭に告白していることが分かった。
二人が付き合ったことが無いことから、空良は振られたのだろう。
「俺……実は……蘭のことが好きなんだ」
また始まった。
今日は蘭が来れなくて二人でご飯を食べていると、すぐに酔い、語り始めた。
(俺はまだ、ほとんど何も呑んでいないのに……。)
俺は酔う暇もなく聞く羽目になった。
シラフで聞くのはなかなか辛い。
でも今日は新しい情報がたくさん聞けた。
俺は最近、この状況に慣れたのか、少し聞くのが楽しみでもある。
「蘭に……告白したんだよ。そしたら何て答えたと思う?」
確かに俺もその回答は気になる。
「遅いよ……だってさ」
俺の頭はすぐにハテナマークでいっぱいになった。
「待てよ。遅いってことはもしかして……」
俺は久しぶりにこの会話に入った。
初めて聞いた日と同じ様に、頭を抱えながら。
「そのちょっと前に歩夢と付き合い始めたんだよ」
空良が悲しそうな顔をしている。
そして俺はもう一つ衝撃的な事実を知る。
「蘭の誕生日、高校生になってやっと付き合えたのに……蘭は忘れてしまった」
つまり、一回目はタイミングが合わなくて、二回目は付き合えたけどその日に蘭は発作が起こり、記憶が無くなってしまったと。
結局二人は結ばれなかったと。
俺は短時間で頭をフル回転させて整理した。
俺は久しぶりに空良の語りで頭が真っ白になった。
蘭が倒れてからの空良の行動にやっと納得がいった。
横でずっと見ていた俺は、空良が相当辛い思いをしながらも、それを周りに気付かれない様に必死に隠していたんだろうと。
空良を思うと胸が痛かった。
そんな空良が、自分で気持ちを隠して友達のままいると決めた。
俺は、その意見を尊重しようと思った。
それにしても、空良は気持ちを隠すのが上手だった。いや、それとも俺が鈍感過ぎたんのかもしれない。
ずっと隣にいる俺も、空良から聞くまで気づかなかったくらいだ。
それだけ意思は固いんだと感じた。
だからこの時俺は、これからも空良の気持ちに知らないふりをして過ごそうと心に決めた。
大学三回生の頃、蘭も誘ったが部活で来れなくて空良と二人で焼肉屋に行ったことがあった。
その日は、あまりお酒を飲まずにお肉を楽しんだ。
だから俺達は全く酔っていない。
空良が改まって話したいことがあると言ってきた。
「健太、驚くなよ」
そう言いながら、どこか落ち着きが無い様子だった。
俺は何があったのか、それとも二人に進展があったのか、それとも蘭がまた体調を崩したのか、気になって仕方がなかった。
空良が尋常な程に構えている。
よっぽどの大きな出来事があったのだろう。
空良がこんなに真剣に話すのは珍しかった。
そんな空良の空気感が、俺にも移りそうな程だ。
「なんだよ、早く言えよ」
空良が溜めれば溜まるほど、緊張した。
「僕実は、ずっと蘭が好きなんだ」
............………………。
「……あそう」
「え?」
「え?」
俺も聞き返した。
「なんで驚かなの?」
俺は本当に感心した。
溜めて溜めて、話したかった会話がこれかと。
今までの事を本当に覚えてないんだと。
「もうその話は何回も聞いてる。
……すみませーん、ねぎ塩タン追加で」
「ちょっと待って、
俺言うの初めてだけど?
もしかして、蘭の誕生日に付き合った事も?」
空良が慌てるのは新鮮で面白かった。
この後俺は、今までの空良の語りを全部説明した。
空良はと言うと、信じられないけど俺の話してる内容が全部あっている事から、顔を真っ赤にしながら頭を抱えていた。
俺だって頭を抱えたい。
蘭にこの話は聞かれてない事と、俺は誰にも言ってなこともきちんと伝えた。
本当に自分の行動が信じられないのか、時間が経ってもまだ驚いている。
空良に本当にこれで良かったのかと聞くと、
「仕方ない。
今の関係がベストだと信じてる。
後悔はあるけどね」
少し寂しそうな空良を忘れないだろう。
そんな空良のことを抱きしめようと思ったが、凄い顔で拒否された。
すぐに追加した空良の好物のねぎ塩タンが届いたので、俺も好きだけど、今日は全部空良のために焼いてあげた。
とにかく俺は、この秘密から解放された。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。初心者なので、足りない点が多いと思います。感想や評価などお待ちしております。よければ、続きもお待ち下さい。