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六話 再会



 桜が満開になった頃、私は新しい世界に飛び込もうとしていた。

中学生の頃は、大学生なんて凄く大人で憧れの存在だった。

でもいざなってみると、今の自分は過去に想像していた大人とはかけ離れ、なんならまだ心は中学生のままだった。


そんな私でも、いよいよ大学生になった。




「うわっ……すごい人だらけ」


校舎の中は、部活の勧誘をしている先輩たちで溢れている。


「部活入るの?」


波美が尋ねてきた。


波美は中学、高校と同じ青藍で、この大学には剣道の推薦で入学する程のスポーツマンだ。

そもそも、学校では剣道部と書道部は接点が無い。クラスも高校二年生の時だけ同じで、話した事はある。

でもグループは違った。


仲良くなったのは、同じ大学に行くことが分かってからで、よく話すようになりその時初めて連絡先も交換した。

気が合い一緒にいて楽しいので、もっと早くから友達になりたかったなと今では思う。



「一緒に剣道部に入ろうっかな…」

私は独り言のようにつぶやいた。

波美は、目を見開いてこっちを見ている。


それもそのはず。

剣道は愚か、スポーツ自体しているのを見せたことが無いくらい私は書道一筋だった。

中学の頃は、賞をたくさん獲るくらい部室にこもり練習していたから、てっきり書道部に入るものだと思い込んでいるのだろう。それに、波美は言わないだけで、私の病気の事は知っている。



 部活の勧誘活動から一週間がすぎ、大学の雰囲気にも慣れて来た頃、私たちは食堂でお昼休憩をしていた。

私と波美は、授業もほとんど同じで長い時間を一緒に過ごしていた。






 高校最後の健太と空良の全国大会。

全国で活躍する様な選手だから、きっと陰で私には想像出来ないほどの努力をしてここまで来たのだろう。

それに、練習終わりにはほぼ毎週、私の相手をしてくれていた。


あの頃、どんどん前に進む健太と空良をただ後ろから眺めているだけだった。

同じ様に過ごして来たのに、二人は私を置いてどんどん遠くに行ってしまう。


それでも二人の事を私は、凄く誇らしかった。



 

 今日は、そんな二人の集大成でもある最後の全国大会がある日だ。


私は体育祭以降、本当に見違えるくらい体調が良くなり応援に行けるまで復活した。

私は剣道を見るのが好きだ。

剣道のあの会場の雰囲気も好きだった。


でも一番は、二人の剣道の姿が好きなんだと思う。

特に、どんなに広い試合会場でも、どんなに人がいようとも、空良を見つけるのは一瞬だった。


体調を崩してからは中々応援に来れなかったので、この日は本当に楽しみにしていた。


私達の今の関係は本当の親友だ。


空良の想いを諦める時、時間が掛かるだろうなと思っていた。

でも割とすぐに意識しなくなった。


やっぱりそれだけ、あの倒れた瞬間を見られる事は、私にとっては嫌だったんだ。

だからか気持ちもすごく楽になった。


今日は純粋に大親友である二人の応援をしに来た。


そこで私は、ある一人の選手に惹かれてしまった。




 二回戦で健太が負けた。


「俺の実力で、全国まで来ただけで凄いよ」

涙をグッと堪えながら、自分を褒めていた。


健太は大学では剣道をしないみたいだ。だから今日が最後の全国大会だった。


「お疲れ様。カッコよかったよ」


私の言葉で健太の涙腺は崩壊した。


こうして、健太の剣道人生は幕を閉じた。


健太は、自分の目標は達成できたと満足そうにしている一方で、空良の試合が始まるとどこか落ち着きがなかった。

健太も空良の優勝を、心から願っていたからだろう。



空良は順調に勝ち進み遂に決勝まで来た。

空良がこの試合に勝てば、初めての優勝だった。

今日のこの一戦に勝つため、今まで練習してきたのを知っているからこそ健太と私も肩に力が入っていた。


勝利を願う手には汗が滲み私も緊張していた。

でも試合が始まると、さっきまで空良を追っていた目線がなぜか対戦相手に変わっている。


空良の応援に集中しなければと必死に空良の姿を目で追うが、やっぱり対戦相手に目が行ってしまう。

その選手はそれほど、強く美しく凛々しい姿だった。


名前も知らないその選手に見惚れている間に、試合は終わってしまっていた。


結果は空良の惨敗。

健太も横で悔しそうにしていた。


「今日こそはいけると思ってたのに」


健太の悔しそうな声が聞こえる。


「相手、強かったね」

「あいつは、空良が唯一勝てない相手だ」


健太も相当悔しかったのだろう。

久しぶりに応援に来たから知らなかったけど、相手は空良が目標としライバルとしていた選手だそうだ。

準優勝でも十分に凄く、私にも勇気をくれたのに目の前にいる空良はどこか切なそうだった。


「応援ありがとう。負けちゃったけど」

「そんなことないよ。お疲れ様。かっこよかったよ」


「蘭がそう言うならいいか」

空良が冗談ぽく話していたが実際は相当悔しかったと思う。



 その後、表彰式になり選手が集まって行くのを私は観客席から見ていた。

何となく見ていると、やっぱり彼に目が行った。


表彰式の場でも凛とした姿は変わらなかった。

一位の場所に立っているからか、余計に逞しくそれでいてどこか謙虚な姿勢が私を釘付けにした。


試合が終わった後も、名前も知らない選手の綺麗なフォームが頭から離れなかった。


この時は想像もしていなかった。

これから私たちは同じ大学に通い、同じ部活で日々を共に過ごすチームメイトになるなんて…。






「そう言えば、部活決まった?」

と波美から聞かれたので、

「剣道部でマネージャーする」

と私は答えた。


あれから数日考え、波美と一緒の剣道部に入部することに決めたのだ。


波美は「そう」とだけ答えた。


チャイムがなったのでこの話は終わったが、私には分かる。

剣道部に入ると言った瞬間から、教室の移動中である今も、隣でずっとニヤニヤし嬉しそうにしているのだ。

その顔を見ながら、私も一緒にニヤニヤしていた。

でも、うちの大学の剣道部はレベルが高いチームだ。

生半可な気持ちで入部する訳にはいかない。

なので気を引き締めてしっかりサポートしようと誓った。


後日、部室に行き正式に剣道部のマネージャーになった。

推薦組は、すでに入学前から練習に参加していたので、私は少し遅れての入部だった。




 剣道部の新入生は九人で、波美のおかげもあり他の女子二人とはすぐに仲良くなれた。

新入生は全員推薦で入学した為、そこそこの実力はあるのだろうと思っていたが、男子の輪の中に意外な人物が一人いた。

去年の決勝戦で空良と対戦した選手だ。

無意識に目で追ってしまう。


 彼の名前は、茜根春樹。

見すぎていたのだろう。

目が合うと我に返り、まだ話したこともなかったので少し頭を下げて女子の会話に戻った。


剣道部は男女一緒に過ごすことが多い。

練習終わりの片付けは一回生の仕事なので、練習が終わってから夜遅くまで喋ったり、みんなでご飯を食べにいくことが多く、すぐに仲良くなれた。


私は男女兼任のマネージャーだ。

だから、全員とコミュニケーションを取る必要があったため特に仲良くなれた。



「綺麗だな」

思わず心の声が漏れた。


ゴールデンウィーク明けの大会に向け練習していたある日、確信した。

(茜根の剣道をしている姿が好きなんだ…)と。

去年、決勝戦で見た姿が何度も頭の中で再生されるほど、茜根の『剣道』に惹かれている。

気づけば、普段の練習中から無意識に茜根の姿を目で追いかけていた。





「では、只今より我が剣道部の新入生歓迎会を始めます!」


部長の挨拶と共に歓迎会が始まった。

入学してから一ヶ月。

大学生活は想像の何倍も楽しくて、想像よりはるかに忙しかった。


先輩たちは、新入生の歓迎というよりは同期で各々楽しんでる感じだった。

嫌な絡みがあるイメージだったが、そんなことはなかった。


私たちも九人で固まってその時間を楽しんだ。


たまたま隣に座った茜根は、男子の中で一番よく話す仲になった。

茜根は常に周りを見ているのか、マネージャーがやる私の仕事も良く手伝ってくれる。

気配りができる好青年だ。

周りのみんなに良い影響を与える選手だった。


マネージャーである私の仕事を、いつも手伝ってくれる茜根とは、特に仲良くなった。


これが全ての始まりだった。

私の心が再び動き出した。



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