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五話 三人の絆



高校三年生。

僕達は、気付けば最後の高校生活を送っていた。



「どうしよう…」


そして今僕達は、途方に暮れていた。

どうすれば、良いのだろうかと。


僕達は医者ではない。

だから、蘭の病気を治す事はできない。


でも、何か方法はあるかもしれない。

なのに、その方法が分からない。


どうしたら、蘭の世界が少しでも明るくなるだろうか。

どうしたら、生きる力が湧いてくるだろうか。


僕と健太は、学校の休み時間でさえ、その事ばかり考えていた。


気付けば、高校最後の年だった。



 "てんかん"と言う病名を僕は聞いたことが無かった。

調べてみるとネットには、百人に一人はてんかんと診断されていると書かれていた。

そして種類も多く、色んな症状があることが分かった。

中には、意識があり記憶も無くならないケースもあった。


でも蘭は違った。


薬は体に合わず、何回も倒れては、その前後の記憶が無くなる。

倒れると痙攣を起こし、痙攣はかなりの体力を使うのか、一人で歩けるまでに一週間はかかる。


やっと歩ける様になり、体力が戻ったと思っても、またその何ヶ月後には倒れて痙攣を起こす。

そんな日々の繰り返しに、いつの間にか蘭の笑顔が消えていった。


僕と健太も部活があり、強豪校で全国を狙っていたので蘭に付きっきりという訳にはいかなかった。


一層のこと、剣道なんてしていなければと思った事もあった。

でも時間があれば、出来るだけ蘭の側にいた。

蘭の部屋で、普通にいつも通りに過ごしていた。


三人で蘭の家で集まる時もあれば、健太が一人で蘭の家に行くこともあった。


その時も、蘭が無理をして笑っているのは分かっていた。分かっていて、僕達はずっと気づかないふりをしていた。



「もう来ないでほしい」


そんな日々が二年も続いたある日、蘭が僕達にそう言った。

相変わらず蘭は薬が合わず大変な日々を過ごしている。


蘭は僕たちの部活が忙しいから、無理して来なくてもいいよと話してくれた。


僕は正直、戸惑った。

やっぱり、迷惑なのかな…。

一人でいてたいのかな…。僕達は――。


「ふ〜ん。

この続き、明日の夜やるから勝手に進めんなよ!

俺、そろそろ帰るわ。

また明日」


「…え。私の話聞いてた?」


そう言って、健太は帰っていった。

僕も慌てて荷物を持って、健太の後を追いかけた。

側から見たら、蘭を一人置いてけぼりにしたみたいだ。


しかし健太は、何も無かったかの様に、次の日もまた蘭の部屋でゲームの続きをやり始めた。


僕達は蘭の意見を無視して、あれからもずっと蘭に会いに来ている。


いつしか蘭も諦めたが、納得するまですごく時間が掛かった。


ある日、蘭の部屋に鍵がかかっていた。


「おばさん、蘭の部屋に鍵が付いてる」

「あー、あれね。これで開くわ」


そう言って渡されたのが、五円玉だった。


「げっ!なんで!」


蘭は僕達が、普通に部屋に入ってきた事に驚いていた。どれ程必死に鍵を付けたのだろうか。


部屋の隅に置いてあった、器具とドライバーを見て少し可哀想になった。



ある日は、ドアを開けると上から何かが降ってきた。


ベチャッ。


よく見ればスライムだった。

しかもただのスライムではない。

色んな色を混ぜ合わせ、この世に存在しなさそうな、気持ち悪い色をしたスライムだ。


「毎日これをくらわす」


蘭は勝ち誇った顔をしていた。

僕の好きな顔だ。


僕達はスライムを回避する為、下敷きを頭の上に乗せ、蘭の部屋に入った。

そしてそのまま、僕と健太はスライムで遊ぶ。

高校生にもなって、スライムが懐かしかったのか、一時期はスライムで遊ぶのが僕と健太のマイブームだった。



「何で楽しんでんのよ!」


蘭の怒った顔は、久しぶりに活力が見えた。



いつかは、おもちゃの竹刀で一本取られた時もあった。


おもちゃと言っても、結構リアルで、普通に痛かった。

こちらかて、全国常連の本家だ。

避ける事は簡単だった。だが...


「健太先に行ってよ」

「何でだよ、あれ結構痛いんだよ」


当たると結構...いや、相当痛かった。


健太は後に、このお陰なのか僕の一本も避ける様になった。


他にも蘭らしい仕掛けが、数え切れないほど用意されてた。

一度決めた事は、やり遂げる蘭の性格が存分に発揮されていた。



「いつもごめんね」

帰り際に、蘭のお母さんから謝られた。


「でも最近は、少し楽しそう」


僕達は、蘭の仕掛けにとことん付き合う事にした。



それでも蘭の発作は続き、高校三年生になる前、蘭は学校に行かなくなった。

...いや、行けなくなった。


学校で何度か倒れてから、精神的に行けなくなったのだ。


「どうしたら良いんだろう」


僕と健太はずっと考えていた。

どうすれば蘭が元気になるだろうと。


考えた結果、とりあえず最後の体育祭に蘭を招待することになった。


どうなるか分からない。

余計に人前に行くのが、嫌になるかもしれない。

まず、来るかどうかも分からない。



しかしこれが、蘭の回復に力を付けた。




「蘭、今度の体育祭、来ない?」


できるだけ、さり気なく聞いてみた。


「んー…」


蘭はしばらく考えていた。


「...二人の学校だったら知ってる人もいないし」


蘭は少し悩んでから、お母さんに行っていいか聞いてみると笑顔で言った。


蘭のお母さんには、前もって許可を得ていたので後は蘭の気持ち次第だった。

だから僕と健太は顔を見合わせて静かに喜んだ。



 体育祭当日。

蘭の体力はまだ完全に戻っていなかった。

だから車椅子で行く事と、一日は無理だと判断し昼からお母さんと一緒に来ることが決まった。


昼からの僕が出る競技は、部活対抗リレーと借り物競走だった。

借り物競走が始まる少し前に、蘭から学校に到着したと連絡が来たので健太が迎えに行ってくれた。


借り物競争に間に合って良かったと思った。

僕の学校は、借り物競走のくじの内容が面白く、蘭も楽しく見学できるだろうと考えていた。


僕は借り物競争の招集が掛かったので、蘭を健太に任せた。

スタート位置で蘭の姿を探していると、大きく手を振っている健太を見つけ、そのすぐ横で車椅子に乗った蘭の姿が見えた。


遠くからでも笑っているのが分かった。

僕は、そんな蘭の様子を見て心から安心した。



 会場が盛り上がっている中、僕は自分の順番が来たのでスタートラインに立った。

横には同じ剣道部の河口がいた。


少しでも蘭に良い姿を見せたかった。

かっこいいと思って欲しかった。

今でもずっと蘭が好きなままだ。

僕は、あの日から抜け出せないでいた。



 僕の引いたくじには

『一番の親友』

と書いてあった。


(蘭と一緒に走ろうかな…)

そんな事を考えていたら、すぐ横で河口がくじの紙を広げているのが見えた。


「ちょっとごめん、交換」


「え、おい」


「仮は返す」


僕は、河口が持っていた紙と自分の紙を交換して、全速力で健太らの元に向かった。



「俺か?俺か?」


健太が自分を指しながら、大きな声で何回も聞いている。

その横で蘭も健太に何か言っていたが、流石にこの距離では聞こえなかった。


やっと二人の元に到着し、少し息を整えていると


「空良、俺と走りたいのか?

大好きな親友とかか?」


健太がやけに嬉しそうにしている。

そして走りたいのか準備体操までしだした。


健太は目立ちたがりだからと呆れながら、


「お前は一番の親友の方」


僕は蘭の目線に合わせて膝を付いた。


「一緒に走らない?」


健太を見ながら笑っていた蘭が、驚いた顔をしながら僕を見つめている。


「私こんなんだし走れないよ。二人で行って来なよ」


「健太は当てはまらない。こうやって走るよ?」


僕は蘭に、抱っことおんぶのジェスチャーを見せた。


「そうゆうことか。それだったら行ってこい」


健太はそう言いながら車椅子を、客席からリレーのゾーンに押しながら言った。


「蘭、一緒に行こう」


もう一度尋ねると、蘭は静かに頷いた。

僕は蘭の前にしゃがみ背中を向けた。


僕と蘭はどうやら最後の走者だった。


蘭を想いゆっくり走っていると、後ろから健太が走ってきた。


「俺も一緒に走ろ」


僕達三人はゆっくりとグランドを走った。

放送部は僕達の事を実況している。


周りの観客はそんな僕達に大きな拍手で応援してくれた。


「ちょっと、すごい注目されてない?」


蘭が少し恥ずかしそうに周りを気にしていた。


「楽しかったら何でも良いんだよ」


蘭を支えて走りながら健太がそう言った。


「そうだよ蘭」


僕もそう言うと蘭は笑顔で答えた。


「そうだね。今すごく楽しい」


健太が合図したのだろうか。

健太と同じ体育員が、僕たちの為にもう一度ゴールテープを用意してくれた。


ゴールの先にはカメラマンが待ち構えていた。


小学六年生の運動会の時、僕たちは結局一回も同じクラスにならなかったので全ての種目で敵同士だった。


そして毎年のようにリレーで勝負をしていた。


あの頃、僕たちはリレーに必死だった。


リレー終わりにお母さんたちに写真を撮られるのが恒例だったけど、毎回誰か一人は負けて悔しい顔をしていた。


だから三人が笑顔で写真を撮れたのは、小学校の卒業式の日が初めてだった。


今日も笑顔で写真を撮れそうだ。

僕は蘭を降ろして、三人でいつもの様に肩を組んで写真を撮った。


その時、ポケットに入れてあった河口から奪ったくじの紙を広げてカメラマンに向けた。


カシャっ。



「ありがとう」


蘭が写真を撮りながら呟いた。

蘭の目には薄っすらと涙が見えた。

でも笑顔だった。


「誘ってくれて、一緒に走ってくれてありがとう」


こんなに笑顔で話す蘭を久しぶりに見た。


「どういたしまして」


僕と健太も蘭に釣られて笑顔で返事をした。





 家に帰って着替えているとポケットに何か入っていた。すぐに借り物競走のくじだと分かった。

僕はしばらくその紙を見つめていた。


『大切な人』


僕にとっての蘭は一番の親友ではなく、それ以上にもっと特別な存在だった。


今日は蘭に少しでも笑顔が戻って良かった。


後は蘭の体調が良くなることだけを願った。







 私は、高校一年生の自分の誕生日を覚えていない。その日、初めて倒れてからもう二年も経つ。


お母さんに、初めて倒れた時の様子を聞いたのは、誕生日から半年ほど経った時だった。


「あの日、どんな様子だった?」


 お母さんは驚きながらも、少しずつゆっくりと話をしてくれた。


私は、全く身に覚えが無いことばかりで、それが自分自身に起きていると言うことが中々理解できなかった。

でも想像をした。

想像して、意識が戻った後の体の状態を思い出して、やっぱり本当に自分の事なんだと徐々に理解していった。


でも、それはやはり『理解』であって『想像』でしか無かった。


それと同時に、その様子を人に見られるのは嫌だと感じた。

自分自身も知らない、自分のあまりよく無い姿。


そして願った。


どうか見られていませんようにと。

お願いだから、空良だけには見られていませんようにと。


私は、この事を聞くのが今までずっと怖かった。

事実を知るのが怖かった。

だから私は恐る恐る、お母さんに聞いてみた。


「私が倒れた時、他に誰かに見られたことある?」


お母さんが答えにくそうにしていたのが分かった。


「本当のことを知りたいだけだから」


それから少し悩んでお母さんは話してくれた。


「あの日、救急車に乗る前に、

空良君が近くにいてたの。

だから空良君も知っていると思う」


何となく予想はついていた。


二年前、倒れた次の日は朝早くから空良が私の家にいた。

空良は部活もあるのに、不思議だった。


そして凄く心配そうな目で私を見つめていた。

私はあの顔を忘れないだろう。


「そっか」


 どこかで私は、この話を聞くことを遠回しにしていた気がする。

それは今も、空良を想う気持ちが残っているからだろう。


その感情が中々無くならないのは、空良は時間があれば私に会いに来て、様子を伺いながら励ましてくれている。

それは健太も一緒だった。

私にとってはその何気ない時間が、とても心の支えになっていた。



でもこれ以上、甘えてもいられない。

この日常を、いつまでも続ける訳にはいかない。

彼等の時間を奪い続けるだけだ。


なにより、空良に見られた事実を知ると、恥ずかしくて虚しくて悔しくてこれ以上一緒にいるのが辛くなった。


私は部活を理由に、二人にはもう来ないでと言ってしまったことがあった。

口に出した瞬間凄く後悔した。

これは本心の様で本心では無い事は分かっていた。



でも当の二人は、私の事を無視して、今も時間があれば夜だろうと関係無く私の部屋に入り浸っている。


せっかく心配してくれて、自分の時間を割いてまで様子を見にきて普段通りに接してくれているのに、そんな二人に酷い事を言ってしまった。


本当に二人には感謝しかない。


そして私は、お母さんからこの話を聞いた時にもう一つ決意した。


もう空良に対しての恋愛感情は捨てようと。


今までもそうだけど、これからはもっと感情を出さずに過ごそうと決めた。


親友に戻ろうと、私は長年の片想いを終わらせた。



 ある日、空良と健太から体育祭に誘われた。

丁度何か変化が欲しかった。


私は元々学校に行くのが好きだ。

でも、三年生になる前に学校内で何度か倒れてからの周りの視線が怖かった。


そして学校に通うことがしばらく出来なくなった。


だからと言って、家にずっといてることも辛かった。私には何かきっかけが必要だった。


そんな時に体育祭に誘ってくれた。

少し悩んだけど行けて本当に良かった。


それから、圧倒的に倒れる回数が減った。

やっと普通の日常生活が目の前まで来ていた。


こんな時は奇跡が続く。


たまたま学校の友達から、体調の気遣いと、学校来れそうなら迎えに行くから一緒に行こうと言う連絡が来た。


私はきっかけをくれた空良と健太に感謝をした。


そのおかげで無事に高校を卒業し、大学に進学することが出来たから。


卒業も大学受験もギリギリ間に合った。

これも全部奇跡に近かった。



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