三話 僕の片想い
高校一年の夏。
健太と空良との予定が合い、今年の私達は花火をしたり、夏祭りに行ったり、夏を満喫した。
いつかの帰り道、いずれ私達の思い出の場所となる海に、初めて三人で行った。
「私、歩夢と別れた」
私達は、夕日の見える砂浜に座り、しばらく話をしていた。
そして、私は二人に別れた事を伝えた。
すると、二人からも意外な答えが返ってきた。
「…俺も」
「僕も」
話せば同時期に、私達は振られていた。
顔を見合わせ、なぜか笑が止まらなかった。
「一方的に振られてさ…」
「…俺も」
「僕も」
それからは、久しぶりに三人で恋バナをした。
健太はこう見えて、彼女には紳士なタイプだった。
しっかり、恋愛をしていた様だ。
空良は、なんとミスグランプリの年上の先輩と付き合っていたらしい。
さすが、モテる男はやっぱり違った。
そして高校に入る前、三人共あっさり振られた。
その中でも、唯一平然としているのが空良だった。
そんな空良を横目に、私はまた悩んでいた。
結局、今もまだ、私の心には空良が残ったままだった。
しかし、空良が私のことを好きだったのはもう昔の話だ。
今はまた、昔のように親友として三人で仲良く過ごせるならそれで十分だった。
「俺はしばらく、恋愛はいいかな」
健太の言葉に、私と空良は静かに頷いた。
静かな雰囲気に、筆の音だけが鳴り響いてるその教室に、大きな衝撃音が鳴り響いた。
夏休み後半。書道部は今、秋に行われる大会のリハーサル練習をしていた。
「蘭!」
気付けば目線は、古びた教室の天井だった。
目を開ければ、みんなが心配そうに私を見つめている。
皆んなの口は動いているが、私の耳に届くのには少し時間がかかった。
私がゆっくり起き上がった頃、やっと皆んなの声が脳に入ってきた。
「蘭、大丈夫?分かる?」
キャプテンが心配そうに私を抱えながら、見つめている。
身長の倍はある脚立の高さから、私はバランスを崩し頭から落ちてしまった。
周りに墨は飛び散り、色んな道具が散乱している。
「キャプテン、すみません」
「こっちは大丈夫だから、念の為保健室で少し休みなさい」
「はい」
十分に気を付けていたつもりだった。
今までにこんなミスをした事が無かったのに。
「メンバーから外します」
後日、しばらく練習を休んでいた私にキャプテンがそう告げた。
大会のレギュラーメンバーから、私は外れてしまった。
高校初めての夏休みは、悔しい思いをしながら終わっていった。
「行ってきます」
「大丈夫?」
心配そうに母が私を見つめていた。
新学期が始まり、私は久々に学校に登校した。
それはそうと、九月は私の誕生日がある。
前から誕生日当日は、私達三人でパーティーをする事が決まっている。
二人が何か計画を立ててくれている様だった。
たまたまその日、健太と空良は剣道の練習が休みだ。
私はまだ、体調が完全に良くなくて部活を休んでいる状態だ。
だから朝から誕生日会をするそうだ。
夜は家族でご飯を食べに行くので、昼過ぎには解散予定だ。
小学生の頃は、毎年お祝いし合った。
その誕生日会が久しぶりに開催される事に、三人共テンションが少し高めだ。
私はワクワクしながら次の日の朝を迎えた。
「行ってきまーす」
この日は、すっかり体調も良くなって元気に家を出た。
空良の家に着くと玄関に張り紙が貼ってある。
「チャイムを鳴らして、空良の部屋まで来てください」
健太の雑な字だ。
これも小学生の頃の健太が編み出した、そっち側が一番スムーズにクラッカーを鳴らせる方法だ。
私はこの張り紙を持って、階段を上がっていく。
「ハッピーバースデー」
部屋のドアを開けると、やっぱり二人がクラッカーを鳴らしてくれた。
誕生日の飾り付けが壁一面にされた空良の部屋。
二人が用意してくれたのかと思うと凄く嬉しかった。
記念に壁の写真を撮っていると部屋の電気が消え、朝だけどカーテンを閉めていたので部屋が真っ暗になった。
すると、健太がロウソクのついたケーキを持って歌い始めた。
健太は絶妙に音痴だ。
それも全て懐かしくて、愛おしかった。
ロウソクを私が消して部屋の明かりが付くと、空良がプレゼントを持っている。
そのプレゼントを見て更に喜びが倍増した。
二人がくれたプレゼントは私の好きな歌手のCD。
私は夜に眠れなくなると、イヤホンを付けて音楽を聞きながら寝るので凄く嬉しかった。
「ありがとう!本当に嬉しい!」
「大成功だな」
二人も楽しそうに、撮った写真を見返してた。
机の上に並べられた、ピザやケーキ、お菓子にジュース。
私達は各々食べたい物を食べながら、いつもの様にくだらない話をしていた。
「これから用事があるから、後は二人で楽しんで」
ピザを食べながら健太が言った。
「そうなんだ」
私たちもピザを食べながら適当に答えた。
健太が帰ってからも、お菓子を食べながら二人でたくさん話をした。
「最近はどうなの?」
「もう、健太には負けないね」
「健太の方が、先に剣道始めてたのにね」
私達は健太のいない所で、よく健太の話をしていた。
「空良は剣道すき?なんで剣道始めたの?やっぱり健太が習ってたから?」
「それもあるけど…。僕が始めた理由は他にもあるよ」
「ふ〜ん」
私は、ケーキを食べながら空良の話を半分聞き流していた。
理由を問い詰めようか考えていると、先に空良が話始めた。
「理由聞かないの?」
「聞いていいの?」
「大した事でも無いけどね」
そう言いながら、空良もまたピザを食べ始めた。
「やっぱりね」
どうにか私が理由で、剣道を始めてくれてたら少しは嬉しかっただろうにと思う私は、やっぱり空良の事が好きなのだろうか。
今でも、出来ることなら、空良の彼女になりたいと思っているのだろうか。
初恋とは一体、いつまで自分の心にしがみついているのだろうか。
「蘭が、健太の剣道をしている姿が…カッコいいって言うから」
「えっ…」
その時だった。
さっきまでピザを食べていた私の顔は、一瞬で真っ赤になった。
よく見ると空良も少し赤かった。
「ずっと好きだった」
その後、そう聞こえた様な気がした。
(過去形...)
「知ってるよ」
「今も...」
その瞬間、私の初恋が目を覚ました。
私の感が合っていれば、空良は告白でもする様な雰囲気だった。
「今も、好きだ」
もう一度、空良が言った。
やっぱり感違いでは無かった。
その瞬間、私の目には涙が溢れていた。
これはもちろん嬉しい涙だ。
私の涙を拭いてくれる空良の手が暖かい。
私は泣きながら必死に頷いた。何度も笑顔で頷いた。そんな私を空良は優しく抱きしめた。
「大事にする」
空良の声も少し震えていた。
落ち着いてから二人でたくさん昔話をした。
二人の両片想いが、見事にすれ違って行くのを順番に辿るのは中々楽しかった。
私達はお互いに、やっと長年の片想いの終止符を打った。
そして私達は、この事を健太にどう報告しようか考えていた。
「健太驚くかな?」
「しばらく内緒にしとく?」
空良が笑いながら提案してきた。
「もうこんな時間だ」
私は時計を見て驚いた。
二時には帰ってくる様に言われていたのにもうとっくに過ぎていた。私は慌てて帰る準備をした。
「しばらく部屋このままにしといてよ」
「なんで?」
「一人で片付けるのは大変そうだし、また来る」
「分かった」
玄関で別れるのが恋しかった。
本当はまだ一緒にいてたかった。その願いが届いたのか、
「ランニングするついでに送って行くよ」
空良がそう言いながら靴を履いている。
私の家に着き、玄関で別れる時だった。
「誕生日おめでとう。この後も楽しんで」
空良がそう言った。
「この後?」
私は空良が何のことを言っているのか分からなかった。
「今日は夜、みんなでご飯に行くんでしょ?」
私は少し考えて、そう言えば今日は自分の誕生日で、夜は家族と外食することを思い出した。
「大丈夫?泣いて忘れた?」
空良が笑いながら冗談を言った。
「ごめんごめん。今日はありがとう」
「また夜に電話する」
そう言って私たちは別れた。
思えばこの頃から、少し様子はおかしかった。
僕の小学校からの長年の片想いがやっと実った。
すごくすごく長い道のりだった。
九年間も蘭を思い続けた。
もう、絶対に離さないと心に誓った。
これからの事を想像するだけで、僕はただただ幸せだった。
蘭を家まで送った後、いつもの様にランニングをしていた。
それでも僕の目に映り込んでくる景色は、今までとはまるで違った。
同じ道のはずなのに、目に映る景色が輝いている。
僕にとって、蘭はそれほど大きな存在だ。
ランニング中、色んな事を思い出した。
蘭と初めて会った日、蘭は健太と手を繋いでいた日。
蘭がいつも、先に健太の名前を呼ぶ時。
同じクラスで友達の歩夢が、蘭に告白した日。
そして、その歩夢と蘭が付き合ったと聞いた時。
僕は常に、蘭の横に居る人に嫉妬をしていた。
こんな事、蘭は知らないだろうなと。
僕が出会った時から、どんなに蘭の事が大切で、…好きだったかを。
本当に幸せだった。
いつものランニングの道は、中学の頃から変わらず、蘭の家の前を通っていた。
いつかのランニングの帰り道に、蘭の家の前で歩夢と蘭の姿を見た事もあった。
(もう、家にはいないかな?)
この角を曲がれば、蘭の家が見えてくる。
僕はてっきり、もう家族で出掛けているのだろうと思っていた。
でも、僕の目には赤い景色が飛び込んで来た。
夕陽が僕達の町を照らしているからか、余計に辺りは赤く、そして騒がしかった。
僕は凄く嫌な予感がした。
そしてその予感は的中してしまった。
蘭の家の前には、一台の救急車が停まっている。
僕はしばらく動けなかった。
しばらくすると、蘭の家から誰かが、担架で救急車に運ばれるのを目にした。
運ばれたのは、間違いなく…蘭だった。