二話 タイミング
中学生になった。
週に一回は会うと言う約束は、儚く消えていった。
忙しい中でも、なんとなくすぐに会えるだろうと思っていた。
でもそんな日は来なかった。
私には青藍がすごく合っていた。
毎日が楽しく、部活も本格的に書道パフォーマーとして日々練習していた。
部活の環境が整っていたので、よく部室にこもって何人かで居残り練習をしていた。
「そろそろ、帰りなさいね」
居残りする私たちに、顧問はそう告げた。
「本当だ、もおこんな時間」
皆んなが、壁にかかっている古い時計を見て、驚いている。それほど、自主練習に没頭していたのだろう。
帰りは書道部のメンバーと一緒に駅まで歩き、改札前で解散する。
時間が遅いせいか、電車の中は割と空いてる。
いつもの車両に乗り、隅の席に座ってイヤホンをつけて携帯を開く。
お母さんに
「三十五分着」
とだけ連絡を入れて携帯を閉じる。
それからは目を閉じ、三十分くらい電車に揺られる。駅に着いたら五分くらい自転車に乗り、家に到着。
いつも遅くても夜八時には家に着き、ご飯を食べてお風呂に入り、宿題をしてすぐに寝る。
次の日はまた、六時半にアラームがなり一日が始まる。
すごく充実した日々を過ごしてる。土日も部活があり、唯一の休みは日曜の昼からだ。
日曜には一週間の疲れが溜まっているのか、ほとんど部屋で横になっている。
友達と遊ぶ時間はあまりなかった。
もちろん、健太と空良に会う時間も無かった。
でもおそらく、健太と空良の方がもっと忙しいはずだ。
剣道の強豪校に行ったから、おそらく休みもなくずっと練習しているだろう。
三人とも中学生になりすぐに携帯を買ってもらったので、連絡先は交換してある。
入学するまでの春休みの間は連絡を取っていたが、学校が始まり練習が大変なのか今はほとんど連絡していない。
あまりしつこくても忙しくて迷惑だろうと、私からはあまり連絡しなかった。
だから近況が全く分からなかった。
まさかこんなことになるとは思っていなかった。
いつ試合があるかも分からない。
もちろん応援に行こうと思っていたけど、そもそも私も部活があるから、ほとんど応援に行けなかった。
何よりも、今の私の気持ちを確かめることができなかった。
ニ学期に入り、周りの友達は恋愛をし始めた。
クラスでも休み時間になると、恋バナをして盛り上がる。私も恋バナは好きだが、今まで恋をしたことがないから、自分の話ではなく聞く専門だ。
「蘭ちゃんは好きな人いないの?」
ある日、急に友達に聞かれた。
「いないよ〜」
...でも、実際の所はよく分からなかった。
好きな人か...。共学ならともかく、女子校で土日も遊ぶ時間がないのに、一体どこに恋愛する時間があるのか。
でも恋バナをする時に、頭に思い浮かぶ人はいる。
それは、いつだって空良だった。
多分、私にとって空良はどこか特別だ。
もちろん健太も好き。でも健太の場合は恋愛感情は無い。
空良は……正直分からない。
いわゆるlikeかloveか……。
小学校の卒業式の日から、私はモヤモヤしたままだった。会ったら何か分かるかもしれないのに、いつの間にかすぐ連絡して会える仲では無くなっていた。
会いたいのに会えない……。
そんな日々が続いた。
そしていつの間にか考えなくもなった。
その感情に覆い被さるように、書道部も忙しくなりモヤモヤしていた感情は静かにどこかへ消えていった。
これが、私達の一つ目のすれ違いだった。
中学ニ年生の夏休み。
その日は、部活も昼から休みで家でゴロゴロしていた。
「蘭〜、これ健太くん家に持っていってくれる?」
一階から、お母さんの声が階段を通って私の部屋に伝わってきた。
私はお母さんに頼まれ、久々に健太の家に行った。
健太ママに会えるのを楽しみにして、インターホンを鳴らすと、健太が出てきた。
「おーーー、蘭じゃん!久しぶり!」
私はすぐに両手で耳を塞いだ。
中学生になってからは、会っていなかったので一年以上ぶりだった。
「久しぶり!…相変わらず声がでかい。元気?」
健太が答える前に奥の方から
「蘭ちゃん久しぶり!上がって上がって〜」
と健太ママの声がした。
「お邪魔します」
すぐ帰るつもりだったけど、久しぶりに健太にも会えたし、話したいこともたくさんあった。
だから、小学生の頃によく過ごした健太の部屋に向かった。
健太とは、この一年に起きた出来事や剣道のこと、近況報告などを話し合った。
「やっぱり、忙しいんだね」
「蘭も忙しそうだな」
途中で空良の話にもなった。
相変わらず、空良はモテているらしい。
なんなら小学生の時よりも、モテているらしい。
モテるのに誰とも付き合わずに剣道一筋らしい。
空良らしいなと思った。
健太はどうやら彼女ができたらしい。
「俺、彼女できたから」
と嬉しそうに自慢してきたので、そこからはしばらく恋バナをした。
今の彼女とどうやって付き合ったのかとか、健太との恋バナは新鮮で楽しかった。
健太の話を聞いてると、恋愛って良いなと感じた。
「私も恋愛したいな」
思わず声が漏れてしまった。
それを聞いた健太は
「恋愛ってもんは良いぞ」
と惚気てきた。
本当に幸せそうだった。
「またね」
二時間くらい話していただろうか。
私は健太ママに挨拶して、家に帰っていった。
久しぶりだったので、楽しくてあっという間だった。恋愛も忙しそうだったが、部活もすごく忙しそうで、頻繁に会えるような時間は健太には無かった。
だから、今度いつ会えるかなんて約束はできなかった。
空良も同じだ。
健太の話によると、空良は中学生になってから更に実力を上げ、チームの期待の星らしい。
「すっかり置いていかれた……」
と健太も悔しそうな、でもどこか誇らしそうに言っていた。
学校だけでなく、県の代表にも選ばれる程強いらしい。私はそんなの知らなかった。
「あいつは彼女を作る暇も無いんだよ」
と冗談っぽく言っていたが、本当に剣道一筋なんだなと思い、
「空良らしいね」
と言った。
健太も空良も頑張っていることが分かり、私も頑張ろうと思えた。
「連絡は頻繁にしよう」
お互いに新たな約束をし、その日は終わった。
家に帰って私は、しばらく携帯を眺めていた。
空良にメールを送るか送らないか。
久しぶりに連絡するので、なんて送ればいいかすごく迷ったけど、健太と話をしてやっぱり空良のことがすごく気になった。
「久しぶり?元気?今日は健太に会ったんだけど剣道頑張ってるみたいだね」
悩んだ末に絞り出した文章を打ってメールを送った。
送った瞬間ケータイを閉じ、ベットの上に置いて、少し離れた。...特に意味はないが少し離れた。
すぐに連絡が来て欲しいような来てほしくないような……。すごくドキドキした。
(これはもう、好きなのでは...?)
緊張しながら待っていると、ベットの方から着信音がした。
メールが届く時の着信音だ。
恐る恐る携帯を開くと、空良からの返信が届いていた。
そっけない文章だったり、迷惑がってたらどうしようと思ったが、内容は私をすぐ笑顔にさせた。
「久しぶり!元気だよ。
蘭は元気?
健太の家に行ったの?
僕も蘭に会いたかったな」
文章の最後に、笑顔の顔文字を付けて送られて来た。私はそれだけで、嬉しくてたまらなかった。
空良とのメールはしばらく続いた。
学校での出来事や、剣道のこと、健太の愚痴なども言っていた。
健太とは、クラスも部活も帰り道もずっと一緒で、相変わらず仲が良いみたいだった。
「健太に聞いたよ、モテてるんだって?」
からかうように私はメールを送った。
「健太のやつ、なんでいらんことまで言ってんだよ」
すぐにその返信が来た。
私は空良とのメールが楽しかった。
また何気ない会話ができることに心が躍る。
三人で遊んでいた時に戻ったようだった。
「また三人で遊びたいね」
と送ってその日のメールは終わった。
季節は私の好きな秋が始まり、日中でも肌寒い日々が続いた。
そんないつかの帰り道、ある知り合いと再会した。
今日は部室の暖房の修理で、しばらく部室が使えない。
書道部は休みになり、久々にホームルームが終わりすぐに家に帰ることにした。
いつもの様に駅でみんなと解散し、一人で電車を待っていた。
「薮谷?」
後ろから声がし、振り返ると、学ラン姿の野球少年が立っていた。
坊主頭に日焼けした肌、大きな野球バッグが小さく見えるくらいのたくましい体型。
おまけに身長まで高い。
そして、少し、イケメン?
私は
「誰?……」
と言いかけたが
「もしかして歩夢君?」
と質問した。
野球少年は笑顔で
「うん!久しぶり!卒業ぶりか。
まさか、こんな所で会うなんて!」
と歩夢君は続けた。
歩夢君と初めて話したのが、小学五年生の頃だった。私は小学生の頃、二回告白されたことがある。そのうちの一人が歩夢君だった。
空良が時々、歩夢君の話をしていたので名前は知っていた。
話したことも無い人から急に告白され、すごく驚いたのでよく覚えてる。
それから六年生では同じクラスになったのをきっかけに、私たちは友達になった。
スポーツができて優しくて、クラスの人気者という印象だ。歩夢君は野球をやっていて、中学はみんなとは違う少し離れた所に通っている。
予想外の再会だった。
しかも今、目の前にいる歩夢君は私の知っている歩夢君では無い。
まず、前はこんなに身長差は無かった。
今は中学ニ年のニ学期が終わろうとしている頃だから、卒業式から日にちは経っている。
男子の身長は、中学で一気に伸びると聞いたことがあるが、こんなに伸びるとは思っていなかったので一瞬誰だか分からなかった。
少し話をして最寄り駅が同じことが分かり、一緒に帰ることにした。
さっきまで目が合っていたので少しぎこちなかったが、電車の中では横並びで座ったので少し緊張が解けた。
相変わらず爽やかボーイと言う印象だ。
歩夢君と話すのが楽しかったのか、すぐに駅に着いた。
最後に連絡先を交換した。
バイバイした後、歩夢君から
「また会ったら一緒に帰ろうな」
とメールが届いた。
「うん!」
私はそのメールにすぐ返信した。
すごく楽しい時間だった。
また会えたら良いなと思いながら、今日の出来事を空良にメールで話した。
空良は歩夢君と仲が良かったから、今日会ったことを伝えようとメールを送った。でもそのメールの返信はなかなか返ってこなかった。
しばらく日にちが経って
「ごめん、忙しくて」
とメールが届いた。
だから結局空良とは歩夢君の話ができなかった。
これもまた、すれ違いだったのだろうか。
歩夢君とはあれからも何度か会った。
なぜ今まで会わなかったんどろうと不思議に思うほど、部活がある日も帰る時間が一緒になることが多かった。
「薮谷は今彼氏いる?」
いつかの電車の中で聞かれたことがある。
「いないよ〜」
と私は答えてその話は終わった。
その頃に、私のモヤモヤは確実の物になったのだろうか。
私の心には、やっぱり空良を想う気持ちがあった。
この頃の私は、想像もしなかっただろう。
好きな相手を振る事を。
半年後、私は空良から告白された。
その時からお互いが想い合っていたのに、二人のこの恋が実るまでに、これから更に三年もかかってしまった。
出会ってから、ずっとアプローチをし続けた歩夢君に心を動かされた。
真面目で紳士、忠実でいてどこか抜けている歩夢君の一途さに私も心を奪われかけた。
それでもやっぱり、私の中にはずっと空良がいた。
しかし、歩夢君からアプローチされた一年間、空良とはほとんど音信不通で会うことは無かった。
私が、歩夢君の気持ちに応えたいと決めた日、私たちは付き合い始めた。
その次の日、空良から久しぶりの電話があった。
「空良…遅いよ…」
私は、空良に一言だけ伝えて電話を切った。
あんなに泣いたのは、久しぶりだった。
これが私達の、二つ目のすれ違いだった。