隣の初恋
「ミスグランプリは、
………おめでとうございます!―――」
友達が勝手に応募し、勝手にミスグランプリになってしまった文化祭。
私は今、訳もわからずほぼ全校生徒の前に立っていた。
次から次へと、頭や肩にミスグランプリ仕様の装飾がされていく。
舞台の前の方で並んでいた、勝手に申し込んだであろう友達がニタニタしていた。
(注目されるのは苦手なのに…)
私は、直ぐに舞台から降り、真っ先に友達の方に歩いて行った。
すると、友達が思っても無い事を言い出した。
「これで、あの後輩君も振れないでしょ!」
そう。友達は私の恋を助ける為に応募したのだった。
私には、一目惚れした男の子がいる。
身長も高く、立ち振る舞いから年上だと思い込んでいた。でも、その男の子はなんと年下だった。
練習試合で見かけた男の子は来年、この高校に入学してくる、将来有望な選手だった。
私はそんな事も知らず、一目惚れしてしまった。
その子の情報を集めるのに時間は掛からなかった。
私ではなく、友達が必死に情報を集めてくれた。
(…頼んではないけど…。)
南中学の剣道部、堀村空良、ずっと彼女はいない。
とてもモテて、今まで実った人はいない。
………。すごくハードルが高い。
剣道一筋と言うのも素敵だと思った。
この時点で私はほぼ諦めていた。
しかし、ある情報が私たちの元に入ってきた。
私も友達も諦めていた時、後輩から流れてきた噂。
"まるで大失恋をしたかのように、落ち込んでいる"
友達が急に席を立ち上がり、今がチャンスだと私を応援してくれた。
それからの事は、あまりにもすんなりいき過ぎて少し不安だった。
たまたま、そのタイミングで練習試合が再び行われた。
私だって、生半可な気持ちで一目惚れしたわけではない。私だって、それなりにモテてきた。
初めて好きになった相手だった。
私は、練習試合の帰りを待ち伏せし、話しかけた。
でも確かにその時、以前に感じたオーラは無かった。
しかし私には、その姿さえも魅力的に見えてしまった。
「また会えますか?」
と尋ねると、
「来週もここに来ます」
と丁寧に答えてくれた。
そして、来週になった。
今日も前の様に待ち伏せをしていた。
練習を見学していたが、やはりカッコよかった。
しかし練習終わりの姿はやはり、彼からオーラが消えていた。
「好きです」
「ごめんなさい」
一瞬だった。
人生初めての告白は、一瞬で終了した。
何となく想像はしていた。
「理由だけ聞いてもいいかな?」
彼はその質問にも直ぐに答えてくれた。
「好きな人がいました」
「…過去形?」
「もう、終わった事なので」
何もかもがどうでもいい感じだった。
確かに彼は、大失恋をした後みたいだった。
そんな彼をほっておけなかった。
本当はすでに諦めていたけど、私は無意識に彼を説得させようとしていた。
「忘れさせてあげる」
彼はその言葉に今までとは違う反応をした。
こうして私たちは付き合う事になった。
が、私は少し驚いた。
付き合うと決まった次の日から、彼はまるで、ずっと前から私の事が好きだったかの様に、私をちゃんと彼女として扱ってくれた。
彼の想い人を忘れさせてあげようと、そればかり考えていたのに、私はただただ彼の彼女として、また彼は私の彼氏として、ごく普通のカップルの様に過ごした。
とても幸せだった。
まさかこんな関係になれるとは思ってもいなかったから。
初めは幸せだった。でも私は気付いてしまった。
ああ、彼は本当に、心の底から想い人を忘れたいんだと。
彼は完璧に私の彼氏をこなしてくれている。
その結果、私の友達は私たちカップルが本当のカップルの様に上手くいっていると思い込んでいる。
でも私だけは違った。私だけは彼の本当の心に気付いていた。
私は別に彼から好かれても、愛されてもいないと、とうの昔に気付いていた。
それでも彼とのカップルごっこは続けた。
私が彼を好きになり、愛してしまっていたから。
付き合って三ヶ月くらいが経っただろうか。
私たちは、変わらずカップルごっこを続けていた。
堀村空良という男の性格が何となく分かってきた。
空良君は、剣道一筋だった。
この一言に限る。
強いて言うならば、剣道と一人の女の子一筋だった。
それほど、その他のものには興味が無かった。
空良君の心から、その女の子が消えることは無かった。
忘れることも無かった。
三ヶ月経って、空良君の側にいてやっと分かった。
私には無理だと。私には敵わないと。
それでも、空良君自身も気付いていないだろう空良君の心は、常に平然を保とうと努力している様に感じた。
空良君の優しい性格は、私に対しても優しく、デート中はいつも私を気遣ってくれた。
私から見ても、周りから見ても完璧な彼氏だった。
空良君と過ごす日は、本当に幸せだった。
彼の心には、違う女の子がいると分かっていても、幸せだった。
もう諦めようと何度も考えているのに、一つの優しい行動だけで、もう少しだけ頑張ればという期待に変わってしまう。
私に心が奪える訳でも無いのに、期待してしまう。
そんなある日、デートの帰り道に出会ってしまった。
会ってはいけない相手に、会ってしまった。
私は一瞬で、少し離れた所にいる女の子が誰なのか分かった。
あの日、土曜日の練習終わりに、学校から空良君の家に向かって歩いていた。
映画を見に行く予定で、空良君は着替える為に一度家に寄った。
いつもは違う道を通るのに、今日は私が靴づれをしてしまい、通ったことの無い道から空良君の家に向かった。
後で分かったのは、今日通った道はその子に出会わない為今まで避けていた道。
本当に忘れようと努力をしていたのか、ただただ想い人とその彼氏が一緒にいる所を見たく無かったのかは分からない。
空良君はいつも、わざわざ遠回りをして帰っていた。
なのに、私が靴づれをしてしまったが為に、近道である正規のルートを彼は迷う事なく選んでくれた。
そして結局、出会ってしまった。
住宅街の曲がり角を曲がる。
すると少し離れた家の前に、カップルがいた。
そして、それが私の視界に入ったと同時に、空良君の足が止まった。
私はその時の彼の横顔を忘れないだろう。
すぐに分かった。
空良君の想い人だと。
彼の心に今も残り続けているのはこの子に間違いないと。
彼の表情は、どこか切なく、そして儚く、消えてしまいそうだった。
彼は今もまだ、彼女のことが大好きで、彼女のことだけを一途に思い続けているのだろう。
最初から、彼の気持ちが変わる事は無かった。
「そんなに好きなら、いつか来るチャンスを逃さない為にも、側にいないとダメだよ。
空良君はきっとこの先もあの子以外は考えられないと思う。
だったら、なんとしてでも側に居なきゃダメだよ。
…私と別れて」
彼はずっと無言のまま、ただ静かに一滴だけ涙を流した。
しかし、その後の彼の目は、覚悟を決めた目にも見えた。
まさか私から彼を振るなんて、想像もしていなかった。
「私別れた」
勝手にコンテストに応募した友達が私の言葉に驚いている。
何日か経って報告すると、その日は一日質問攻めに合った。
「あんなに順調だったのに?」
私たちは、やっぱり外から見ると順調なカップルだった。
「しばらく恋愛はいいかな」
私には、重荷だった。
彼のあの女の子に対する愛を一緒に背負うのは無理だった。
それほどに、彼の愛は重く深かった。
あの子が羨ましかった。
こんなに素敵な人から、こんなに想われているなんて。
彼が幸せになる事だけを願って、私の初めての恋は幕を閉じた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。